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樋口 |
謙さんの軽やかさとスタッフとの
ちょうどいい中継地点に、
堤監督は、いてくれました。
空気の動かし方が
ものすごくうまいんです。 |
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糸井 |
堤監督は、
「自分の名前が入らなくてもいい」って
言っていたもんね。
無名の「役に立つ人」として、そこにいたんだよ。
それは、映画を観ててわかります。
いろんな演出方法や技術はあって、
やるんだったらこういうふうにできますけど
どうしましょうか、というような
かんじだったんだろうな。 |
樋口 |
そうそう。たとえば
「監督、このセリフ、どうでしょう?」
って言うと、
「あ、なくしていいですよ」
って、サラッと言うんですよ。
「え? なくす?!」(笑)。 |
糸井 |
「こだわり」というのと、逆だよね。 |
樋口 |
まったく逆。そのかわり、
必要な無駄もふくめて
残さなくちゃいけないものは確実に残す。
あとは自由に動かしてくれる監督だった。 |
糸井 |
すごいよなぁ。 |
樋口 |
うん、すごい。
綿密にプランしていたシーンを
現場を見て「いらないや」と、
サーッとなくしてしまえる監督って、
大人だな、と思った。
すっごい、大人です。 |
糸井 |
大人だよな。
うん、大人だよ。 |
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樋口 |
「言いにくいセリフがあったら
教えてください。
僕、どんどん考えますから」
と、監督はいつも私に訊いてくれました。
ほかのシーンを撮っている最中に
上の階でモニターを見ている監督から
「セリフ直したよ」って、
新しいセリフが書かれたメモが
ピラピラピラ〜って舞い降りてくるんです。
「監督、ここをもうちょっと」
と言うと、
「わかった!」
と、また紙がピラピラピラピラ〜って来る。
そうやって、その日のセリフが決まるんです。
スピードがあって、決断がすごく早くて、
流れがいい。
その日の現場でいちばん大事なことを
残していくあの感じが、
撮影が気持ちよかった原因かもしれない。
「今日はこう決まってますから
このとおりにやってください」
と言われるんじゃなくて、
謙さんがいて、私がいて、
ここは残して、あとは自由。 |
糸井 |
そんな現場にいたら、そりゃあ楽しいでしょうね。 |
樋口 |
うん。 |
糸井 |
スケジュールからみても、
そうとう無理に組んでた印象があるけど、
楽しそうにやってた。 |
樋口 |
その時期に、ほら、
ちょうど糸井が
親知らずの手術で入院したでしょ。 |
ほぼ日 |
あ、あの時期‥‥。 |
樋口 |
きつかったよ、
病院の撮影のあとに病院に行くのが(笑)。
でね、謙さんが
「糸井さんが麻酔から覚めたら
やさしい顔をするんだよ」
と、教えてくれたんです。
「麻酔から覚めたあととというのはね、
やさしい、いい笑顔が見えると
いいもんなんだ、うれしいもんなんだ」
って。謙さんがそう言うんだから、
ほんとうなんだろうな、って憶えておいたんだけど、
実際は、
「おーい、おーい!」
と、声をかけるだけで精一杯だった。
笑うなんてできないよ(笑)。 |
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糸井 |
俺は、「笑顔」を望むことなんて
気づいてもいなかったけど。 |
樋口 |
でも、そんな時期も、
あの撮影の流れのなかにいたから
ふつうにすごせたんだと思う。
それは、やっぱり、
堤監督の力が大きいです。 |
ほぼ日 |
映画全体の運びが気持ちいい、というか、
思いきりのいいカットの連続ですね。 |
樋口 |
もうちょっといくのかな、というところを、
スパーンと切っていたりすることもある。
悲しいことで溺れそうになるところも
ブチっと切っちゃったりしてる。 |
糸井 |
30秒余計に描くだけで
ぜんぜん違う映画になっただろうな、
と思うシーンもあるね。
それは、お客さんをどこに連れて行くかを
監督や渡辺さん、樋口さんやほかのみなさんの
あの映画の寄り合いが、
ちゃんとわかっていたからだよね。
今の時代の寓話にしていくということを
きちんと決めて、
みんなが同じところを見ていたから
できたんだろうと思う。 |
樋口 |
きっと謙さんが、
あの堤監督を指名したという決断に、
そもそもすべてがあったんだと思う。
この物語をしんどくせずに、
でも、ちゃんとテーマから
ぶれることなく撮ってくれる人を
謙さんは望んでいたんでしょう。
セリフやシーンのコンセプトを
変えることについても、
堤監督は決断が早かったです。
いちいちじっくりしていたら、
現場も重くなってしまったと思う。 |
糸井 |
それが、あの映画全体に
大きくかかわることになったね。
きっと、リアルを追究したい気持ちも
あったと思います。
でも、あそこまでやったなら、
表現なのか、嘘なのかも、
どっちでもよくなるんじゃないかな。 |
樋口 |
電車のシーンについても、
謙さんのメモを見ると、
電車賃や乗り換えの駅のホームの番号まで、
こまかいところまで自分でちゃんと調べて、
書いてありました。
すべてを計算して、飛ばしたり引いたり、
突っ込んだりしていた。 |
糸井 |
こんな状況になったときに人が見る夢、
その画をみんなに見せているんだ、
という自信が
この映画に関わった人たちに
あると思います。
(つづきます)
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