だからからだ
だからからだ
谷川俊太郎と覚和歌子、詩とからだのお話。

第4回
子ども時代は暗黒時代。

谷川 おっぱい以外にもうひとつの
幼児のからだの記憶の特徴としては、
「おねしょ」があります。
これは中学生ぐらいまで続きました。
ある日、家にお客さんが来たときに、
僕がおむつをしたまま人前へ出ちゃって、
その人がびっくりしたのを憶えてます。
中学生のころ?
谷川 まさか。
でも、おむつしてるにはあまりに不自然な
「小学生」だけど(笑)。
わははは。
谷川 坂本龍馬が、15歳ぐらいまで
おねしょをしてたということを本で読んで、
ひじょうに救われましたね。
── 15歳くらいまでは、いいんですね。
谷川 不思議なんだけど、
思春期になったらピタッと止まった。
夜尿症というのは、
そういうもんなんじゃないかな。
「おとなになってからの夜尿症」って、
あんまり聞かないでしょ?
みんな言わないだけかも
しれないけど。
俊太郎さんの「おねしょ」は
思春期までのことだったんですよね。
思春期のあいだ、私が憶えてるのは、成長痛。
谷川 え? セイチョウツウって、なに?


今、どういう漢字を想像しましたか?
谷川 ‥‥わからん。
精通なら、わかるんだけど。
そう言うと思いました。
「成長する痛み」です。
谷川 あ、成長痛。なるほど。
それは男女共にあるもんなの?
性差はないと思いますけど。
伸び盛りのときに、
足とか膝とか腕が痛くなるんですよね。
私の場合、小学生のあいだずっと
成長痛がありました。
ところがうちの母は、成長痛を知らなくて、
「足が痛いのは偏食をするからだ」
といって、私を責めたんですよ。
母にずっと責められていたおかげで、
その成長痛の痛みは、
自分のあり方を
責められる痛みと、
重なってるんです(笑)。
谷川 へええ! そういえば、
覚さんが出されたCD「青空1号」
風邪引きの歌がありますよね?
「ゆびきり」という曲ですね。
あれに共感してくれる人はけっこう多いです。
谷川 子どものときに風邪を引いて、
学校に行かないで昼間に寝てるというのは、
ユートピアっぽかったですよね。
お母さんはやさしくしてくれるし。
そうそうそう。
治りかけが、ユートピアっぽいんですよ。
大事を取って家にいなくちゃいけない、
でも、遊ぼうと思えば遊べるという感覚。
谷川 そういうときの午後のかんじを、
僕は今でも、すごくよく憶えてる。
畳に布団を敷いて寝てると、
ガラス戸が風に小さな音を立てたり、
遠くで飛行機の爆音がしたりね。
すると、母親が、
トーストと紅茶とか持ってきてくれるわけ。
ああいうの思い出すと、子ども時代って
悪くなかったなと思うんだけど、
実際には僕、
子ども時代は暗黒時代
でした。
── そうなんですか!
私も暗黒時代でした。
── ガーン!!
小学校3年のときに、
小学校にあと3年も
通うのか
と思って、
暗澹とした気分になったのを憶えてます。
谷川 今考えると、小学校の6年間というのは、
無限に長かったような気がする。
無限ですね。
終わらないかんじがするの。
原因はね、
「自分で自分を
 プロデュース
 できないから」。
それがもう、不自由でたまらない。
谷川 無力感というのかな。
何かをしたくても
やり方がわかんないとか、
もっと見えるはずなのに
それが見えない、とか。
そういうのが、よくなかったんだよね。
僕は小学校の5年生ぐらいのときに、
女の子を好きになったんだけど、
5年生ぐらいのときってさ、
ノウハウがないわけですよ。
── それはそうでしょう!
谷川 今の僕ならあるんだけど。
今の時代なら、あるんだけど。
そ、それは。
── ドキドキしてきました。
谷川 いやいや(笑)、
それが子どものときは、
すごく苛立たしかったんですよ。
何をするにしても、
自分の行動範囲が狭まってるし、
ノウハウがわかんない。
まるで、「人類の中世」
みたいなかんじだったわけです。
基本的に、私も同じ。
言いたいことや思っていることが
内側にたくさんあるのに、
ボキャブラリーも、
その組み合わせも知らないし、
いろんなことを外に出すすべがなくて、
悶々としてた。
そういうときって、顔が腫れるんですよ。
── 顔が?
むくんだような
顔になる。

子どもってわりと、
むくんだ顔をしてますよね。
── むくんでる! そう言えば。
思春期もむくんでますよね。
谷川 むくんでる、むくんでる。
あれは、内面の出口がなくて、
中にたまってる状態が
あらわれてるんだと思う。

(つづきます!)

「青空1号」



詩作朗読家でありシンガーソングライターでもある
覚和歌子さんが昨年リリースしたソロCD。
覚さんが作詞した
映画「千と千尋の神隠し」の主題歌、
「いつも何度でも」も収録されています。
空や風や海をとおって届くような覚さんの声に
からだの扉が開かれる気分が味わえるアルバムです。

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2005-02-16-WED

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