第8回 苦境は人を強くするというのは、案外、ある!


糸井 前にさー、オレどっかの狭いステージで見たときに、
音響がすごい悪いのに、
悪いのを綾戸さん気にしてるんだけど、
「えーいっ、これでやるっ」っていう
冷蔵庫の余り物で料理を作りはじめるみたいに・・・。
あれしょっちゅうやってるんでしょ?
綾戸 しょっちゅう。
糸井 あそこで鍛えたもの大きいねえ。
綾戸 大きい! ものすごく大きい!
糸井 ねえ。
“弘法筆を選ばず”というか、
もうしょうがないじゃないか、というか。
綾戸 それがまたバネになったりするの。
人間って不思議ねえ。
マイナスがあると、プラスに思考するの。
変わっていくのね。
で、あると安心しちゃってね。
100あるものの、
80しかできなくなっちゃったりするの。
糸井 自分から出して、足すわけだ。
綾戸 そうっ。
エネルギーはマイナスから向こうに行く。
糸井 ときには、ピアノがパーなときだってあるでしょ?
綾戸 あるわよーっ。
ポンピンピンポンパーンってときもある。
真っ白で小っちゃくって、
結婚式場の隅にずっと眠ってたようなヤツ。
もう、1曲弾くと指真っ黒っていうのがある。
糸井 うわーっ。
綾戸 三味線に鍵盤つけたようなピアノもある。
糸井 それでもやるだ、よ。
綾戸 やるっ!
そんときはいろんな物理的なことも考える。
たとえばピアノソロを減らす、ボーカルを出す。
出てくるピアノの単音、高音を使わない。
それは手段としてするわけ。
その後は、その手段が努力となって
何かを補うわけ。
で、補ってくると、
100席ある会場でやったら、
やっぱり気が抜けるから90になっちゃうんだけど、
50しかシートのない会場で50がんばると、
100になる。
糸井 オレが多数だーっ!
綾戸 だからね、こんなこと言葉をいうとね、
また怒られちゃうかもしれないけど、
苦境は人を強くするというのは
案外ある!
糸井 あるね。
頭だけじゃできないことを
体が手伝ってくれてるよね。
綾戸 あるっ!
糸井 ものすごくね。
綾戸 “自分を知る”。
あと人を好きになんないとね。
客がお金に見えてちゃできない。
お金は捨てれるから、今回はいらない。
稼ぎ直せばいいんだから。
お金じゃない。
好きな人にイヤな思いさせたら辛いじゃない。
その気持ちがないと努力はできないわ。
「いい、10日分だけ給料いらない」
って言えばいいんだもん。
お金なんて。
糸井 またやり直せばねえ。
綾戸 やり直せばいいの。
ちょっと貯金を出せばいいんだもん。
そうじゃない、好きだから
嫌いにならないようにもっていかないと。
そうなったら必死になっちゃう。
糸井 かと言って、わざと条件を悪くするってことは
自分にはできないわけだから、
最高の場所だったら、そこで何ができるだろう?
って今度また別の不自由を感じて。
綾戸 今度の不自由っていうのは、
この、いい意味の不自由が出るの。
どういうことかというと、
普段自分にね、
この会場だったらできないこと、新しいことを、
ほんとはしなけりゃいいのに、するの。
そのマイナスを背負うの。
だから人間ってね、こうやって終わらないの。
春、もう来てるの次が。
夏、秋・・・・って。
もう終わりかけてる、成功に近づいてるときに
成功だったらこうなるんだけど、
この枠は向こうにいくわけよ。
だから、これがなくなったとき、
歌はやめようと。
この気力がなくなったとき。
糸井 それって、やっぱ気力ですか?
綾戸 そうですねえ。
電子レンジが最後に「チン!」って鳴るみたいに、
お家にいよう、好きな人とずっといようってなったら。
糸井 そういうことってあり得るんだー。
綾戸 あり得るね。
糸井 あり得るだろうねえ。
ちょっと楽しみだわー。
そのきれいにやめられるって、
自分で決められるって権利だし。
綾戸 そうなの。
やめるために、やる。
やるためにやると辛くって。
いつかほんと終わって「チンッ」って。
糸井 言うんだろうね。
綾戸 ありがとうっ、って言える。
またちょっとエネルギーが残ってるからって、
再デビューなんかするとしんどいから、
もうしないように。捨て切れるように。
糸井 全部が変わっちゃってるんだもんねえ、
やめたときってねえ。
綾戸 だから、かっこいい、衰退を。
糸井 ろくでもない主婦になってるかもね。
いざやめたらね。
引き出しの中が、わかんないわかんないって。
今だからきれいに整頓されているけど。
綾戸 だって今だって仕事のとき整頓するんだもん。
留守になってもいいように。

(つづく)


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2000-07-01-SAT

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