夢か馬鹿か。
水中考古学って、知ってますか?

第16回 黒船(11)
テキサスA&M大学と水中考古学


前回は、黒船の遭難のてん末と
テキサスの大地でサンマを焼きだしたところまで、
お話をしました。
アメリカのアパートの台所には、
大型の電気オーブンがついていて、
肉でも魚でもてり焼きにできました。
でも、サンマは焼き網でジュージュー焼くにかぎります。
焼きたての一匹を、さっそくサムに食べさせてみました。
「サンキュー。タカ」といいながら、
サムはけっこう器用にハシを使いながら、
サンマを肉と骨の部分とに分解し、
しかもうまそうに喜んで食べてくれました。

テキサスといえば、NASA(米航空宇宙局)や
スペースシャトルをイメージしてしまいますが、
ブッシュ大統領の故郷でもあるのです。
日本での黒船探しは、次号以後にゆずることにして、
今日は、ボクやサムが通ったテキサスA&M大学
(略してTAMU「タム」)について、
少しお話をしてみたいと思います。

テキサスA&M大学は、米国テキサス州、ヒューストン市から
北西に160kmほど入ったカレッジ・ステーションという
田舎町にあります。
学生数45000人を擁する州立の総合大学です。
1861年に開校されましたが、今では北米ばかりか
ヨーロッパ、アフリカ、中近東、中南米、アジアなど、
世界中から学生が集う国際色豊かな大学となっています。
1989年には、福島県の郡山市に
TAMU郡山分校が開校されましたが、
思ったより学生が集まらず、今では閉校されています。

キャンパスは、主キャンパスのほかに、
ウェストサイド・キャンパス、
ガルベストン・キャンパスなどがあります。
主キャンパスには、“水中考古学の父”と呼ばれる
バス博士がつくった水中考古学研究所があります。
バス博士といえば、
この世界ではあまりにも有名な存在です。
氏こそ、これまで宝さがしの域を出なかった
沈没船の調査を、はじめて学問のレベルにまで
引き上げた立役者といっていい人物なのです。

博士がまだペンシルベニア大学博物館の助手であった
1960年に、トルコ南端のゲリドニア岬でおこなった
青銅器時代(紀元前1200)の難破船の発掘は、
水中考古学への道を開く
パイオニア的な役割を果たしました。
ゲリドニア沈船の調査によって、
地中海の航海の歴史とその交易圏が、
はじめて青銅器時代にまで
さかのぼることが立証されたのです。

ボクやサムがいた時でさえ、氏の元には、全米はむろん、
カナダ、プエルトリコ、イタリア、ギリシャ、
アイルランド、南アフリカ共和国などから
学生が集まってきていました。
世界超一流の水中考古学をバス博士の元で学べるだけで、
みな幸せだったのです。
さて、つづきは、次回をお楽しみに!

井上たかひこ



「水中考古学への招待」
井上たかひこ著 成山堂書店
2000円(税別)
ISBN4-425-91101-6

2001-06-22-FRI

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