夢か馬鹿か。
水中考古学って、知ってますか?

第23回 黒船(18)
これまでの調査でわかってきたこと


前にもお話しましたが、今回の調査の最大の目標は、
ターゲットにおいた海底の2ケ所を
掘り下げてみることでした。
でも、予想外のアクシデントが
あまりにも重なりすぎました。
異常とも思える夏場での水温の低さやカジメ類の繁茂、
そして潮流や海流の影響など、
海での調査は、自然条件にあくまで左右されるのを、
イヤというほどおもい知らされる結果になりました。

およそ長さが20メートル、幅10メートルの範囲に横たわる
黒船の死骸の至る所に群在する、化石化した船の板材、
カニの甲羅のような形をした大型の金属の塊、
海底から直立するハンドマイク状の太い鉄の棒列、
青ずんで輝く細めの銅の棒列などは、
なにを意味しているのでしょうか?
(簡易遺跡図をご覧ください)

沈没船遺跡図


今回の調査の目的は、
それらがいったい船体のどこの部分に当てはまり、
何に使われていたのかを探ることにありました。
そのために調査枠を作って
試し掘りをすることにしておいたのですが、
結局は使わずじまいで、
やむない撤収を余儀なくされたのです。
人工物の大半は、海底の砂礫中に埋没している状態で、
露出している部分のみから原形を知ることは、
むずかしい状態にあります。
まだお話をしていませんでしたが、黒船ハーマン号は、
長さが71メートル、幅が12メートルの巨大な木造船です。
その巨体がシケで遭難し、岩礁に突き当たったとき、
船体が3つくらいに裂けてしまったと
当時の古い文献は伝えています。
ですから、ボクらの調査している区域が、
はたして船体のうちの船首、船央、あるいは船尾部分の
どこにあたるのかを突き止める必要があったのです。
ボクたちは、タタミ2〜3畳ほどの大きな金属塊の点在や
直立する鉄棒群が一直線上に整然と並んで
列をなす状態からして、
蒸気機関のエンジンの一部にちがいないと
推測していました。


荒海を航海中のハーマン号
(Peabody Museum of Salem提供)


これらがもし仮に、その船の機関部分であるなら、
絵にあるように、煙突や外輪のごく近い所に
置かれていたにちがいありません。
つまり、それはとりもなおさず船体の中央部であると
言い切ることができる訳です。
そして、船首や船尾部分は、また別の区域に沈んでいると
言えるようになります。
その確かな証拠を掴むために、今回は是非とも
海底の一部を掘り下げてみたかったのです。
すでに海底からは、大人の頭くらいの大きさの
石炭の塊も引き揚げてきています。
この石炭塊は、暖房用のストーブの燃料としては、
大きすぎるものであり、
蒸気機関用のものとみてまちがいないでしょう。

読者の皆さんの中には、
ボクたちが、いつまでたっても同じようなことをしていて、
先に進まないと、
ジリジリされている方も多いと思いますが、
考古学というのは、単なる財宝探しやサルベージとは
目的がちがいますので、
ただ金目の物さえ引き揚げてしまえばいいというわけには
ゆかないのです。

でも、時間が迫ってきました。
ボクらの貧乏プロジェクトの運営資金には限りがあります。
結局は掘り下げることができずに、
資金がつきてしまいました。
こんなわけで、今回は途中で終ってしまいましたが、
次の機会には、ぜひ再挑戦を期したいと考えています。
皆さんも一緒にいかがですか?
調査の終了日にお世話になった漁師さんや地元の方々を
宿に招いて、ささやかな晩餐会を催しました。
宿のおかみさんたちが心をこめて作ってくれた、
山のように盛られた手料理が何よりのご馳走です。
ボクたちの昨年の暑い夏の出来事は、ひとまず終了です。

井上たかひこ



「水中考古学への招待」
井上たかひこ著 成山堂書店
2000円(税別)
ISBN4-425-91101-6

2002-04-01-MON

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