だからからだ
だからからだ
谷川俊太郎と覚和歌子、詩とからだのお話。

第6回
20代は、からだより、ぜんぜん頭。

谷川 男の子でいえば、初潮は精通ですよね。
それがあってから、
僕はおねしょも止まったし、
からだも丈夫になった。ほんとに不思議だった。


扁桃腺をとったり盲腸をとると健康になるとか、
そういうのはよく聞くけど、
女の子が初潮によって調子がよくなるとは
あんまり聞いたことははないよね?
── うーん、ないですね。
ところで、盲腸をとると健康になるんですか?
体質が変わるって、よく言うけど。
私は、大学4年生のときに
盲腸をとってるんですが、
なーんにも変わりませんでした。
20代の
からだの意識の
しかたは表面的
なんです。
谷川 たしかに20代なんて、ほとんどからだを
意識してなかった。
生理的なことをとおして、
ある程度意識はするんだけど、
それはほんとうに表面的だよね。
今のからだの意識とは違う。
うん、ぜんぜん違いますね。
谷川 20代のころは、
「からだを理解しよう」とか、
「からだとはどういうものか」
ということは、あんまり考えないでしょ。
「からだを味わおう」
というのも、考えつかない。
谷川 そうだね。
「からだに起こっている感覚を味わおう」とか、
「こういう感覚が起こっているのは、
 なぜなんだ?」
という発想は、
20代にはぜんぜんないですよ。
お肌が荒れたからクリームつけなくちゃ、
という程度です。
谷川 うんうんうん。
── 今は、味わおうとしているわけですか。
うん。いいことも、トラブルも。
谷川

男はとくに、20代なんて、
すごく頭でっかち
なってるでしょ?
だから、哲学の本を読んだりとか、
もっぱら頭のほうに関心がいっていて、
「からだなんかどうでもいい」
みたいなことになってるわけ。

── たしかに。
谷川 僕は、からだのことを意識するまでに
ずいぶん時間がかかりました。
きっと病気なんかをすれば、
からだを意識するようになるけど、
僕はわりと健康だったからね。
もしくは、スポーツをやってると、
「こういう練習のしかたなら
 からだがこう変わる」
というような意識があるだろうけども、
スポーツ好きでもなかったから、
からだのことを考える機会が
なかなか、なかったんです。

ほんとに頭でっかちに暮らしてたし、
加えて、僕が育った家庭が
からだというものについて考えることを
タブー的にとらえていたから。
からだのことを考えるのがタブー?
谷川 そう。というのは、
たとえば川端康成や横光利一は
新感覚派などと言われていまして、
うちの父は、そういう感覚派の文学を、
ちょっと低いとこに
見てたような気がするんです。
白樺派とか、そういうのが偉くてね。
漠然とそういう雰囲気があったし、
からだのことを
家族で話題にすることもなかったから、
だんだん無関心になってったのかなと思う。
でも、お母さまとの密着は
相変わらずあった?
ちょっと咳をしただけで、
「薬を飲みなさい」とか
「あったかくしなさい」とか。
そこに、過保護的な感触はありました?
谷川 過保護的なものは、ある程度あったけど、
ふつうのひとりっ子よりは少なかったと思う。
うちの母は、甘やかすまい、過保護にすまいと、
すごく気をつけてたから。
でも、そのわりには、
中学までおっぱい触って‥‥。
谷川 おっぱいを触らせるのは、
過保護とか、そんなもんじゃないような気がする。
もっと、なんか、
性的なもんが入ってる気がする。
性的なもの?!!!
谷川 うん。父に不満があったわけですよ、うちの母は。
父は、浮気したりして、
母はそのことを知っていた。
だから、そういうものの補償としての
長男つまり僕、という存在が、
あったような気がする。
全面的じゃないけど、ある程度の補償。
── もう胸を触るのはやめなさい、というふうには、
おっしゃらなかったんですか?
谷川 うん。
されるがまま?
谷川 されるのをよろこんでいたのではないかしら。
うちの母が
よろこんでいたかどうかは別として(笑)、
私も中学になるまで
おっぱいを触っていたけど、
「もうやめなさい」と言われなかったのは、
私も同じです。
谷川 きっと、親子のあいだの
ジョークみたいになってたんですよ。
そういうかんじもありますね。
今でも、おっぱいは触らなくても、
母はほっぺたを寄せてきますよね。
俊太郎さんは、
息子の賢作さんに、ほおずりはしませんよね?
谷川 もう、今は、できませんね。
でも、俊太郎さんのお父さまは、
ほおずり好きだったとか。
俊太郎さんが
50歳になっても
ほおずり
されてたと聞きましたが。
谷川 そうそう。
── 50の男の親子がほおずりするって、
すごいですね。
谷川 だってほら、ハグとおんなじですよ。
今、みんなハグするじゃん。
ぜんぜん違いますよ。
うまくイメージできないんですよ。
あの谷川徹三さんと、
50歳の俊太郎さんの。
谷川 あ、そう(笑)。
ヒゲがジョリジョリ。
谷川 そうね。そうだった。
それがいちばん、印象に残ってる。


(つづきます!)

「青空1号」


sony music shopへ
詩作朗読家でありシンガーソングライターでもある
覚和歌子さんが昨年リリースしたソロCD。
覚さんが作詞した
映画「千と千尋の神隠し」の主題歌、
「いつも何度でも」も収録されています。
空や風や海をとおって届くような覚さんの声に
からだの扉が開かれる気分が味わえるアルバムです。

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2005-02-18-FRI

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