YOSUI
井上陽水・
ゴールデンバッド対談。

井上陽水のB面は、一筋縄ではいかないぞ。

第15回 あれはあれで、目下の者の大きな仕事だなあ



井上 今日は、人に贈る『GOLDEN BAD』のCDに
サインをしてて。
Fさんの名前があって……、
「聴かないだろーなー」と思って(笑)。
糸井 聴くよ、たぶん。
井上 いや〜、聴かないでしょ(笑)。
糸井 でね、なんか一言、言うよ。
「あれは、ルネッサンス期の……なんとか」とか、
「メディチ家に対する反乱だな、陽水の」とか(笑)。
井上 (笑)。
糸井 こっちも答えようがないから、
「ああ、そうとも言えますよね、わっはっは」なんて、
めんどくさくなって(笑)。
井上 俺から見てると、
まあ、Fさんなんていうと、
いわば大御所だよね。
で、ときどきお酒を一緒に飲むじゃない。
そういう時に、糸井さんの、
Fさんとの対話なんかみてると、
「糸井さん、さすがだなあ」って思うよ。
糸井 僕はFさんのことをすごく好きな人なんだけど、
えらい人だとかは思ってないから。
あの……、そういうのは、僕ラクなんです。
僕がアガるのは、スポーツ選手! とくに野球。
さらに言うと、ユニフォームを来てる状態!(笑)
あれは、アガっちゃう。
もう奉っちゃって。
なるべく、自然にしてようと思うんだけど、
心の中で「素晴らしい神々」
って感じになっちゃって……。
あと、ステージ直後の歌手!
井上さんのステージが仮にあったとしますよね。
さっきまでステージに立っていたという状態で、
こっちは客席で見てて、
後で楽屋で会ったとしたら、
その瞬間はアガるのを抑えるのが大変。
アナタは、おありにならないでしょ?
そういうの。
井上 いやいや……。
吉行淳之介さんとか、阿佐田哲也さんとかさ。
糸井 それ、尊敬ってヤツですかね?
井上 金縛り状態だからね。
……なにもしゃべれなくなったりして(笑)。
もう、笑っちゃうくらい。
糸井 それは、笑っちゃうねえ。
で、向こうはどうせ井上さんのことを、
変なヤツだと思ってるから……(笑)。
井上 まあ、僕がしゃべれないとしても、
向こうは「どうしたの?」とは言わないけどね(笑)。
糸井 たとえば、そういう時に、吉行さんが、
「1曲唄ってくれたらいいなぁ……」
ということを、ポツリと言っちゃったら、
逆に井上さんは気がラクになるんじゃないの?
井上 それは……そうだね。
「へぇー、面白いこと言う人だな」って
僕はそのときに初めて思えるからね。
糸井 その二人(吉行さんと阿佐田さん)は、
井上さんにとって特別だね。
昔からよーく話に出てくるもんね。
井上 うん、なんだかねえ……。
前にも、吉行さんと車の中で二人きりになってさ、
まいっちゃってさ……、息苦しい……(笑)。
糸井 それはさ、井上さんが吉行文学を読み込んだから、
とかじゃないよね(笑)?
井上 いや、そんなことなぁーいのよ。
糸井 吉行さんの存在ですよね?
井上 それこそ、読んでない……というかね。
糸井 せいぜい、何冊か、ですよね。
井上 いや〜もうほんとに、
特に小説とか……試みるんだけど、読めない(笑)。
なんだかねぇ……。
阿佐田さんは、もうあんな調子だからねぇ。
糸井 黒鉄ヒロシさんは、平気なんですか?
井上 「黒鉄さんは平気」っていうのは、
黒鉄さんが彼らに対してってこと?
僕から見ると、黒鉄さんは、
やっぱり相当レベル高いなあ、と。
つまり、彼らだって、こちらが押し黙ってたら、
基本的には困るわけよ。
そういう意味では、黒鉄さんは、
適当にチャチャを入れ……、
適当におだてたり……、
適当に「年寄りめ」とか言って頭叩いたり……、
ま、いろいろワザがある。
黒鉄さんはうまいよ、やっぱり。
だから僕は、黒鉄さんの後ろに隠れて、突破口を(笑)。
僕からは、それこそ、電話にしろ……、
お宅におじゃまするにしろ……、
もう山みたいに高い敷居だから、できないんだけど。
ま、黒鉄さんがうまくドアを開けてくれて。
糸井 じゃ、黒鉄さんがいなければダメなんだ?
井上 ……ダメでした。
糸井 たとえばさ、僕の場合で言うと、
“憧れの人”が横尾忠則さんだったんですよ。
すっごく憧れてたから、
若いときは会えるチャンスのときに
お断りしてたんですよ。
つまり、僕には会う資格ないって気持ちで。
で、自分が何かできるようになったとき、
会える機会がほんとに来たときには
会えるんだろうなぁと思って。
それで、何回も断ったんですよね。
断ったって言うと、生意気ですね(笑)。
井上 「ご辞退申し上げる」。
糸井 そうですね。
で、そういう時期があって、会えることになった時に、
「憧れからくる固さみたいなものって迷惑なんだ」
というようなことを、
横尾さんが僕に上手に言ってくれたか、
感じさせてくれたかしたんですよ。
で、とっても素敵なことだなぁ、と思って、
横尾さんはとても遠かったはずなのに、
横に座れるような気分になったんですよ。
今でも、尊敬してるし、憧れのままですよ、
だけど、隣に座って、
「またバカなことを言う……」って突っ込まないと、
わるいなぁと思ったし、言えるようになったんですよ。
で、それは、どうしてかな? と思ったら、
横尾さんの奥さんがいた!
で、奥さんが、横尾さんと僕を
上手につないでくれたんですよ。
つまり、「ウチではしょうがねぇオヤジなんですよ」
っていうのを表現してくれるから、
「そうですかぁ」という返す刀で横尾さんを
見ることができたので、……助かりましたね。
横尾さんてね“口うるさい”んです(笑)。
で、“口うるさい”って言葉を発見したのは僕なんです。
それまでは「なんかむずかしい人だ」とか、
「こわい人だ」とか言われてたのが、
「早い話が、横尾さんは
 口うるさいだけなんですね」と(笑)。
で、そう言われることで、
横尾さんが楽になったんですよ。
「そう、僕は口うるさいから……」ってことで、
悪気はなくて、口うるさいだけなんだ、
ってところで、成仏したんですよ(笑)。
あれはあれで、目下の者の大きな仕事だなあ、と。
まあ、ダウンタウンで言えば、
浜ちゃんがツッコミを入れるのと似てますよ。
だから、井上さんの場合も、
吉行さんの奥さんが、その場に一緒にいて、
「そーなんですよ」って言ったら、
陽水さんも大丈夫だったかもしれないですね。
だって、こっちがジッと黙って固くなってるのを、
向こうも見てるって、わかるじゃないですか。
井上 そうねぇ(笑)。
糸井 相手が自分をどう見てるかにもよりますよね。
武満さんと会うのは平気だったんですか?

(つづく)

2000-08-21-MON

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