谷川 |
おっぱい以外にもうひとつの
幼児のからだの記憶の特徴としては、
「おねしょ」があります。
これは中学生ぐらいまで続きました。
ある日、家にお客さんが来たときに、
僕がおむつをしたまま人前へ出ちゃって、
その人がびっくりしたのを憶えてます。 |
覚 |
中学生のころ? |
谷川 |
まさか。
でも、おむつしてるにはあまりに不自然な
「小学生」だけど(笑)。 |
覚 |
わははは。 |
谷川 |
坂本龍馬が、15歳ぐらいまで
おねしょをしてたということを本で読んで、
ひじょうに救われましたね。 |
── |
15歳くらいまでは、いいんですね。 |
谷川 |
不思議なんだけど、
思春期になったらピタッと止まった。
夜尿症というのは、
そういうもんなんじゃないかな。
「おとなになってからの夜尿症」って、
あんまり聞かないでしょ? みんな言わないだけかも しれないけど。
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覚 |
俊太郎さんの「おねしょ」は
思春期までのことだったんですよね。
思春期のあいだ、私が憶えてるのは、成長痛。 |
谷川 |
え? セイチョウツウって、なに?
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覚 |
今、どういう漢字を想像しましたか? |
谷川 |
‥‥わからん。
精通なら、わかるんだけど。 |
覚 |
そう言うと思いました。
「成長する痛み」です。 |
谷川 |
あ、成長痛。なるほど。
それは男女共にあるもんなの? |
覚 |
性差はないと思いますけど。
伸び盛りのときに、
足とか膝とか腕が痛くなるんですよね。
私の場合、小学生のあいだずっと
成長痛がありました。
ところがうちの母は、成長痛を知らなくて、
「足が痛いのは偏食をするからだ」
といって、私を責めたんですよ。
母にずっと責められていたおかげで、
その成長痛の痛みは、 自分のあり方を 責められる痛みと、
重なってるんです(笑)。 |
谷川 |
へええ! そういえば、
覚さんが出されたCD「青空1号」に
風邪引きの歌がありますよね? |
覚 |
「ゆびきり」という曲ですね。
あれに共感してくれる人はけっこう多いです。 |
谷川 |
子どものときに風邪を引いて、
学校に行かないで昼間に寝てるというのは、
ユートピアっぽかったですよね。
お母さんはやさしくしてくれるし。 |
覚 |
そうそうそう。
治りかけが、ユートピアっぽいんですよ。
大事を取って家にいなくちゃいけない、
でも、遊ぼうと思えば遊べるという感覚。 |
谷川 |
そういうときの午後のかんじを、
僕は今でも、すごくよく憶えてる。
畳に布団を敷いて寝てると、
ガラス戸が風に小さな音を立てたり、
遠くで飛行機の爆音がしたりね。
すると、母親が、
トーストと紅茶とか持ってきてくれるわけ。
ああいうの思い出すと、子ども時代って
悪くなかったなと思うんだけど、
実際には僕、 子ども時代は暗黒時代
でした。 |
── |
そうなんですか! |
覚 |
私も暗黒時代でした。 |
── |
ガーン!! |
覚 |
小学校3年のときに、
小学校にあと3年も
通うのかと思って、
暗澹とした気分になったのを憶えてます。 |
谷川 |
今考えると、小学校の6年間というのは、
無限に長かったような気がする。 |
覚 |
無限ですね。
終わらないかんじがするの。
原因はね、 「自分で自分を
プロデュース
できないから」。
それがもう、不自由でたまらない。 |
谷川 |
無力感というのかな。
何かをしたくても
やり方がわかんないとか、
もっと見えるはずなのに
それが見えない、とか。
そういうのが、よくなかったんだよね。
僕は小学校の5年生ぐらいのときに、
女の子を好きになったんだけど、
5年生ぐらいのときってさ、
ノウハウがないわけですよ。 |
── |
それはそうでしょう! |
谷川 |
今の僕ならあるんだけど。
今の時代なら、あるんだけど。 |
覚 |
そ、それは。 |
── |
ドキドキしてきました。 |
谷川 |
いやいや(笑)、
それが子どものときは、
すごく苛立たしかったんですよ。
何をするにしても、
自分の行動範囲が狭まってるし、
ノウハウがわかんない。
まるで、「人類の中世」
みたいなかんじだったわけです。 |
覚 |
基本的に、私も同じ。
言いたいことや思っていることが
内側にたくさんあるのに、
ボキャブラリーも、
その組み合わせも知らないし、
いろんなことを外に出すすべがなくて、
悶々としてた。
そういうときって、顔が腫れるんですよ。 |
── |
顔が? |
覚 |
むくんだような
顔になる。
子どもってわりと、
むくんだ顔をしてますよね。 |
── |
むくんでる! そう言えば。 |
覚 |
思春期もむくんでますよね。 |
谷川 |
むくんでる、むくんでる。 |
覚 |
あれは、内面の出口がなくて、
中にたまってる状態が
あらわれてるんだと思う。
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