高山先生、 新型インフルエンザについて 教えてください。
本田 新型インフルエンザ対策推進室で考えているプロジェクト、
打とうと思っている対策について、教えてください。
高山 大きく分けると4つあるんです。
新型インフルエンザの対策として、
日本政府がやろうとしている基本骨格ですね。
流行はいちど始まると指数関数的に拡がっていくんですが、
そのいちばん端の裾野に対するアプローチとして、
まず、水際戦略をとります。
海外で発生した新型インフルエンザのウイルスが
日本の国内に入るのをまず、阻止しようという対策です。

検疫態勢をしっかりしたりとか、
停留措置といって、流行していることが
疑われる国から入って来る人たちを、
一時ホテルなどに泊って社会との接触を絶っていただく。
本田 それは特別な施設ではなくて?
高山 ホテルです。10日間の停留ですね。
空港周辺の地域のホテルを借り上げて、
そこで停留してもらうということです。
本田 それは流行している地域から来る人は全員ですか?
熱があってもなくても?
高山 それは、時期と状況によります。
国内でまん延している状況では停留措置は無意味ですよね。
しかし、ごく早期に明確な流行地からの帰国者であったり、
飛行機のなかで発熱患者がいて、
強く疑われる状況だったりすれば、
強めの検疫体制で臨むでしょう。

また、これはあくまでも、
新型インフルエンザの重症度が高い状況における対策として
お話しています。
通常のインフルエンザと大差のない新型インフルエンザで
それをやってしまうと、大きな問題になるので。
本田 なるほど、そうですね。
高山 新型インフルエンザ対策というのは、
さきほどから言っているように、
ひじょうに重大な疾患としてくるかもしれないし、
そよかぜ程度かもしれない。
予測できないんです。
だから、あまり決め打ちしてはいけないんです。

わたしの感覚を言葉にすると、
中腰の状態で仕事をするといいますか。
本田 それはつまり‥‥
高山 すぐに立ち上がって走りだすこともできるが、
ちょっと座ることもできる。
本田 守備範囲を広くしておくということですね。
高山 そう。いつでも走れる。座ることもできる。
流行がはじまったときにきちんと解析して、
エビデンス(根拠)を集めて、
どれくらい社会への介入施策を打つべきかを
判断しなくてはいけないんです。
そこが、国民のみなさんに説明しにくいところなんですが。

重症のイメージばかりが先行してしまうと、
それでいいのか、もっとがんがんやるべきじゃないか、
と言われると、たしかに最悪の場合はそうなんですが、
それで決め打ちしてしまうと、
最悪でなかった場合に、それはそれで、
社会が混乱するという被害をこうむるわけです。
だから、柔軟に対応できるように
しておかなければいけないんです。
本田 なるほど。
高山 ひとつめが、その水際戦略ですね。
ただ水際戦略によって、新型インフルエンザが
国内に入ってくることを阻止できるのか、
鎖国できるのかと言えば、それは無理なんですね。
必ず国内に入ってきます。

そこで、政府の対策における基本骨格の
ふたつめが動き出します。
これが、入ってきてからの感染拡大抑止対策です。
感染が拡大するのを抑止するための対応なんです。
具体的には、見つかった患者さんを
入院措置、古いことばで言えば、隔離するわけです。
そして、ご家族とか同居者については、
自宅待機をしていただく。
場合によっては、
それが可能な地形であれば、地域封鎖を実施する。
昨年の4月の感染症法の改正で、
そういう地域における移動制限もできるような
法整備がされたんです。
本田 そうでしたね。
高山 とにかく、最初に見つかった症例から
広がっていくことを阻止する戦略をとります。
本田 地域封鎖について、すこし説明してくださいますか。
高山 交通を遮断して、地域を封鎖する。
もちろん見捨てるのではなく、
そのなかにいる人々への適切な医療提供を最優先します。
症状がない人についても
予防内服薬を飲んでいただくという対応をして。
心理的なケアも必要になるかもしれませんね。
本田 封鎖されてしまった地域の人は、
こころ穏やかじゃない気持ちになるでしょうから、
事前によく知っておいていただかなくてはいけないことの
ひとつですね。
高山 そうです。ただ、この過密な日本においては、
実際に封鎖できる地域はほとんどないかもしれません。
万が一、できる状況があるかもしれないので、
そのための法整備がされたとご理解ください。

