カレーと、将棋と、熱いトークの夕べ。<「森内九段、思い出の一手」解説>
会場
(一つ前の手が)6一桂。
水野
ですね。ここに桂馬を打ったと。
森内
わたしの飛車(4一)が、
この金(7一)を睨んでるんで、
6一桂を打ってそれを止めたんですね。
水野
この局面は、どちらが優勢なんですか。
森内
はっきり先手が優勢ですね。

ここの「と金」(5二)が
すごく働いてる状態なんで、
その分だけ有利かなという感じで。
水野
じゃあ、ここで羽生さんは攻めるとしたら‥‥。
森内
竜王(2八)でこの香車(1九)をとって、
竜を一段目へこう利かせてくるとか。

そういう手でしょうか。
水野
これ、ここから森内さんが攻めていくとしたら
何をやるんですか。
森内
たぶんふつうはここの飛車(4一)で、
桂馬(2一)を取ってしまいます。

自分の駒が増えるのはいいことで、
駒を増やしながら飛車が成って
パワーアップできますから。

おそらくこれがいちばん自然な手ですね。

さっき実はわたし、自宅で調べてみたんですけど、
コンピュータもこの手を選びまして(笑)。
会場
(笑)
水野
そうなってくると「正解はどっちだ」みたいな。
森内
ただ、わたしは別の手を指したんですね。

もちろん2一飛成でも優勢だと思ったんですが、
ちょっと明解さに欠けるかなと思ったんです。
水野
でも、実際に森内さんが指した手というのが、
意外なんですよ。
森内
見ていた棋士のかたにも、違和感を持たれたようです。

ちょっと変な手ですけど、
4六飛成とここに成ったんです。

これはちょっと将棋では珍しい手で。
水野
一見、攻める気なしですね。
森内
ふつう、飛車というのは敵陣にいたほうがいいんです。

それが戻ってしまうのは
あまりいいことではないんですけど。
水野
これが劣勢だったらまだわかりますけど、
優勢なときにこれをやるという狙いは?
森内
狙いはね‥‥ないんですよ。
水野
えぇー?
森内
そこが面白いところで、チェスに
「ツークツワンク」という言葉があって
「相手の動きを強制する」といった意味なんです。

相手の有効な手をなくし、
マイナスの手を指してもらって勝つというような
手法なんですけど。
水野
自分が優勢な状況で、
そこから自分のプラスを増やすのではなく、
とくに狙いのない手をやって
相手にマイナスな手を指させて勝とうという。
森内
そうですね。
水野
この局面だともう羽生さんは、
ぜんぶマイナスになるということですか。
森内
あんまりいい手がないんですね。

この竜(2八)で香車(1九)を取りたいんですけど、
そうすると、まずこの角(2六)が、
竜(4六)で取られちゃうんですね。

これは「勝負あり」ですね。
水野
ええ。
森内
後手にはもう一つ狙いがあって、
ここ(4八)にいた成銀がこちら(5九)に入って、
金(6九)がそれをとれば、
この角(2六)がその金を取る。

そうすると一気に形勢逆転で、
これが後手の羽生さんの一番の狙いなんですけど。
水野
だけど、そんなにうまくはいかないと。
森内
これも、この竜が4六に来てる効果で、
この角(2六)を竜で取って、
2八の竜がそれを取るしかないんですけど、
そこで5九金を取ると、
そこから後手に有効手がない。

羽生さんのほうに飛車を渡してますけど、
わたしのほうは角と銀を手に入れていて、
この2枚のほうが飛車1枚より強いので、
これは先手がやはり勝ちになります。
水野
これ、もうほぼ「勝負あった!」という感じだと
解説には書いてましたけど。
森内
そうですね。

羽生さんにあまり打つ手がないんですよ。

で、しかたなく、
ここ(2六)の角が3七に動いて、成った。

これをわたしの竜で取ってしまうと
羽生さんの竜で取り返されて、失敗です。

わたしはここでまた竜を逃げました。
水野
で、(4二に)戻ったと。
森内
変な手なんですけど、
さっき飛車はここ(4一)にいたんですね。

それが二段目に入り直したんですけど、
今、後手の玉を攻めるときには、
二段目にいるのがすごく効いてるんですね。
水野
こっちのほうが直通しますからね。
森内
いま、後手陣はここの場所(6二)が
すごく弱くなっているんです。

桂馬の頭というのは弱いんですけど、
効いてる駒がこの金(7一)しかないので、
と金がこう(6二)動くと
守りの金が取られてしまいます。
水野
で、羽生さんは、馬を2六に戻したんですね。

ここ(6二)を守るために。
森内
はい。そして、ここ数手で何が起きたかというと、
わたしの飛車が竜になって、
いい位置に移動したのに対して、
羽生さんはここにいた角が馬になったけれども
同じ場所に戻った。

わたしのほうはすごく状況が改善されているのに対して、
羽生さんのほうはほとんど変わってないんですね。

ですから、わたしが一手余計に指したような感じで、
このあと有利になったんです。
水野
ぼくはこれ、並べてみたときに、
マジックのようだと思って感動して。

ふつうは一手かけないと
4一の飛車が4二に成れないですけど、
一手得したわけですから。
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