谷川 |
覚さんは、詩を書くのとほとんど平行して、
歌いはじめてたんでしょう?
それとも歌のほうが先だったの? |
覚 |
歌のほうが先です。
子どものときに合唱隊に入って、
それがすごーく気持ちがよくて
高校まで続けてしまったんです。
そのころバンドもはじめて
結局ずっと歌ってるかんじなんですよ。 |
谷川 |
覚さんがソロで出したCDのタイトルを
はじめて聞いたとき、
ちょっとびっくりしたんだけど、
なんで「青空1号」なんですか? |
覚 |
極端に言うと、ですね、
朝に青空が見えているかどうかってことは、
私の生命に関わることだったりするんです。 |
谷川 |
へーえ! |
覚 |
目が覚めて、晴れていて、
青空が頭の上に広がっていると、
血圧の低い私は
とてもうれしいんです。
「ああ、今日1日、調子よくすごせる」と思って。
毎日とても調子がいい、というわけではないので、
ときどき調子がいいときには、
そのことをとっても謳歌したい、
深く深く味わいたいと思うわけです。
それから、私の作品には
しょっちゅう青空が出てくるんです。
極端に言うと、
出てこない詩はないくらいな頻度で。
空がないときは、青空の代替物としての
青い海ですね(笑)。
どちらかが詩に必ず出てくることを発見して、
それでつけたものなんです。 |
谷川 |
青空を意識したのは、いくつぐらいのとき? |
覚 |
けっこう早かったです。
1ケタの歳のときに、もう青空を見て、
涙ぐんでましたから。
そのときは、健康とかは関係ないですけど、
なんかね‥‥。 |
谷川 |
体調やなにやらは関係なく。
感動してるわけね? |
覚 |
感動してるんでしょうね。
でもそういうところ、
絶対、俊太郎さんにも、あったと思うな。 |
谷川 |
憶えてませんけど、あったと思うね。
ただ、1ケタの歳かどうかはね。
‥‥でも、そう言えば
朝の光に感動したことはあったな。
「ニセアカシアの木にお日さまがあたって、
喜怒哀楽とはちがう感動を覚えた」
って、書いたことがある。
あれは、小学校の3年生ぐらいのときだから、
もしかしたら1ケタかもしれませんね。
でもね、覚さんのCDが「青空1号」という
タイトルになると聞いてから、
なんとなく自分の資料を調べてみたら、
「青空」の出てくる詩が、
ものすごく多いんです。 |
覚 |
ああ。でしょう! |
谷川 |
もしかしたらこれは、ひとりっ子の
特徴なのかもしれない。
ひとりっ子は、親兄弟に対面する前に 青空と対面してしまうのかな。 |
覚 |
じつは、しょっちゅう
「青空1号」の名前の由来を訊かれるので、
ちょっと自分の心の深いところに
訊いてみたんですけど、やっぱりね、 青空から自分が
「やって来た」
っていうかんじがあるからだと思う。 |
谷川 |
僕は、20歳ぐらいのときに、
こういうふうに書いてるんです。
空の青さをみつめていると
私に帰るところがあるような気がする
|
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覚 |
あ。これ、詩集のタイトルにもなってますよね。 |
谷川 |
うん。
この感覚は、そうとう若いころからあるんです。
でも、今のほうがもっと
それに対して裏打ちができたと思う。
このころはまだちょっと
「頭」で言ってたかもしれない。
あるいは、ただ青空に
感動しただけだったのかもしれない。
今は、もうちょっと、
ほら、なにしろ、
そこへ帰るかもしれない年齢に
なりつつあるわけだから。 |
覚 |
俊太郎さんがそれを言うと、
リアル。 |
谷川 |
ふっふっふ。
ただ、僕は、空に対しては
アンビバレントなかんじが
ありましたね。
ふるさとだろうと思うのと同時に、
若いころに考えていたことは、これなんですよ。
空の青いところへたどり着くと
きつと誰もいない
あれは恵み深い嘘なのだ
|
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覚 |
このかんじ、よくわかります。
私、ちょっと鬱っぽくなった時期があって、
その時期に青空というものに対して、
一体感がなくなったんです。
すごく苦しいものだったんですよ。
青空に負けてるっていう、
