1101
イナカモン座談会。
都会の正体とはなんだろう?

第1回 俺らは、東京人やけんね。

(※今日から「福岡篇」をお届けするっちゃないね。
  座談会参加者は、3人の福岡人です。
  それぞれ、音楽関係者、俳優、二十代という特色。
  ある鹿児島人が司会をやってくれたでごわっどん)

  
音楽 いま、いくつ?
若人 29歳ですね。
福岡から東京に出たのは23歳からです。
音楽 (笑)小僧やね。
役者 ああ。昨日今日の人間や。
まだ垢抜けとらんもんなあ。
音楽 (笑)まだ、とんこつの匂いばする。
若人 え? やっぱりもう、みなさん、
しょうゆラーメン慣れてるんですか?
音楽 いやあ・・・食わん。
若人 ・・・あ、そこんとこは、食べないんだ(笑)。
音楽 何度こっちでラーメンを食って
地団駄を踏んだことか・・・。
「ウソつくなあーお前!!」って。
役者 (笑)「ウソ」って!
音楽 サラダオイルば入れとるだけやないか!
鹿児島 (笑)
音楽 ・・・まあ、そうは言っても、
20歳か21歳くらいで東京に出てきたから、
もう、あと1年か2年したら、滞在期間は、
東京と久留米が半々くらいになりますよ。
若人 高校も、久留米だったんですか?
音楽 俺、高校は八女工業ってところに
行きよったんですけど、そこは
地元の久留米よりもイナカにあったなあ。

その土木科とか言ったら、もう・・・。
45度のサングラスに
白のエナメル靴で、
ガラものの長いエリを学ランから出して、
パンチパーマで歩いてるような奴らが、
もう、校内に普通にいたからなあ(笑)。
お前ら、ヤクザやろ?って思うもん。
ガラ悪かったよなあ・・・。
役者 (笑)ぼくも同年代だから、
高校にいましたねえ、そういうやつ。
「あれ?・・・同い年?」って(笑)。
絶対おいちゃんやろ?って言いたくなる位の、
ものすごい剃りこみのやつらが。
独特のファッション、というか・・・。
音楽 もう、デタラメだったよなあ。

久留米では、2タックのズボンが
一番かっこよかったのに、
イナカの高校に行ったら、それが・・・
5とか6とか、何だか、
どんどんどんどん横に広がってて、
ものすごいタックになっとって。
魚のエラみたいな。
「お前ら、何かぁ!(笑)」
って言いたいくらいの服のやついたから。
役者 (笑)渋谷の厚底のようなもんで。
音楽 正直言って、
十代の後半とか二十歳位までは、
東京への憧れがあったから、
「早く九州から出たい」
という気持ちがありましたよね?
役者 ありましたありました。
俺は、出身の北九州が
めちゃめちゃ嫌だったから、
それで飛び出したけど・・・
でも、今は北九州すごい好きやもんね。
若人 え? 今はすごい好き?
役者 あれ。
あんた、まだ、好きやないの?
若人 ええ。
音楽 ああ・・・。若いなあ。
まだ青かもんね。
役者 垢抜けしとらんもんね〜(笑)。
俺ら東京人やからね、そこは。
音楽 (笑)そう。
九州を心のふるさとにできるんね。
若人 (笑)
鹿児島 音楽くんは、
『●のリクエスト』や
『●●●●ハートの子守り歌』とかで
一世を風靡した7人組のリーダーだけど、
東京には、以前遊びに来たとかはなくて、
もう、イッキに芸能界で来たんですか?
音楽 修学旅行も、スキーだったからねえ。
高校の時に行っておくハズだったんだけど。
だから、7人組でデビューの時に
東京に集団就職みたいに来たのがはじめて。

