第9回 黒船(4)
黒船と出会うまえに
前回は、海底から、船体の板や大型の金属の塊などが、
次々に見つかったお話をしました。
しかし、そもそも、なぜ房総半島の勝浦沖に
黒船が沈んでいるのがわかったのでしょうか?
実をいうと、僕たちは、この船を探しだすまでに、
10数年もの長〜い年月をかけているのです。
今回は、そのことについて、お話をしてみようと思います。
僕はその昔、憧れていた水中考古学を学びたい一心で、
米国のテキサスA&M(エーアンドエム)という大学
(略してTAMU「タム」)に留学したことがあります。
それは、子どもの頃からズ〜ッと思いつづけてきた
「海底に埋もれる沈没船への探検」への夢を、
実現したかったからなのです。
テキサスA&M大学には、
“水中考古学の父”と呼ばれる
ジョージ・バス博士がおり、
氏はいまだにその大学で教鞭をとっています。
バス博士といえば、僕たちにとって神様であり、
はるか雲の上の存在の人でした。
そのバス博士こそ、英語のできない劣等生の僕を、
その学部に特別に引き受けてくれた大恩人なのです。
バス博士やTAMUの話は、後日に譲るとして、
僕にはその当時の級友であり、
アパートの同居人でもあった
サムという米国人の友人がいました。
サムはとても気さくで愉快な男でした。
そのうえ、けっこう変なアメリカ人で、大の米飯好きです。
全くおかずのない時でも、ご飯に醤油をかけ、
鼻歌混じりで実に嬉しそうに食べていました。
わたしと目があうと、
「ヘイ、タカ! いい男!」などと快活な声でいいながら、
悪びれたようすもなく、口元にハシをすすめます。
そんなサムがある日、
「ヘイ、タカ! 日本に蒸気船が沈んでいるよ。
知ってるかい?」と尋ねてきました。
むろん当時の僕には、知る由もありません。
読書家でもあったサムは、
「米国の蒸気船」という題名の本を取り出し、
「ほら、このとおり沈んでいるんだよ」と、
僕に示してくれました。
サムは続けて言いました。
「タカ! 日本へ帰ったらこの沈没船を調べて、
自分の発掘プロジェクトとして立ち上げたらどうだい?」
と進言してくれたのです。
サムと僕とは、同じ屋根の下で
寝食を共にした間柄でしたから、二人の間は、
目にみえない友情や互いへの信頼感で結ばれていました。
その進言は、
「日本に帰って、本格的な水中考古学をやるんだ!!」
という僕へのはなむけの言葉といってよいものでした。
僕は即座に、
「ありがとう、サム! きっとやってみせるよ!」
と答えたのです。
言ってみるならそれは、互いの友情をかけた約束でした。
さて、つづきは、次回をお楽しみに!
井上たかひこ
「水中考古学への招待」
井上たかひこ著 成山堂書店
2000円(税別)
ISBN4-425-91101-6
|