第20回 黒船(15)
調査枠の設置
井げたに組まれた自作の調査枠を船積みすると、
間もなく出港です。
海上に残してあった目印の浮標に、母船をもやうと、
いよいよ枠を海底に降ろす準備完了です。
2組の枠をロープで固定し、
T君と二人がかりで船べりまで運びました。
オーケーの合図をすると、同乗の漁師さんたちが
「ワッセ、ワッセ!!」とかけ声を出しながら、
ロープを少しずつ延ばすようにして、
その調査枠を海底に降ろしてくれました。
続いてそれに付随する脚8本と台座8個、
それに工具類などを海底までひとまとめに運べる
手ごろな入れ物探しが始まりました。
T君が船首甲板に置いてある
きれいなメッシュバッグを指差し、
「それを使いましょう」と僕を促しました。
黒地に黄色のメッシュバッグです。
実はそのバッグは僕のもので、この調査に来る2〜3日前に
ダイビング・ショップで新調したばかりのものでした。
貧乏な僕には、今までダイビング用のバッグを購入する
経済的なゆとりがなくて、
代用の他のバッグで間に合わせていました。
そんな思いをしてやっと手に入れた、
気に入りの、新品のバッグでしたから、
油やさびで汚れたような古びた単管パイプや台座を
運ぶために使うのは、正直堪えがたいものがありました。
でも、信頼する片腕のT君の申し出ですから、
ここは鷹揚に構えることにしました。
「そうだね。それを使おう」とあいづちを打って、
じっとやせ我慢をしました。
それらの機材が詰め込まれると、新品のバッグは、
まるで牛のお腹のようにパンパンに膨らんで、
いまにもはち切れそうでした。
手提げの部分をロープで縛りつけると、
同じようにそのまま海底に降ろしました。
寒さ対策のために、今日はT君が
ドライスーツを着込んでいます。
潜水に慣れているT君は、万一の場合を想定して、
ドライスーツも持参していたのです。
ドライスーツは、ウェットスーツとちがい
海水を遮断してくれますので、
寒い季節にでも潜水できるよう開発されています。
「では、行ってきまーす」
そう言い残すと、T君はなんのためらいもなく、
あっという間に海底めがけて潜っていきました。
海底に降ろした2組の調査枠を、
遺跡上の2ケ所に設置するのが彼の役割です。
1組目は、前回の調査時に
沈没船の竜骨らしきものがあった場所に
設置することにしました。
もし竜骨が確認できれば、そこは間違いなく
目指す黒船の船底部分ということになります。
2組目は、西洋のお皿などが見つかった場所への設置です。
その場所には、大型の石炭の塊などに混じって、
たくさんの陶磁器類が埋没している様子です。
もし食器類がたくさん堆積していれば、
そこが調理室もしくは船員用の食堂であった
可能性があります。
さて、つづきは、次回をお楽しみに!
井上たかひこ
「水中考古学への招待」
井上たかひこ著 成山堂書店
2000円(税別)
ISBN4-425-91101-6
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