カレーと、将棋と、熱いトークの夕べ。【報告編】[対談]森内俊之九段(プロ棋士)×水野仁輔
三、藤井四段の話。
水野
ぼくが森内さんときちんとお話しさせていただいたのは、
今日のイベントの打ち合わせが初めてなんですね。

ただ、実はその少し前の
「シモキタ名人戦(2017年4月末に
東京の下北沢でおこなわれた将棋イベント)」にも
ぼくはお客として行かせてもらってまして。
森内
そうでしたか。ありがとうございます。
水野
それであのとき森内さんがステージで話された言葉に、
ぼくは衝撃を受けたんです。
森内
あ、わたしの言葉ですか?
水野
はい。トークで藤井四段の話になったんですね。

藤井四段というのはデビュー以来負けなしで
20何連勝と勝ち続けて、いま、
ものすごく話題になっている中学生棋士ですが、
現在『NHK杯 テレビ将棋トーナメント』という
棋戦でも勝ち進んでいて、
次の対戦相手が森内さんなんです。

それで、ステージで藤井四段の話が出たときに、
森内さんがこう言ったんです。

「わたしが戦うときまで連勝を続けててほしいですね。

止めたらかっこいいですよね」って。

ぼくは客席であの言葉を聞いていて、
雷に打たれるように感動しまして。
森内
あれ、そうですか?
水野
だって、いまあんな破竹の勢いで勝ち進んでいる
藤井さんと戦うことが決まっていて
「連勝を続けててほしい。自分で止めたい」って、
相当の自信がないと言えない台詞だと思いますから。

いや、ぼくはもちろん森内さんが勝つことを
信じてますけれども、
万が一負けちゃったらとか思わないのかな‥‥みたいな。
森内
いや、そういう発言って、みんな
すぐ忘れちゃうんじゃないでしょうか。
水野
いやいやいや、森内さんのあの言葉は
ぼくのなかでは
「2017年、水野にとっての忘れられない名言」の
トップになってるくらいですから‥‥。
森内
まずいですね。ここで言われると、
また多くの方が知ってしまいますね。
水野
しかも、
ほぼ日の記事で完全に残ってしまうという(笑)。
森内
どうしましょう。消せなくなっちゃいますね。
水野
「連勝を続けててほしい」という言葉は、
やっぱり勝つ自信があるということですか?
森内
そこまで深く考えてはいないんです。

「勝ち続けたまま当たったら、盛り上がるかな」
という、そのくらいの感じで。
水野
でもふつう、そのぶんプレッシャーも
感じるわけじゃないですか。

「勝ち続けて二十何連勝で
自分のところに来たらどうしよう」とか。
森内
いや、すでに二十何人が負けてたら、
そこで自分が負けてもあまり変わんない(笑)。
水野
あれ、なんかぼくが聞いて感動してた感じと、
ちょっと違ってきたような‥‥。
会場
(笑)
水野
でもぼくはそのあとネットで、別の棋士のかたが
藤井四段について書かれた文章を読んだんです。

こういう内容だったんですが、
「これから藤井四段と対戦する可能性のある棋士は、
ひとり残らず
『自分に当たるまでは連勝しててほしい』
『俺が打ち負かしてやる』と思ってるはずだ。

そういう気持ちがなければプロ棋士にはなれない」
って。
森内
ああ、なるほど。
水野
だから、ぼくはそれを読んだときにまた
森内さんの言葉がフラッシュバックして
「そうか、プロ棋士というのはみんなそういう
勝負師の一面を持ってるんだ」
と思ったんですけど。
森内
確かに自信家の人、多いですよね。
水野
あれ。その言い方は、森内さんは違う?
森内
(笑)わたしはあまり自信がないほうで。
水野
そうなんですか? 
でも実際、本心としては
「自分なら勝てるな」という感じですか。
森内
うーん、勢いが違いますからね‥‥。

まあ、みなさん藤井君が勝つと思ってるんでしょうけど、
そう言われるとかえって燃えるのも、
勝負師の性(さが)ですので。

あと、なんというか、前評判が悪いときのほうが
力を発揮しやすいですよね。
水野
はぁーー。

こんなことを言いつつ、森内さん、
トップ中のトップの方ですからね。

それぐらいの方が「あまり自信がない」と言うのも
すごい話ですけれども。
森内
いやいやいやいや。
水野
でも森内さん、先日の打ち合わせのときにも
「わりと前評判が悪い対局が多い」って
おっしゃられてましたね。
森内
やっぱり上のほうで対戦をしてると、
相手もすごい方ばかりなんです。

みなさん勢いがあるか、実績があるかの
どちらかですので。

将棋界で一番有名なのは羽生さんで、
羽生さんともわたしはずいぶん対局してきましたけど、
わたしはだいたい前評判が悪いんです。

そういう意味では気楽な感じでやってきましたね。
水野
そういうときはやっぱり気楽な気持ちと、
勝負師として燃える感じの、両方があるんでしょうか。
森内
そうですね、両方ありますね。

ただ、逆に自分のほうが勝つだろうとか言われてると、
だいたい負けちゃうみたいな(笑)。
水野
森内さんは、昔から負けず嫌いですか?
森内
子どものときは負けず嫌いでしたね。
水野
やっぱり負けず嫌いというのは、
プロ棋士になる人の条件としては大事ですか。
森内
どうですかね。年令によって変わると思いますけど、
多少はあったほうがいいのかなと思います。

ただ、いまの自分が負けず嫌いかと言われると、
微妙なところですけど。
水野
でも、あの藤井四段へのコメントを聞く限りは、
ぼくはもう、森内さんも穏やかな感じに見えて、
やっぱり勝負師なんだと思いましたよ。
森内
じゃあ、そういうことにしていただいて。
水野
はい、ぼくのなかではそうさせていただきます。
(つづきます)
2017-07-31-MON
カレースター計画