ダーリンコラム

糸井重里がほぼ日の創刊時から
2011年まで連載していた、
ちょっと長めのコラムです。
「今日のダーリン」とは別に
毎週月曜日に掲載されていました。

ふたりの旅人。

ふたつの山のてっぺんに、それぞれにひとつずつ
ふたつの村があった。

あっちの村から来たという旅人が、
こっちの村の人々に、
あっちの村がどんな村だったのかを語る。
「いやぁ、いい村だったよ。
 景色は、この村に負けずによかった。
 食いものも、うまかったなぁ。
 そして、なによりも、村の人たちが親切でやさしかった」

ほう、それはそれは、
あっちの村はいい村なんだなぁ。
こっちの村の人たちは、思った。

旅人は、しばらくこっちの村に滞在して、
やがて、旅立っていった。
「こっちの村も、いい村だった。
 ありがとうありがとう」
「いやいや、あんたもいい人だった。
 いろんな話を聞かせてくれて、ありがとうよ」

また、別の旅人が、
あっちの村から、こっちの村にやってきた。
こっちの村人が聞きもしないうちに、
その旅人は語りはじめた。
「あっちの村は、最低だったよ。
 景色は殺風景、山ばかりでたいくつだ。
 食いものも、うまいものなんかなかったし。
 なによりも、村の人間たちが心を閉ざしていて、
 口を聞いてもくれなかったよ」

ほほう、そうかい。
あっちの村は、そんな村だったのかい。
こっちの村の人たちは、すこし悲しかった。
「で、この村は、そんなことはないだろうねぇ」
と、こんどの旅人は村人に聞いた。

こっちの村の人は、困ったような顔で言った。
「あっちの村が最低だったのなら、
 たぶん、こっちの村も最低だと思うよ」
こんどの旅人は、すぐに旅立つことになった。

というような話を、ぼくはどこで聞いたのだったか。
出典がどこかにあるのかも知らないのだけれど、
なんだか好きな話で、たまに思い出す。

もちろん、これは「つくりばなし」なわけで、
なにかの法則を語っているものではない。
あっちと、こっちは、
ぜんぜんちがうということもありうるし、
ふたりの旅人や、ふたつの村の人々を、
よいわるいで決めつけるものではない。

ただ、ぼくらは、いつでもたがいに旅人だ。
村にいる人は、
旅人が前にいた村のことを知りたくて、
目を輝かせて待っている。
どの村にも、きっといいところはあるはずで、
それを見つけられる旅人でいられるかなぁ。
たまに、ふりかえって考えている。

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