ハードカバーの本が売れていくのって、 見ていてワクワクしてくるんですよ。

── この『三位一体モデル』は、
キリスト教に発する考えかたのモデルを
ビジネスをはじめとした現代の問題に
あてはめてみよう、
というものなんですけれど‥‥。
赤瀬川 はい、そうですね。ええ。
── つまり、内容的には、
「教養」にあたるものではないかと思うんです。
そこで、赤瀬川さんから見ると
「教養」ってなんの役に立つのか、
あるいは、
どういうものなんだと思われますか?
赤瀬川 そうですね‥‥まず「知識」とは、
ちょっと違うものですよね。
── どのように、でしょうか?
赤瀬川 僕の場合で言えば
たとえば、絵を見るとき。

西洋のものについては、
自分が洋画をずっとやってきたので
多少なりとも知識があるんですけれど、
日本画なんて、
むかしは見向きもしなかったんです。

で、中年を過ぎたころから
興味を持ちはじめたんですが、
日本画を見るときって、
現代の生活様式とはまったくちがう時代に
描かれたものを見るわけですから、
知識がないと、
もう一歩、入っていけないんですよ。
── 当時の日本人の生活についての知識ですか?
赤瀬川 そう。袴をはいて、袷(あわせ)の服で、
畳の生活で、外では草履をはいて‥‥。
人間の体つきもちょっと違うだろうし。

そういう時代の風景のなかで、
この絵はいいなあとか、
これはつまんないとか、言われていたわけです。
── 現在の日本とは、
その絵のあった背景や文脈が違う、
ということですね。
赤瀬川 ですから、いまの感覚だけだと
ちょっと見えてこない部分があるんです。

これの前には、こういうものがあって、
そこではじめて、
こういうかたちが出てきたんだよって
言われると、なるほど、あ、そうかと
見えてくることがあるんです。

そういう意味で、知識というのは
大切なものなんだなぁと思うわけです。

── はい。
赤瀬川 で、「教養」というのは、
もうちょっとそれが
人格的に染みているものですよね。

直接、おもてには出てこないんだけど、
それがあると、
こいつ、けっこう知ってるな、
ということで、
こちらの話や対しかたも
変わってくるようなもの。
── なるほど、なるほど。
赤瀬川 逆に、あ、こいつはわかんないなって
思われちゃったら、
言ってもしょうがないというか、
相手にしてもらえないと思うし。
話もレベルダウンしちゃうんです。
── 取材させて頂いている身としては
わかっていながらも、怖い話です(笑)。
赤瀬川 いやね、自分なりに言うと、
ぼくはむかし、犬が怖かったんですよ。

そうすると、犬って
怖がってる人間に吠えてくるんですよね。
── あ、たしかにそうかも知れません。
赤瀬川 でも、うちで犬を飼うことになって、
1年間がまんしてるうちに、
犬の気持ちが
どことなくわかってきたというか、
犬に慣れてきたんでしょうね。

怖くはなくなったし、
こういうふうにしていれば
べつに咬みついてはこないんだ、とか
犬に接してみて、いろいろわかってきたんです。
── ええ、ええ。
赤瀬川 そうするとね、むかしだったら
道を歩いてても、
怖がって吠えられちゃってたんですけど、
自分の家の犬に馴れてからはね、
よその犬も興味を持って
見られるようになってきたんですよ。
── なるほど。
赤瀬川 ああ、こいつは黒い犬か、
なんて思いながら歩いていくとね、
むこうも平気で
吠えないで通りすぎていくんです。
── なにかが、伝わるんでしょうか?
赤瀬川 こちらがわの緊張感でしょうね。
それが向こうにも伝わると‥‥、
「緊張」っていうのは、
「敵対」の第一歩ですから(笑)。

教養って、なにかそれに
似たようなことなんじゃないかなと
思うんですよね。

おもてに露骨には出てこないんだけど、
人間の内部に、ある綿密ななにかが
できてくるっていうような。

おたがいがそれを感じられたら、
より深い話ができるというようなね。
── 染みているとおっしゃった意味が
いま、すごくよくわかりました。
赤瀬川 教養とまではいかないにしても、
たとえば誰かが持っているカメラを
ぱっと見てね、
お、こいつ、できるなっていう(笑)。

そういうものなんじゃないでしょうか。
── 人間のなかに染みているもの。
赤瀬川 ええ、人間なんてスポンジ状ですからね、
そこにいろんなものが
染みてきてるわけですけど。
── はい。
赤瀬川 ギュッと絞ると、出てくるんだ(笑)。
── なるほど(笑)。
赤瀬川 若いころは「教養」って聞いただけで、
あたまからバカにしたり、拒否したりってことが
やっぱりどうしてもありますよね。

でも歳をとると、そうじゃないことが
少しずつ、わかってくるんです。

それは経験とか、
挫折の積み重ねと言いますか、
そうしたことをつうじて
わかってきたことだと思うんですけどね。

── それでは最後に、
この『三位一体モデル』について
改めて感想などをお聞かせいただけますか?
赤瀬川 そうですね‥‥。
たとえば、発生生物学とかね、
僕にもいろいろ興味はあるんですけれど、
専門書は難しくて読めないんです。

ですから、一般と専門とのあいだを
橋渡ししてくれるような本がないかなぁと、
いつも思っていたんですよ。
── この本は中沢先生の作品の
入門篇になるような本じゃないかと、
書店員さんもおっしゃっていました。
赤瀬川 そうですね。
そういう感じがありますよね。

タモリさんも帯に書いているように、
まさにこの薄さがありがたいというか、
入りやすいですしね。
── それはちょっと意外な感想です。
赤瀬川 いや、僕は、本については
厚みだけで
コンプレックスがあるものですから。

だからみなさん、
興味を持つと思いますし、
ふつうの人に
たくさん読んでほしいですよね。
ふだん、あまり
難しい本とか読まない人にも。
── 本屋さんに聞くと、
けっこう若いかたも
買われていくみたいです。
赤瀬川 ああ、そうでしょうね。

だから、たとえば
株とか経済ってどうもよくわかんないとか、
あるいはいま、
会社が会社を買うなんていうことが
どんどん膨らんでるけど
はたしてそれでいいんだろうかとか、
みんな、疑問を持ってますよね。

でも、そこで
勉強のしようがないっていう人が
けっこう多いと思うんです。

だからこの本は、そういう人たちに
読んでもらえると、いいですよね。
── ありがとうございました!



<終わります>


2006-12-29-FRI