妻 と 夫 。 01 Nさんご夫妻 友だちでも、両親でも、ご近所さんでも、 「妻と夫」を見ていると、 なにかとふしぎで、おもしろいものです。 ケンカばっかりしているようで、 ここぞの場面でピッタリ息が合ってたり。 何でも知っているようで、 今さら「え!」なんて発見があったり。 いつの間にやら、顔まで似てたり‥‥。 いろんな「妻と夫」に、 決して平凡じゃない「ふたりの物語」を、 聞かせていただきます。 不定期連載、担当は「ほぼ日」奥野です。
「脳発作」を発症し
意識不明の状態で救急搬送された妻。
翌日、意識を戻したときに、
わたしの顔を見て
「どなた様ですか?」と言った。
知り合ってから30年、
付き合いはじめてから25年、
結婚してから22年。
二人で歩んできた歳月すべてが
消え去った瞬間だった。
それでも時間を掛けて話をして行くうちに、
わたしのことを思い出してくれた。
今は退院して、自宅で療養している。
今日も朝、起き掛けに妻に聞く。
「おいらはだーれだ?」
今日も妻はこう答えてくれる。
「○○くん」(○○は私の名前です)
30年分、すべて思い出せなくても構わない。
今この瞬間、横にいる人間が誰だか
わかってくれるだけで良い。
- ──
-
どんなご夫婦なんだろうって思いながら、
電車に乗って来ました。
- Nさん
-
じつは、今回の件については、
妻に、まったく知らせてなかったんです。
- ──
- それは、投稿自体を?
- Nさん
-
ええ、投稿したことはもちろんですが、
採用していただいたことも、
こうして本に載せていただいたことも、
妻には言ってませんでした。
ですから、今回、
取材というお話をいただいたのを機に、
告白しまして(笑)。
- ──
- 奥様は「ほぼ日」のことは‥‥?
- Nさん
- 知りませんでした。
- 奥様
- すいません。
- ──
-
いえいえ、じゃあ、
「ほぼ日刊イトイ新聞」というサイトの、
「今日の小ネタ劇場」のなかの、
「今日の女房」に載ったって聞いても。
- 奥様
-
はい、ぜんぜんピンときませんでした。
「え、わたしのこと書いたの?」って。
- ──
-
ちょっと調べたところ、Nさんからは、
それまでも
何度か投稿をいただいていたのですが。
- Nさん
- そうですね。
- ──
-
そんなにたくさん投稿をくださる人では、
なかったんです。
なので、
どうして、ああいった投稿を送ろうって
思われたのかなあ‥‥と。
- Nさん
- ああ‥‥。
- ──
-
だって、ある意味では、
ほぼ日へ投稿することに慣れているような
常連投稿人さんでも、
おいそれとは、難しい内容じゃないですか。
- Nさん
-
そうですね、妻のことは‥‥
つまり「脳発作」で倒れたあとの妻から、
一時的にであれ、
記憶がなくなってしまったことは、
友人はもちろん、
親にも兄弟にも実の娘にも、
打ち明けられないところがあったんです。
- ──
- お子さまにも。‥‥そうですか。
- Nさん
-
じつは妻が倒れたのははじめてじゃなく、
今回で3度めだったんです。
全身状態としては、
4年前、最初に倒れたときが最も深刻で、
意識不明、心臓が3回も止まって、
自発呼吸もできなくなり、
人工呼吸器をつけてICUに入れられて。
- ──
- ええ‥‥。
- Nさん
- でも、辛うじて、いのちは助かりました。
- ──
- 辛うじて、というレベルですか。
- Nさん
-
2度目は、この家(=ご自宅)の2階で、
発作を起こして倒れたんです。
そのとき、たまたま1階にいたわたしが、
心肺蘇生して、救急車を呼んで。
- ──
- 心肺蘇生‥‥。
- Nさん
-
で、最後の3度目は、
もう少し発作がゆるやかだったんですね。
わたしがとなりにいるとき、
妻が「なんかおかしい」って言いだして、
