ぼくが『通販生活』の存在を知ったのは
『通販生活』が発行されてすぐのときです。
1982年、けっこう昔なんですよね。
どうやって知ったかというと、突然のように、
新聞に全面広告が出たからでした。
当時、ぼくはすでに広告の仕事をしていましたから、
その少々めずらしい全面広告を見て
「へえぇ」と思いました。
どこの会社が出しているんだ?
「カタログハウス」という、
見たことのない会社の名前がありました。
カタログという言葉が、
会社の名前にまでなっているのには、
これはちょっと驚きました。
ずいぶん大胆な宣言のように思えたのです。
もともとカタログというものは、
商品が並んでいる冊子にしかすぎませんでした。
カタログという言葉の概念を変えることになったのは、
1975年発行の『メイドインUSAカタログ』(読売新聞社)
だと思います。
その本は、「もの」の背景にある物語を
おもしろい読みものとして前面に出していました。
ジーンズやら、ワークブーツやら、
それが誕生するまでの必然性、歴史、
人が使うための機能についての
ストーリーがたっぷりあって、
それが読み物のようにたのしめたのです。
「ものは、こんなに表現してる!」
このことに、みんなが気づき出しました。
ぼくも、そのおもしろさに
すっかり夢中になった若者のひとりでした。
「もの」を通じて、つまり、グッズを通じて、
文化が理解しあえるということ。
それがカタログという言葉を、
新しく魅力的な言葉に変化させてくれたのです。
カタログの通信販売って、
ほんとうは古臭いはずなのに、
そんなふうな新しい流れもあったせいで、
ぼくには違った気配が感じられました。
そして、「カタログ」という言葉を社名にした会社から、
これまたちょっとレトロと言われかねない
『通販生活』というタイトルの雑誌が登場したんです。
そして、それは雑誌であり、カタログであり、
有料なのでしたからね。驚きました。
有料の通販カタログをつくるって、
大発明だったと思います。
『通販生活』がおもしろいのは、
「カタログなのに読みものがある」ということと、
「読みものだけでは足りなくて、
やっぱり商品の紹介がおもしろい」ということの
両方があるからでした。
しかも、紹介されているものは全部すぐに買える。
これは、おもしろいなぁと思いました。
やがて、ぼくがこの雑誌に連載をはじめたとき、
編集部の方から「なにを書いてもいいですので」
と言われました。
「じゃあ、商品を悪く書いてもいいの?」とあえて訊くと、
「まったく構いません」という返答でした。
実際に、「この文は言いすぎでしょう」なんて
チェックされたこと、一回もなかったです。
ですからぼくは、とてもシンプルな態度を
つづけることができました。
それは、ある「もの」が家にやってきたらどうなるか、
という話、それだけです。
ぼくの家庭に、あるひとつの魔法瓶が入ってきたらどうなるか、
あるひとつの電動歯ブラシが入ってきたらどうなるか。
そこで起こるいろんなさざ波を、正直に書いていくだけです。
そこでみなさんが「うちもおんなじね」というふうに
思ってくださったらいいな、と考えていたんです。
13年間、原稿を書いてきて思ったことがあります。
それは、『通販生活』という雑誌(店)に置いてある商品は、
なにかしら書く種のあるものばかりだ、ということ。
逆に言うと、ふつうのお店は、
なにか言おうとしても言えないものが
置いてあるのかもしれない、
ということにも気づいたんですね。
やっぱり、ものをつくる側に、
「こうなりたいんだ」とか
「こう使ってほしいんだ」という考えがあって、
それが見えるものは、魅力的なんです。
それを感じさせるだけの熱量がある商品は、
上手に情報が循環していきます。
そして、情報を上手に循環させるのは、
使った人、つまりお客さんなんですね。
ややこしいことを抜きにして、次の人に向かって
「暖かいよ」「おいしいよ」「らくだよ」と言えば、
その情報が循環します。
それが、その商品の熱量です。
エネルギーのある商品。
そのことをぼくは、『通販生活』という雑誌で
つくづく学びました。
この連載で、ユーザーとして虚心坦懐に商品に接し、
ああでもないこうでもないと書きつづってきたことが、
いまの自分のやっていることのもとになってると思います。
エッセイとしては、半端なものもあるかもしれません。
けれども、ぼくが
「ものを読み」ながら、「ものとつきあい」をしてきた、
ひとつずつの記録が、ここに並んでいます。
ものを読んできてできた物語が、
それを読む人にもたのしんでいただけたら、
ほんとうに幸いです。 |