夢か馬鹿か。
水中考古学って、知ってますか?

第25回
『パイレーツ・オブ・カリビアン』は実在だった!


読者の皆さん、すっかりごぶさたしています。
なまけていてスミマセン。
今月からすっかり心を入れかえて、連載を再開しますので、
どうかよろしく見てやってください。

カリブ海に浮かぶジャマイカ島は、
独特のリズムでしられるレゲー音楽の本場。
その港町を舞台に繰り広げられる
いきな海賊ジャック・スパロウと船長バルボッサの戦い、
鍛冶屋の青年ウィルと総督の娘エリザベスとの恋、
そして黄金のメダルを奪って
ブラックパール号で逃走する海賊の一味。
そこには目もくらむような財宝が・・。
これが映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』の
ストーリーでした。

窮屈な生活をきらい、自由奔放に暮らすのが海賊稼業。
その荒くれ男たちのほとんどが
世捨人、奴隷、水夫あがりだったとか。
海賊船に乗り組めば、
前身を問われることもなかったのです。
広い世界に旅立つことを夢見る無法者にとって、
海賊こそが自由のシンボルでした。
階級制度にきびしく縛られていた当時の世界、
映画のなかでエリザベスが、
息もつけないほどきついコルセットを脱ぎ捨てるシーンに、
そのすべてが象徴されていた気がします。

さて、『パイレーツ・オブ・カリビアン』は
架空のお話ですが、実際にも、
カリブ海を中心にあばれ回った海賊というのは、
いたのでしょうか?
それがちゃんといたのです。
海賊の頭目は黒髪の英国人で水夫あがりの
ブラック・サムとよばれる男。
カリブ海や西大西洋周辺をまたにかけ、
1年の間に、なんと50隻もの船を略奪したという
名うての海賊です。

1717年2月、英国の奴隷貿易船ウィダ号は、
バハマ諸島近海で、ブラック・サム率いる
2隻の海賊船に襲われました。
彼らの船は、進水してまもない3本マストの俊足船でした。
財宝が目当ての海賊たちは、
ウィダ号を船もろとも乗っ取ると、
代わりに自分たちの船を与え、
無抵抗の船長や水夫たちを逃がしてやりました。

このことは、ちょっと意外かもしれませんが、
本物の海賊は、あんがい人道的・民主的なルールのもとに、
ことを運んでいたらしいのです。
たとえば、海賊船の船長は、すべて独断専行で
物事を決めてしまう、と思われがちですが、
実際には乗組員の投票で選ばれていました。
それから、分捕った宝物はリストをつくり、
平等に山分けをしたり、美しい飾り物のある銃などは、
船上でせりにかけられ、
一番高い値をつけた者に落札されました。
また、相手が降伏すれば、戦いをせず、
むやみに殺すようなこともなかったようです。

さて、海賊船となったウィダ号は、その後まもなく、
財宝を満載したまま、米国マサチューセッツ州の
ケープコッド沖で嵐に遭い沈没。
いつか人々の記憶から忘れ去られていきました。

ところが、それからおよそ270年もへた1985年に、
米国のトレジャー・ハンターが、
深さ10メートルの海底から1個の青銅の鐘を
引き揚げたのです。
その鐘には確かにアルファベットで
“WHYDAH”の刻印が打たれているのが見て取れました。
神出鬼没の海賊、ブラック・サムの伝説は、
果たして真実だったのでしょうか?

ナショナル・ジオグラフィック(1999.5月号)によると、
この船から見つかった遺品の数は
なんと10万点をこえます。
スペインの金銀貨、袋詰めされた砂金に
金のインゴット、腕輪や指輪など
金の宝飾品の豪華な財宝のほかに、
大砲、火打ち式銃、手投げ弾の武器類などが
つぎつぎと見つかりました。

珍しいものの中には、金属製の注射器がまじっていました。
なんと、性病の治療用に薬物、つまり水銀化合物を
投与するために使われていたもの、だったといいます。

ウィダ号は、どうしてまた、魔の海とよばれる、
危険なケープコッドに行ったのでしょう?
理由は、そこにブラック・サムの愛する女性、
マリアが住んでいたのです。
恋は盲目。明日をもしれぬ海賊ぐらし。
どんな荒くれ男も惚れた女には
メロメロになるものなのかも知れないですね。

さて、つづきは、次回をお楽しみに!

井上たかひこ



「水中考古学への招待」
井上たかひこ著 成山堂書店
2000円(税別)
ISBN4-425-91101-6

2004-07-18-SUN

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