この青空と立ち向かえない、というような。 |
谷川 |
僕にとっては、青い表面が
何かを隠してるという感覚があったんですよ。
昼には青空が嘘をつく
夜がほんとうのことを呟く間私たちは眠つている
朝になるとみんな夢をみたという
|
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覚 |
うん、そう、嘘をつくというかんじ。 |
谷川 |
夜の、星がいっぱいあるのが
ほんとの宇宙の姿であって、
それはほとんど虚無みたいな、
人間は住めないとこだって思ってたわけです。
今は僕は、そう思わないんだけど、
若いころはそう思ってた。
でも朝になると青空が
きれいな青で隠してくれるみたいな、
そういう感覚があったんだよ。
で、私が最後に、成熟してから辿り着いた
青空の定義はこれです。
いろはかるたの「あ」に刷るための言葉で
こんなものを書きました。 |
── |
す、すごい! |
谷川 |
永遠の真理でしょ? |
覚 |
うん、そのとおり。 |
谷川 |
なんだか青空って、
有限の人間の肉体に対して、
永久にそこにあるもののような気がします。
人間って、そういうものと戦って
生きていくみたいな意識が
特に若いころの僕にはありました。 |
覚 |
ときどき、そういう青空の青さが、
自分にとって痛いんだけど、
青空自体も痛んでいることを感じるときが
ありましたよ。 |
谷川 |
うん。僕なんか、
擬人化して書いてること、あるもんね。
空はなんでひとりで暮れていってしまうのか、と。
ぼくらの生きている間
街でまた村で海で
空は何故
ひとりで暮れていつてしまうのか
|
|
── |
怒ってますね、空に対して。 |
覚 |
待ってくれよ、ってね。 |
谷川 |
ところで、覚さんは
宇宙へ行きたいと思います?
何千万円か出せば、
行けるようになるんでしょう? |
覚 |
機会があればそれは、
ぜったいに行きたい。 |
谷川 |
うーん、船酔いしそう。宇宙酔いがこわい。 |
覚 |
でも、宇宙飛行士の訓練だって、
何年もかけてやるぐらいだから
そんな簡単には行けないよね。 |
── |
おそらく、そんなに深い宇宙までは行かなくて、
宇宙ステーションぐらいまで行って、
帰ってくるんじゃないでしょうか。 |
谷川 |
でも、船酔い以外は、
以前よりはこわくなくなりました。 |
── |
宇宙がこわかったですか? |
谷川 |
うん。宇宙は真空だと思い込んでたから。
なんにもないと思ってた。
でも、今はそうは思わないです。
もちろん物理的にも
波動があるだろうし、
測定できないような微粒子みたいなものも
いっぱいあるだろうけども、
そういう物理的なことだけじゃなくて、
宇宙がからっぽだとは思えなくなりました。
|
── |
虚無じゃない。 |
谷川 |
虚無じゃない。
もうすごく、 満ち満ちている。
なんだか、自分はそこに参加するだけだ、
みたいなさ。
だから、そこへ
「帰れる」みたいな感覚がある。 |
── |
きっとさみしくないですね、死んでも。
空も青いし。 |
覚 |
空は青でよかったよね。 |
谷川 |
と、思いますねぇ(しみじみ)。
それでいて、ときどき夕焼けでさ、
すばらしい色になるのは、
すごい演出だよね。 |
覚 |
プレゼントですよね。 |
谷川 |
ねぇ。 |
覚 |
ほかの色の空を、例えば
一面の赤とか緑とか、
想像してみたりするんですけど。 |
谷川 |
SF映画でときどきあるけど、ぞっとするね。 |
覚 |
池沢夏樹さんだったかなあ。昔、
青は憧れの色だから、青空というのは
手に入れようとする必要がないから楽だ、
って何かに書いてた。
憧れていればすむから、って。
そのかんじ、すごくよくわかった。
憧れていさえすればいいんだから、
気楽なんですよね。 |
── |
確かに、手が届かなさすぎな色ですね。 |
覚 |
‥‥そうか。
「空(くう)」は「空(そら)」なんだ。
|
── |
色即是空の「空」!
「ゼロになるからだ」じゃなくて、
「くうになるからだ」。
「青ゼロ一号」。
|
谷川 |
ははははは。
|
覚 |
すごい発見(笑)。
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