糸井 |
……話を“BAD”に戻しましょうか。
長い話になってきてますけど。
……BADの話は、もういいか? |
井上 |
うん(笑)。 |
糸井 |
いや、でもさー、なんかちょっと話そうよ。
「いっぱい売りたい」と思わないで
作ることってないですよね?
もの作る人って、やっぱり、
できることならば世界中の人みんなに
聴いてほしいですよね?
でも「BAD」ってタイトルにしちゃうと
「いや、もう売れるのは少なくていいや」
みたいに聞こえますよね。
そのへんは、どんな感じなんですか?
「まあ、少ないだろうなあ」と思ってるんですか?
「井上陽水の気持ちが伝わるのは少ない」と(笑)。 |
井上 |
んー、まあ、そりゃそうだよねぇ……、
というのは、その、少ないだろうなぁという感じね。
ま、『GOLDEN BAD』をパッと見て、
「知ってる曲なんてない」みたいなアルバムだしね。
だからそういう意味では、
売れるってのは難しいアルバム……。 |
糸井 |
どういうところで聴いたらうれしいですか?(笑) |
井上 |
え? 場所?(笑) |
糸井 |
たとえば、パチンコ屋で流れてきたら、
うれしいだとかさー。
うれしくもないのかなあ? |
井上 |
いやぁ(笑)。
あのねー、
「どういうところで聴いてもらえたらうれしい」
とかってことは、あまり考えないけど……、
でもねえ、
「こういうのって車の中で聴くの?」
「うーん……」
「じゃ、なに? 部屋で?」
「じゃ、ちょっと今日は、聴いてみよっかな!」
とかね(笑)。
……そんなことでもないだろうし、
どういう時に聴くんだろう???
特に今回は年配者みたいな人たちにとっては、
けっこううるさいし、それから、
「そういえば、あんな時代があったなぁ……」
というアングルもないわけよ。
「この歌が流れていた時代は、
僕も就職活動で……」とかは、ない(笑)。 |
糸井 |
(笑)ないない。 |
井上 |
じゃあ、どこで聴くんだろう?
……みたいになってさ(笑)。 |
糸井 |
おもしろいねえ。
それってレコード全体の悩みだね、今。
『GOLDEN BAD』は
レコード全体の悩みを抱えてますね。 |
井上 |
え? 「レコード全体」というと? |
糸井 |
つまり、音楽を仕事にしてたら、
聴かれたいと思って作ってますよね、当然。 |
井上 |
でもね、聴かれたいと思って作ってるけど、
……そのところを今日ちょっと検証したいんだけどさ。
あの〜、やっぱり糸井さんが
長いことやってた仕事ってさー、
ほんとに視聴者が、反応しないと、商売にならない。
もちろんこっちもそうなんだけど。
糸井さんの仕事は、そこらへんのバランスが
相当大きいんじゃないかな、と思って。
直接的だし……。 |
糸井 |
それは今、僕も考えたんだけど、
昨日、見城徹さんと話してたら、見城さんは、
「全部ミリオンセラーにする」って思ってるんだって。
で、それを聞いたときに
「それは極端だな」って、俺、思ったんですよ。
で、井上さんと話していると、
ゼロとは言わないけれども、
それは……あんまり考えてないよね。
作家の立場と、その作家をサポートする立場と、
2つの両極端の話をしたんですよ、昨日と今日で。
で、「俺はどうなんだ?」って考えると、
正直に言うと、しょっちゅう違う。
で、僕は今、井上さんと話しているときは、
「売る手伝いをする立場」でしゃべってますよ。
作ってる立場でしゃべってないですよ。
で、僕の本のことだとか、
僕の名前が出ちゃうようなものについて話すときは、
「いや、ぜんぜん考えてない」(笑)。
さらに言うと、たとえば、
僕がメインで番組作りを始めたときのことを考えると、
「これ、誰も見ないよ」とか言うよ……、平気で。
作家の立場と、作家をサポートする立場、
この往復運動は僕をひどく疲れさせてるね。 |
井上 |
あの〜、ほら、当然いろんな段階があってさ、
そちらだと何になるのかな……。
俺の場合は、要するに、
曲を作り終える時や、唄い終える時、
そういう時までは、まるで、そんな、
「この曲、好意もたれるかしら?」とかさ、
「どの世代が中心なのかしら?」とか、
全然考えないよね。 |
糸井 |
ないよね、確かに。 |
井上 |
ま、ひとり、自分というチェッカーがいて、
「これは、あんまりにもひどい」
「ここを変えよう」とかさ。
そのあたりの段階になると、
「こういう状態なんだけど、
この曲を発売すると、どうなんだろう?」
ってことは少し考えるかもね。 |
糸井 |
それね、作り手としては僕と同じですよ、
ほんとのこと言って。
だけど、それを引き受ける立場になる仕事が
もう一回あるんだな。ポール仕事だよね。
で、ポール仕事でギャランティーされてるのか、
ジョン仕事でギャランティーされてるのか、
わかんないんですよ。 |
井上 |
確かに、微妙なところだね。
で、糸井さんは、
「こういうふうにCF作ろうよ」ってときに、
作ってる途中の段階で、
クライアントとか、代理店の人たちが、
「これでいいんですけど、これ、今の女の子たちは
どう感じるんでしょうかね?」
なんて言われて、
「ああ……そうだねえ。
じゃあこの色にしちゃう?」
なんていう作業がねぇ……。 |
糸井 |
やりますよねえ。
そういう仕事もやるし、
そう言われて、僕が突っぱねるにしても、
そういう作業をやってるってことですよね。
言われた段階で、もう吟味に入っちゃうわけですから。
で、それを言われ始めたらキリがないなぁ、ってことで、
「そのあたりを言うのは、全部ダメねー」
という防御膜をはるのも仕事ですよね。
つまり、
「いいか悪いかの話をしてるときに
赤か黒かの話なんかしないでくれ」と、
突っぱねるときもある。
でも、同時に、それは心に残ってますから、
夜、ひとりで、赤か黒かについて考えますよね。 |
井上 |
多くの人の意見を取り入れたら、
多くの人が望む結果になるか、って言ったら、
また別だからねえ。
(つづく) |