糸井 |
前にさー、オレどっかの狭いステージで見たときに、
音響がすごい悪いのに、
悪いのを綾戸さん気にしてるんだけど、
「えーいっ、これでやるっ」っていう
冷蔵庫の余り物で料理を作りはじめるみたいに・・・。
あれしょっちゅうやってるんでしょ? |
綾戸 |
しょっちゅう。 |
糸井 |
あそこで鍛えたもの大きいねえ。 |
綾戸 |
大きい! ものすごく大きい! |
糸井 |
ねえ。
“弘法筆を選ばず”というか、
もうしょうがないじゃないか、というか。 |
綾戸 |
それがまたバネになったりするの。
人間って不思議ねえ。
マイナスがあると、プラスに思考するの。
変わっていくのね。
で、あると安心しちゃってね。
100あるものの、
80しかできなくなっちゃったりするの。 |
糸井 |
自分から出して、足すわけだ。 |
綾戸 |
そうっ。
エネルギーはマイナスから向こうに行く。 |
糸井 |
ときには、ピアノがパーなときだってあるでしょ? |
綾戸 |
あるわよーっ。
ポンピンピンポンパーンってときもある。
真っ白で小っちゃくって、
結婚式場の隅にずっと眠ってたようなヤツ。
もう、1曲弾くと指真っ黒っていうのがある。 |
糸井 |
うわーっ。 |
綾戸 |
三味線に鍵盤つけたようなピアノもある。 |
糸井 |
それでもやるだ、よ。 |
綾戸 |
やるっ!
そんときはいろんな物理的なことも考える。
たとえばピアノソロを減らす、ボーカルを出す。
出てくるピアノの単音、高音を使わない。
それは手段としてするわけ。
その後は、その手段が努力となって
何かを補うわけ。
で、補ってくると、
100席ある会場でやったら、
やっぱり気が抜けるから90になっちゃうんだけど、
50しかシートのない会場で50がんばると、
100になる。 |
糸井 |
オレが多数だーっ! |
綾戸 |
だからね、こんなこと言葉をいうとね、
また怒られちゃうかもしれないけど、
苦境は人を強くするというのは
案外ある! |
糸井 |
あるね。
頭だけじゃできないことを
体が手伝ってくれてるよね。 |
綾戸 |
あるっ! |
糸井 |
ものすごくね。 |
綾戸 |
“自分を知る”。
あと人を好きになんないとね。
客がお金に見えてちゃできない。
お金は捨てれるから、今回はいらない。
稼ぎ直せばいいんだから。
お金じゃない。
好きな人にイヤな思いさせたら辛いじゃない。
その気持ちがないと努力はできないわ。
「いい、10日分だけ給料いらない」
って言えばいいんだもん。
お金なんて。 |
|
糸井 |
またやり直せばねえ。 |
綾戸 |
やり直せばいいの。
ちょっと貯金を出せばいいんだもん。
そうじゃない、好きだから
嫌いにならないようにもっていかないと。
そうなったら必死になっちゃう。 |
糸井 |
かと言って、わざと条件を悪くするってことは
自分にはできないわけだから、
最高の場所だったら、そこで何ができるだろう?
って今度また別の不自由を感じて。 |
綾戸 |
今度の不自由っていうのは、
この、いい意味の不自由が出るの。
どういうことかというと、
普段自分にね、
この会場だったらできないこと、新しいことを、
ほんとはしなけりゃいいのに、するの。
そのマイナスを背負うの。
だから人間ってね、こうやって終わらないの。
春、もう来てるの次が。
夏、秋・・・・って。
もう終わりかけてる、成功に近づいてるときに
成功だったらこうなるんだけど、
この枠は向こうにいくわけよ。
だから、これがなくなったとき、
歌はやめようと。
この気力がなくなったとき。 |
糸井 |
それって、やっぱ気力ですか? |
綾戸 |
そうですねえ。
電子レンジが最後に「チン!」って鳴るみたいに、
お家にいよう、好きな人とずっといようってなったら。 |
糸井 |
そういうことってあり得るんだー。 |
綾戸 |
あり得るね。 |
糸井 |
あり得るだろうねえ。
ちょっと楽しみだわー。
そのきれいにやめられるって、
自分で決められるって権利だし。 |
綾戸 |
そうなの。
やめるために、やる。
やるためにやると辛くって。
いつかほんと終わって「チンッ」って。 |
糸井 |
言うんだろうね。 |
綾戸 |
ありがとうっ、って言える。
またちょっとエネルギーが残ってるからって、
再デビューなんかするとしんどいから、
もうしないように。捨て切れるように。 |
糸井 |
全部が変わっちゃってるんだもんねえ、
やめたときってねえ。 |
綾戸 |
だから、かっこいい、衰退を。 |
糸井 |
ろくでもない主婦になってるかもね。
いざやめたらね。
引き出しの中が、わかんないわかんないって。
今だからきれいに整頓されているけど。 |
綾戸 |
だって今だって仕事のとき整頓するんだもん。
留守になってもいいように。
(つづく) |