第7回 黒船(2)
幻の黒船を発見!!
今までにも僕は、地中海やカリブ海など
世界各地の海に数多く潜ってきました。
でも、正直言って、潜水する前はいつでも緊張します。
たとえ、何十回、何百回と潜っていても、
海は恐いものです。
それは、水中に潜るという行為そのものが、
いつも危険と隣り合わせにあるからです。
房総半島の勝浦沖に沈んでいるはずの、
沈没船を探し出すことを期待する前に、
果たして自分が、無事に海底まで
たどり着けるかどうかの方が心配です。
なにしろ、目指す黒潮の海は、
海人もあまねく恐れる、関東一の海の難所です。
潮の流れの速いことでも有名です。
僕自身にとっても初めての未知の海です。
ゴボゴボゴボッ! ゴボッ、ゴボッ!
船長のほうり出した錨綱を伝わるようにして、
おっかなびっくり、こわごわの潜水です。
カジメなどが生い茂る海藻の間をぬうように、
そして、頻繁に耳ぬきをしながら、
ためらいがちに潜っていきました。
水深はおおよそ10メートルといったところでしょうか。
僕の屁っぴり腰の潜水で、ようやく降り立ったところは、
砂場と岩場のちょうど境目でした。
海底に着いてしまえば、やれやれ一安心です。
僕は内心ホッと安堵の胸をなでおろしました。
でも、潜水の下手くそな僕は、
周りの風景を見渡せるほどの余裕が、まだありません。
潜水達者な仲間の、稲さんが、
西の方角を指さしてくれました。
「あっちの方向へ行ってみよう」という合図です。
その海底の一帯には、沈没船を探すには邪魔なほど、
びっしりと海藻が繁茂しています。
ジャングルのような海藻の林に分け入って、
海底を這いつくばりながらの探検です。
海底はなだらかに傾斜していて、
僕たちが向かおうとする西側の方向に、
少しずつせり上がっているようです。
しばらくすると、先導している稲さんが、
何かを発見したようです。
僕の方を振り返って、
「こちらへ来てみてよ!」と、手招きをしてくれました。
近づいてみると、赤茶色に錆びて、ゴツゴツとした
金属のボルト状のものが、
海底からまっすぐ突き出すように
立っているではありませんか。
「くっ、黒船だ!」。
あまりの驚きと興奮で、鳥肌が立つ思いです。
僕たちが目指す黒船が、果たして見つかるかどうか、
潜る前までは不安のほうが大きかったのですが、
こんなに早く見つかるなんて!
もう、感激です。
僕は、一瞬、夢ではないかと、
思わず頬っぺたをつねってみました。
地元への聞き込み調査も含めて、
長い間「黒船」について調べてきた僕にとっては、
おさえきれない嬉しさで、
そこらを飛び跳ねたい気持ちです。
海の底なんですが……。
発見した金属の棒は、直径が5センチ、
高さが60センチほどの大きさで、
頭の部分が丸みを帯びた、
ちょうどハンドマイクのような形をしていました。
さて、続きは次回をお楽しみに。
井上たかひこ
「水中考古学への招待」
井上たかひこ著 成山堂書店
2000円(税別)
ISBN4-425-91101-6
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