糸井重里が、ほぼ日刊イトイ新聞に書いた 1年分の原稿のなかから、 心に残ることばたちを抜き出して本にしました。 その第一弾が去年発売されました 『小さいことばを歌う場所』。 そして2冊目となる最新作が、 2月22日に発売されます、 『思い出したら、思い出になった。』です。 今日も、昨日に引き続き、 人によって、心に残ることばが 読み返してくださる方も多いみたいです。 |
「Only is not Lonely. ひとりであるということは、孤独を意味しない。 ひとりを怖れない者どうしが、 助けたり助けられたりしながら、 生き生きとした日々が送れるなら、 それがいちばんいいと思う。」 (244〜245ページより) 仕事の問題、家庭の問題に悩んでいるときに であった言葉が今も私を元気付けてくれます。 (三) |
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「ことばは、いつも気持ちに足りない。」 (15ページより) このことばを見つけたとき、ヒザを打ちました。 自分のことばもそうですが、 人の話を聞いているときにも このことばを忘れないようにしようって思います。 『小さいことばを歌う場所』をくり返し読んでいます。 お気に入りには付箋を貼って、 すぐ見つけられるようにしています。 ことばの薬のようにスッと落ち着きます。 この本にはいくつも付箋が貼られていて、 ぴらぴらしています。 去年、この本を3冊購入しました。 仲のよい友人二人にもあげたくて。 去年の9月、そのうちの一人がガンで亡くなりました。 親友が亡くなるという経験は、これほど辛いのかと 今ごろになって実感します。 そしてまたこの本を開くのです。 新しい本が楽しみです。 (ルーシー) |
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わたしの好きな小さいことば。 「自分でやきいもを焼いて、 自分で食べて、 自分で写真撮って、 自分で掲載する。 やがて、自分でおならして、 自分で「よせやい」と思う。」 (87ページより) いろんなことを「自分でする」ことは、 他人にやってもらうより愛おしいな、と思いました。 おならだって他人のはイヤだけど、 自分のならちょっと楽しめますもんね。 (ごん) |
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私がいちばん好きな「小さいことば」は、 最初に読んだときは 18ページの「お風呂の話」でしたが、 今は迷うことなく、 13ページの「ともだちについてのことば」です! 私の尊敬する空手の師範(40歳)も ともだちについて同じことをおっしゃっていました。 先月、3年間一緒に稽古に励み、 楽しい時間を過ごしてきたスペイン人の男性が、 自分の国に帰国しました。 彼は、出会った人誰もが好きになってしまうような人でした。 男性も女性も、目上の人も子供たちも、 みんな彼のことが大好きでした。 帰国前の2ヶ月間、毎日彼は送別会に出ていました。 同じ人が何度でも飲みに誘いたくなるような人なんです。 そんな彼との別れの際に、先生がおっしゃいました。 「遠くに離れて会えなくても、メールを全然書かなくても、 忘れたわけじゃない。あなたは私たちの仲間です。」 私にとって、今やスペインは遠い国ではありません。 行ったことのない国内のどこか、よりもずっと近いです。 心の絆って、実際の距離を越えるんですよね。 「ともだちというのは、 『しょっちゅう会ってなくてもかまわない』 というところまで含めて、いうのだと思う。」 (13ページより) (ゆり) |
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私の小さいことばはなんといっても 『スゴイ人よ、スゴクナイ人よ』です。 (112〜113ぺージより) これ確か、今日のダーリンで書かれたんでしたよね。 これを読んだとき、なんてスゴイ詩なんだろう! と、思ってメモに保存して いつでも読めるようにしていたんです。 自分を、大きくし過ぎず、小さくしすぎず、 ありのままで行け。と この詩を読むと、 身が引き締まる思いがすると同時に希望の光を感じます。 さっき久しぶりに読み返してみたんですけど やっぱり、いいですね。背筋がのびます。 他にもパラパラめくって読んで 言葉を噛み締めたり、ぷっと笑ってしまったり。 こういうふうに楽しめる娯楽って、 あんまりないような気がします。 なかったらなかったで困らない本だと思うけど あってくれたおかげで 助けられることがある本だと思いました。 いい本です、ほんとに。 そして、『スゴイ人よ〜』の次ページのベランダの松の その後が知りたい気持ちでいっぱいですけれども ここいらで失礼します。 (ピロアキ) |
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「縁起でもないことをわざわざ言ってるわけじゃなく、 みんなといつかお別れする、ということを、 少しずつ覚悟していこうと、思うようになっています。」 (237ページより) 先週の土曜日に届いた『小さいことば』を パラパラとめくっていた時に目に飛び込んできた、 このことばがとても気になってしまったので コピーして「ほぼ日手帳」の2月9日に貼りました。 昔、脳腫瘍になったことがあって、 「私、近いうちにこの世界とお別れするんだ‥‥」と 覚悟しながら20代の数年間を過ごしました。 「転校を前にした小学生みたいに‥‥」は、 「もう死ななければいけない」と思いながら 生きていた日々の気持ちにぴったりのことばでした。 何もかもが切なくて、いとおしくて。 今は病気も治まって元気に暮らしていますが、 心の片隅にはいつも 「あとどのくらい生きられるのだろう‥‥」 という不安がくすぶっていました。 最後一行、 「誰だって、そうなんじゃないかなー。」まで読んだ時、 「私だけじゃあないんだ」と何故かほっとして 鳥肌がたって、気持ちが楽になりました。 今までとおり、毎日を大切に生きたいと思いました。 (MA 千葉県) |
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『小さいことばを歌う場所』が 私の元に届いたのは数週間前の事。 とっても素敵な表紙と、手に持ったときのやさしさ‥‥。 「味わい」深い本に驚きました。 お気に入りの言葉は沢山ありますが、 いまの気分で言うなら、 「『多少おいしくなくても、 自分のつくらないごはんは美味しい』 というのは、かつて家人が残した名言です。」です。 (243ページより) 一人暮らしをはじめて、2年。 秋のある日に、近くに住む友人が 栗ごはんを持ってきてくれました。 いろいろあってちょっとばかり鬱だった私は、 こんな幸せなことはないなーと 涙を噛みしめながらいただきました。 あの日から、彼女のつくる栗ごはんが 世界で一番の栗ごはんです。 世界で一番の味。うまさではない、気持ち。 父がつくる、焼きそばや、 叔父がつくる、お好み焼きや、 祖母がつくる、おにぎりや、 母のつくる、煮物、 自分でつくらないごはんの嬉しさについて 考えていたところで、この言葉に出会いました。 この言葉の意味がしみじみと判る人と、 家族になりたいなァと思います。 (リンコ) |
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みなさまの「私の小さいことば」、 まだまだお待ちしています。 『思い出したら、思い出になった。』の発売は 来週、2月22日の午前11時です。 どうぞ、のんびりお待ちくださいね。 |