── 読後感として、
『三位一体モデル』って
何の本だったと感じましたか?
池谷 そうですね‥‥「人生論」でしょうか。

もちろん、内容じたいは
宗教史を軸とした「学問」ですけれど、
「人生の指南書」的な
一冊になるのでは、という感じです。
── 心のなかに置いておけば、
いつか、どこかの場面で役立ちそうだ、と。
池谷 はい、そうですね。

じつは僕、
この本を2回、読んだんですよ。

で、2回目を読んだときは、
またぜんぜん、印象が違うんです。

本を何回か読むことはあるんですが、
ここまで違うことって、そうないですね。
── 具体的には、どんなことなのでしょう?
池谷 1回目は、
「ああ、こういう考えかたも
 あったんだ!」という、
純粋な感想ですよね。

で、2回目に読むと、
自分のケースで、考えられるんです。

「あっ、ここにもあてはまる。
 この問題にも、あてはまりそうだな‥‥」
というふうに、実感としてわかってきた。

── なるほど。
池谷 最後の「座談会」までを読んで、
全体像を把握してから、もういちど読む。

そうすると、ある種の余裕をもって、
自分のこととして読めるんじゃないでしょうか。
── 気づきが、多くなる?
池谷 そうです。

逆に、あまりポテンシャルのない本というのは、
1回目に読んだときが、
いちばん「気づく」んです。

でもそれは、
「ああ、なるほどね」で終わってしまう。

この本は、2回目のほうが楽しめました。
── 糸井の書いた「まえがき」にも
「いつも持ち歩けるような本」という言葉があります。
池谷 そのとおりだと思います。

いつでもどこへでも持ち歩きたい、
生きるうえでの「参考書」とでも言いますか。
── ご専門である科学の分野からみて、
なにかリンクするようなところはありましたか?
池谷 はい、いっぱいありますよ。

ちょっと専門的になってしまいますが、
ひとつだけ、例を挙げてみましょうか。

それは、「ベキ分布」というもの。

これはいま、
科学の分野で話題になっている言葉で、
いわゆる「正規分布」にくらべて
「すそ野の長い分布」のことです。

「けたはずれ者」の多い分布のしかたで、
一般的には「ロングテール」という
言葉が使われているようですね。
── このところ、よく聞く言葉でしたよね。
池谷 たとえば、
「人間の身長」は正規分布します。

日本人の平均身長が170cmだとすると、
そのあたりに密集する傾向がある。
これが、「正規分布」です。

ですから、逆に言うと
身長が3mもある人なんていうのは、
出てこないんですよ、ふつう。
── ええ、なるほど。
池谷 一方で、年収の分布は、
正規分布にはなりません。

人数は少ないけれども、
平均値からまったくかけはなれた
「大金持ち」が、確実にいるからです。

そういう、左右に長く広がる分布は、
だいたい「ベキ分布」になる。

そしてこの「ベキ分布」は、
平均しても意味がないんですよ。
── どうしてですか?
池谷 たとえば、「地震の大きさ」。

まったく感じない揺れもあれば、
震度6や7なんていう大きなものもあります。

でも、それを計算して、
「地震の平均震度は1である」
といってみても、ほとんど意味がないでしょう?
── なるほど、たしかにそうですね。
池谷 さっきの「平均収入」も、同じです。

雑誌などのメディアでは
よく特集されたりしていますから
一見、意味があるように聞こえますけれど、
サラリーマンの収入の平均が
何百万円だ、とか計算しても、
統計的には、ほとんど役に立たない。

とくに現代では
突然、無意味なくらい
お金を持った人があらわれたりしますから。
── いわゆるヒルズ族、みたいな?
池谷 そうです。

そうした、正規分布に基づく統計からは
思いもよらない「大金持ち」なんかを
科学では、こちら側がコントロールできない
「ノイズ成分」とみなすんです。
── コントロールできないとは、
まさに「聖霊」といっしょですね。
池谷 ええ。

でもそこで、
そのコントロールできないものを、
「コントロールできない、
 予測できないもの」として
数式のなかに組み込んであげると、
たとえば、さっきの「地震」や「雪崩」など、
いままでの科学では扱いにくかった現象も、
扱うことができるようになってくるんです。

‥‥この「ノイズ」という話、
『三位一体モデル』の「聖霊」と
すっごく似ていると思いませんか?
── ほんとうですね!
池谷 ですから、「聖霊」のように
数値化できない、
コントロールできない「ノイズ」を
考えに含めることによって、
これまで科学が対象にできなかった現象も、
研究できるようになってくるんです。

つまり、これによって、
科学の可能性が
広がってきているんですよね。

ちょうど、世のなかの科学者たちが
そういった「制御できないノイズ」というものを
考えはじめているときに
この本を読んだので、すごく衝撃を受けたんです。

── なるほど!
池谷 だから、ツールとしての「三位一体モデル」って、
中沢先生の大発見なんだと思いました。

ですから、その大発見が
読みやすくまとめられたこの本、
ぜひともベストセラーになってほしいですよね。

指南書としてもいいし、
人生論といってもいい。

多くのかたに、読んでもらいたいと思います。
── ありがとうございました!

<終わります>

2006-11-24-FRI