そして3つめが、わたしが担当している医療体制です。
これも感染拡大を防止するために、重要な戦略です。

もし、医療体制が破綻すると、
周囲の人を感染させるかもしれない患者さんたちが、
診てもらえるところを求めて
動きまわる可能性が出てきます。
また、治療開始が遅れると罹病期間が長引きます。
医療体制とは患者さんを救うとともに、
社会を守る戦略でもあるんです。
だから、行くべきところがわかっている、
そして、行ったらできるだけ早く、
きちんとした治療方針を立ててもらって
薬をもらって自宅に帰るなり、
入院するなりということがすみやかにできる。
さらには、ほかの患者さん、ほかの市民の人たちと
動線が重ならないように、動線を分ける。

そうやってきちんと配慮された
医療体制をとることによって、それ自体が
感染拡大を防止することになるだろうと考えていて、
そういう体制を整備しようとしているんです。
本田 具体的にはどういう方法になるのか、
お聞きかせくださいますか。
高山 そこは本題になってくるので、
政府の対策の基本骨格の4つめを先にお話して、その後に。
本田 ええ、お願いします。
高山 4つめが、ワクチンです。
これは、スペインかぜのときには
まったくなかった技術で、
現代科学の大きな切り札なんですよね。
本田 そうですね。
高山 ただし、知っておかなくてはいけないことは、
ワクチンを開発することができるのは
ウイルスが発生してからだということです。
本田 ワクチンは病原性を弱めたり、なくしたりした
ウイルスそのものからつくるので、
まだ存在しない新型インフルエンザのワクチンは
いまはまだつくることはできない、ということですね。
高山 そう。しかも、ウイルスを手に入れてから
ワクチンを生産するまでには、最低6カ月かかる。
6カ月というと、
おそらく最初のパンデミック(世界的大流行)の波は
終わっているんですよ。
だから、ワクチン開発は大きな切り札ではあるんだけど、
第1波のパンデミックには間に合わないと
覚悟して対策すべきです。
本田 そうですね。
高山 ただ、スペインかぜのときには、
第1波、第2波、第3波とあって、
第1波での致死率がたしか1%ちょっとだったんですが、
それが第2波になると6%近くになったんです。
だいたい3波くらい大きな波がくるので、
第1波のことだけを考えて対策をとるのではなく、
第2波には、ワクチンを間に合わせたい。
本田 ワクチンは、開発がはじまってから半年あれば
十分な量が生産できるんですか?
高山 生産がはじまるのが半年で、全国民分ができるのは、
うーん、1年半くらいかかるかもしれないですね。
すいません手元に資料がないので‥‥。
本田 やっぱり卵でつくるんですか、ワクチンは。
高山 もしもいまパンデミックが来たら、卵でつくりますが、
よりスピーディにワクチン生産ができる
細胞培養技術に注目し、その研究について
政府も支援をはじめています。
本田 卵アレルギーの人も使えるようなワクチンが
できればいいですよね。
高山 細胞培養技術だったらできます。
蚕とか、犬の腎臓とか、アヒルとか、
さまざまな細胞をつかった研究がいま進められています。
本田 すばらしい進歩ですね。
高山 でもいま研究段階にある細胞培養技術が確立して、
実際にプラントを建設し、
そこでワクチンを生産できるようになるまでは
まだかなり時間がかかるでしょう。
だから、パンデミックに間に合うかどうかは
まだちょっと不明ですね。
本田 そうですね。
高山 水際対策、感染拡大抑止策、医療体制、そしてワクチンと
ここまでが政府の対策の基本骨格になります。

では、わたしの担当している医療体制の話に入りましょう。
言葉だけでこれを伝えるのはなかなかむずかしいですが
やってみましょう。
大きく分けると3本立てとなってます。

(つづきます)

2009-04-03-FRI