夢か馬鹿か。
水中考古学って、知ってますか?

第21回 黒船(16)
海底は動く


前回は、片腕のT君が、調査枠を設置するために、
海底に潜行したところまで、お話をしました。
設置するといっても、それらを肩に担ぎ、
歩いて目標の場所まで運ばなくてはなりません。
海底はデコボコしていて起伏があり、
そのうえ大小の岩石がゴロゴロ転がっていて、
決して歩きやすいとはいえない状態です。

今日は水も明るく澄んでいて、
20メートル先も見通せるほどのバツグンの透明度です。
ボクが潜る時にはいつでも、黄色地に茶のはん点模様をした
馴染みのウツボ君が海底で待っていてくれるのですが、
どうしたことか、今日は姿が見えません。
遺跡の中心線上には、測量用に使う
目盛りのついた基準線が東西にピンと張られています。

潜ってみてわかったのですが、以前に比べ
海底の様子がだいぶ変わってきています。
地形的に、周りが岩礁に囲まれた、
海峡のように流れの早いところですから、
潮流や海流の影響を受けやすいようです。
時には、台風が襲ってきて、
海が荒れることもしばしばです。
海中では、水流がまるでヘビがとぐろを巻くように、
大きな渦となって、海底の表面を
かなり激しく動かしているにちがいありません。

海底は東から西へ、
陸に向かってなだらかな斜面になっていて、
少しずつせり上がっています。
沈没船の東端は白さが眩しいほどの砂場になっていますが、
その西側は岩場になっています。
基準線に沿って東から西へとゆっくりと泳いでみました。
進行方向の左側、つまり南側は一段高く盛り上がり、
右側の方、つまり北側は一段低くなっています。
そして、前に見た時よりも
船体材がより広範囲にわたって露出しています。
前回までの調査で、黒船は舳先を西側に向けて
沈んでいることが分かっています。
それから推測すると、基準線の左側にあるのが左舷で、
右側が右舷ではという判断もできそうです。
それにしても、左側が一段と盛り上がっているのは、
単なる地形上からくるものなのでしょうか?

明るい午前中の陽光が差し込む海底は、
キラキラと輝いてみえます。
あまりの海底の美しさに、我を忘れてしまいそうです。
でも、タンクの空気が残り少なくなってきました。
スタッフたちも寒さが限界にきているようです。
素早く浮上を開始しますが、
半ばうしろ髪を引かれる思いで、思わず今いた海底を
何度も何度も振り返ってしまいます。
母船から海底に吊るされたおもり綱を、
少しずつたぐりながら、
ゆっくりゆっくり浮上してゆきます。
さて、つづきは、次回をお楽しみに!

井上たかひこ



「水中考古学への招待」
井上たかひこ著 成山堂書店
2000円(税別)
ISBN4-425-91101-6

2002-01-23-WED

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