直後、身体が硬直していって‥‥。
- ──
- はい。
- Nさん
-
そのまま、救急車で搬送されたのですが、
ありがたいことに、
今回も、いのちは助かりました。
ようするに、回を追うごとに、
症状が軽くなっていってるんですけども、
自分としては、
心臓が3回も止まった1度目の発作より、
比較的、
症状の軽かった3度目のほうが、
精神的なショックが、大きかったんです。
- ──
- それはやはり、奥様の記憶が‥‥。
- Nさん
-
はい、昏睡状態から目を覚ましたときに、
わたしの顔を見るなり、
キョトンとして「どなた様ですか」って。
- ──
-
投稿の文面にも、
「知り合ってから30年、
付き合いはじめてから25年、
結婚してから22年。
ふたりで歩んできた歳月すべてが
消え去った瞬間だった」
と書かれていて、
その重さ、想像もつかないです。
- Nさん
-
やっぱり、わたしのことが
誰だかわからなかったことがショックで、
そのことを、
すぐには子どもにも言えませんでしたし、
親にも、友人にも‥‥。
かといって、
ツイッターでつぶやくようなことでも、
ないじゃないですか。
- ──
- 自分のなかに抱え込むしかなかった?
- Nさん
-
だから、周囲の誰にもわからないように、
愚痴じゃないですけど、
もう誰でもいいから、
知らない誰かに聞いてほしいと思って、
ほぼ日さんに、送ってしまったんですよ。
- ──
-
はー‥‥そういうことだったんですか。
投稿というよりも、むしろ。
- Nさん
-
まあ、送信ボタンを押すまでには、
50回以上、
ちょこちょこ書き直してるんですけど。
- ──
- そんなに。
- Nさん
-
表現が生々しすぎると、
読んでくれるかもしれない乗組員さんたちが
嫌な気持ちになるかなとか、
そう思うと言葉選びが難しかったです。
- ──
- なるほど。
- Nさん
-
でも、精神的にどうしても、
いわゆる「ガス抜き」とでも言いますか、
誰かに聞いてほしくて‥‥。
すいません(笑)。
- ──
- じゃ、掲載されるかどうかについては。
- Nさん
-
考えてもいませんでした。
そもそも‥‥投稿したという感覚では、
なかったような気もしますし。
- ──
- そうみたいですね、聞いてると。
- Nさん
-
でも、エイヤって送信してから数日後、
会社のお昼休みに、
いつものように「ほぼ日」を開いたら、
「今日の女房」の欄に
自分の投稿が、載っておりまして‥‥。
- ──
- はい。
- Nさん
-
「ヤベェーーーーーーっ!」って(笑)、
「載っちゃったァーーっ!」って(笑)。
- ──
- まさか掲載されるとは、と?(笑)
- Nさん
-
よく採用されたなあって思いました。
だって、
楽しい内容じゃないじゃないですか。
- ──
-
たしかに、「今日の小ネタ劇場」って、
基本的には
「明るく、朗らかで、楽しい」投稿が
ほとんどなので、
正直、ちょっと迷ったんですけど、
でもそれ以上に、
Nさんの文章に感動しちゃったんです。
- Nさん
- いやあ‥‥。
- ──
-
読者のみなさんからの反響も多くて、
「いつものように、
笑うつもりで小ネタ劇場を開いたら、
泣かされた」
みたいな感想がたくさん来ました。
- Nさん
- えっ、そうなんですか。
- ──
- はい。
- Nさん
-
申しわけない気持ちです‥‥なんだか。
そもそも、どうにもならない気持ちの
「ガス抜き」だったので‥‥。
- ──
-
さらに、こうして書籍化された際にも、
和田ラヂヲ先生が、
こんな、とてもいい感じのイラストを
添えてくださいまして。
- Nさん
-
本当に、申しわけないですし‥‥
本当にありがたく思います。いろいろ。
<つづきます>
2017-06-28-WED