1954年京都市生まれ。 服飾専門学校を卒業後、 毛糸メーカーで手芸糸のデザイン、 繊維商社でアパレル向け原糸の企画を経て、 1992年に(株)アヴリルを設立。 |
福井 | こうやって試しに手で紡いでいるとね、 ああ、こちらの糸はぜんぶ こうして作られたんですねって、 みんな、言ってくれはるみたいやけどね、 ぜんぶがぜんぶそんなわけないよなぁ(笑)。 やってたら、もう、とてもやないけど体がもたん。 ただ、楽しいですよ、手作業は。 わりと単純作業なんですけども、 ぎっこぎっこぎっこ、リズムを刻んでると、 何か落ち着くんですよ。 |
── | アヴリルさんは、 原材料を仕入れるところから、 お客さんが編む、織る、というところまで 一貫してやってらっしゃるのがすごいです。 |
福井 | そういうことをしているところは、 少ないというか、ほとんどないかもしれない。 逆に、うちは、あまり、 完成品にしてしまわないで、 お客さんが自由に自分らしく 組み合わせができるようにと考えています。 |
── | アヴリルさんで扱っているのは 羊毛が多いんですよね。 |
福井 | 羊が多いんだけれど、ほかにもありますよ。 カシミア、アルパカ、アンゴラ。 ‥‥羊はウシ科だって知ってましたか。 |
── | 羊が牛‥‥ですか? 知りませんでした! |
福井 | 山羊もウシ科です。 これ、あんがい知らない人が多いんです。 偶蹄目ウシ科の下に羊と山羊がいます。 ちなみにカシミアが山羊、 アルパカはらくだ、 アンゴラはうさぎです。 なかでも羊の歴史って、おもしろいんですよ。 紀元前2000年頃のメソポタミアでは すでに羊の毛をとるために 品種改良が行われていたといいます。 |
── | へえ! |
福井 | もともと、羊の毛は3種類からできてるんですよ。 ケンプっていう、細胞が枯死した短く硬い毛。 ツイードで、よく、 藁くずのようなものが入っているのが あるじゃないですか。あれがケンプです。 それから、ヘアーと呼ばれる、 人間の髪の毛のように太く長く硬い毛、 そして、ウールあるいは「綿毛」と呼ばれるのが、 長くて柔らかい毛で、これが春になると生え変わる。 それで体を守ったり体温調節をしたりしてるんです。 ‥‥「メリノウール」ってあるでしょう。 |
── | はい、よく聞きますね。 |
福井 | メリノは、ウールの、しかも白い、 柔かな毛だけをもつ羊です。 8000年もの歳月をかけて 品種改良された羊なんですよ。 かわいそうに、暑くてたまらないから 刈り取ってやらないとならない。 |
── | アヴリルさんの毛糸は とても評判がよいですよね。 なにかとくべつなことを していらっしゃるんでしょうか。 |
福井 | いや、基本的にはどこでもできることですよ。 特別びっくりされるような 糸をつくっている訳ではないし、 設備を持っているわけでもない。 ただ違うのは 「ずっと作る気があるのかどうか」なんやけど。 つまりね、安定してずっと同じ糸をつくる覚悟、 そのリスクを背負うつもりがあるのかどうか。 大手の糸メーカーは、 さっきも話したように、新商品をつくるぶん、 いままでの糸をやめてしまうんですよ。 ブームのときはいっぱいつくるけど、 ブームが去ったらつくらなくなる。 日本は、糸が短命なんです。 あの糸がほしいなと思ったときには、もう、ない。 そんなことばかりなんです。 |
── | それは世界中そうなんですか。 |
福井 | そんなことはないでしょうね。 もともとはフランスとか、 フィレンツェあたりが本場なんですが、 あちらでは、あまり大手もない代わりに、 オリジナルで勝負してるところが多い。 実際に作ってるのはスペインとか、 いろいろなんやけどね。 |
── | 逆に海外からのお客様も? |
福井 | 海外は、ニューヨークを拠点に売っています。 最近、フランスとか、それからオーストラリア、 韓国も増えてきました。 アメリカは、あまり ニットが定着していなかったんですよ。 あったことはあったけれど、 アメリカはキルトのほうがずっと強くて。 アメリカは手芸に優雅なイメージがない。 厳しい生活のなかからパッチワークが生まれたから。 ヨーロッパは逆にレベルがすごく高い。 編み物といえばレースやね、向こうはね。 レースは貴族の娘が嫁ぐときの目録にも入るくらい、 職人さんが何年もかけてつくったようなものがあり、 高級なイメージがあるでしょう。 その延長線上にニットがあるんです。 |
── | なるほど。 |
福井 | ウールでセーターを編む、 というようなことは、 じつは歴史が浅いんですよ。 フィッシャーマンとか、 それなりに古くからあったけれど、 そもそもウールが貴重なものだった。 スペインが、衣料に向くような羊を開発して、 結構がっちり、まねされないようにちゃんと管理して。 ベネチアングラスと一緒やね。 |
── | ああ! |
福井 | もう外に漏れないように。 そんなこともあって、なかなか広がらなかった。 そして高価でしたよね。 日本のシルクの織物と同じように、 昔は毛織物ってものすごく高価なものだったから。 産業革命後、ウールに限らず一般的に、 繊維が手に入るようになったけれど、 それまでは糸っていうのは ものすごい高価なものだったんです。 日本でも同じですよね。 綿が普及しても、 くたくたになるまで、刺子にしたり、 いろんな補強をして使って。 ぼろぼろになっても、 また何かに詰めたりとか。 ヨーロッパでも漁師さんなんかは、 ロープなんかがぼろぼろになっても、 もういっぺんほぐして、 もういっぺん紡いでロープにしたぐらい、 貴重やったんです。 糸になる前の原料そのものが。 だから一生に そんな何枚も服を買うということも なかったみたいやね。 |
── | 貴重だったんですね‥‥。 |
福井 | いまは安くて何でもあるけれど、 いかに、織物ていうのが、 ある程度、手間をかけて作るものなんやな。 っていうのをね、 うちでは、やっぱ体験してもらいたいんです。 |
── | 日本にウールが入ってきたのは‥‥。 |
福井 | ウールは防炎効果があるから、 安土桃山時代から陣羽織には使われていましたが、 一般に広まったのは明治以降でしょう。 もともと日本は麻の国で、 綿が普及したのも江戸に入ってからです。 そして高級品として絹があった。 冬がこれだけ寒い国で、 藁と木と竹と紙の家に住み、 はだか同然で生活をしていて、 一般庶民は体力がなければ死んでゆく。 そんな暮らしだったわけです。 七五三なんていうのも、 乳幼児の生存率が低かったから、 その年齢まで生きたことを祝ったわけでね。 そういうことを知ると、 布をつくる体験っていうのは、 すごく大事だと思うんです。 もちろんあまり押し付けがましくは したくないけども、 手軽に身近に楽しんでもらおうっていうのを これから広めていこうと思ってます。 |
── | 福井さん、どうもありがとうございました。 かわいいシュシュの話からはじまって、 ずいぶんいろいろなことを知ることができました。 じぶんで編むシュシュも とくべつなもののような気持ちに、 さらに、なりますね。 |
福井 | そう思ってもらえたら嬉しいです。 |
── | あの、じぶんの買い物を していってもいいですか? |
福井 | どうぞ、どうぞ!(笑) |