やけん、最初に出てきた時は緊張してて、
東京で7人全員で一緒におっても、
電車の中で、誰も喋りきらん(笑)。
鹿児島 (笑)
音楽 みんな黙りよるの。
喋るにしても、もう、何か、
「わー、すごかね」とかしか喋られんから、
7人固まって、黙って町とか歩いてて。
洋服を買う時も、淡々と見て選ぶ。
若人 (笑)7人とも、一緒に行動してたんですか?
音楽 うん。怖かったもん。
はじめて渋谷に行った時、あのスクランブル交差点、
あれを俺は・・・祭りやと思ったもん。
鹿児島 あはははは!(笑)
音楽 普通に「あ、今日は、祭りなんやねえ」って。
それが交差点なだけだから、びびりましたよ。
花火大会かと思った。
役者 わかるわかる。
東京の電車で誰かとちょっと目があっても、
あいつ、俺がイナカモンやと思って
バカにしよるって気になったもんね・・・。
ぼくなんか、すごい被害妄想がありました。
やっぱり、なまりが恥ずかしくて
一言も喋れなかったし。
音楽 ぼくたち、芸能界で
デビューするということで来てたでしょ?
だから事務所のえらい人に言われたんです。
「お前らちょっと、
 言葉が汚すぎるから直したほうがいい」って。
そうだなあ・・・と思って、ミーティングして、
「じゃあ、明日から、リハーサルの時だけは、
 絶対にみんな、標準語を使おう」
ということになったんですよ。

で、リハをしてみると、
「あ・・・おまえ、ドラム、おそい」
とか、何かインディアンっぽくって、
会話が、わけわかんないんですよ。
単語以外のあいだに挟む言葉を、
俺たちは、ぜんぜん言えなくて。
鹿児島 (笑)わはははは!
音楽 だから、三日でやめたけどねえ・・・。
三日は、がんばったんですけども。

あのさあ・・・みんなは、
「だるまさんがころんだ」
って遊びを、何て呼んでた?
若人 ぼくら「インド人のくろんぼ」ですね。
音楽 やろ? 俺もそうだったんよ。
でもそれってよく考えたら、
めちゃめちゃな差別やからねえ。
鹿児島 あ。鹿児島もそうやったよ。
音楽 鹿児島もそうかあ・・・。
九州は、そうだったのかなあ?
俺、いったいどこまでが
「インド人のくろんぼ」かと思って、
ちょっと気になってねえ。
それは俺、探るべきやと思ったもん。

うちのカミさんは和歌山出身なんだけど、
1970年生まれにも関わらず、
「だるまさんがころんだ」を、
「兵隊さんがとおる」って言って遊んでて・・・。
役者 あはははは。
音楽 それ、お前、戦後を
ばりばり、ひきずっとるやないか、って。

「インド人のくろんぼ」に
「兵隊さんが通る」やもんなあ・・・。
あんまりインド人おらんからよかったけど、
おったら、気分、悪かったやろうなあ・・・。
鹿児島 「だるまさんが転んだ」を
各地で何と言って遊んでたかは、
ぜひ、ほぼ日の読者に聞いてみたいですね。
(次回に続くったい。そのうち、方言ば、
 がばい《※たくさん》出てくるこつあるね)

(★「だるまさんが転んだ」を
  「兵隊さんが通る」などのように、
  あなたの地域では
  どう呼んで遊んでいたかを、
  日本各地にいるほぼ日読者の人たち、
  よかったら、教えていただけるとですか?

  これがたくさん集まると、きっと
  おもしろくなると思うっちゃねー。
  メールは、postman@1101.com までです。
  件名に、「だるまさん」と書いて
  ぜひぜひ、あなたの地域の呼び名を
  送ってくださいですばい。

  あと、こげなリード文や募集文や
  本文ば書いとるのは、九州弁をおもしろか
  言うて使いこなしたい思うとる関東人やけん、
  いくつか間違いばあろうこってすけど、
  そこはそれ、おおめに見てつかあさい。ごたる)

2001-01-30-TUE
TANUKI
戻る