|
高山 |
新型インフルエンザの医療体制は3本立てです。
まず、発熱相談センター、次いで発熱外来、
そして最後に重症者を支える入院医療です。
まず、発熱相談センターですけど、
これは電話による相談窓口を
きちっと整備するということです。
この窓口は保健所により設置され、電話により対応します。
そして、どこを受診したらよいかわからない、
どのように受診したらよいかわからないかたがたを
適切な医療に誘導します。
たとえば、あとでお話しする発熱外来はどこにあるか、
小児科医がいる発熱外来はどこかとか、
救急車を呼んだほうがよいかといった情報提供ですね。
こうした対応は、通常の救急医療でも
トリアージナースが果たすようになっていますよね。
この体制を全国的に整備するのが
発熱相談センターの考え方です。
|
|
|
本田 |
トリアージナース、というのは、
救急外来を受診した患者さんにまず会って、
今すぐ治療が必要な人と、お待ちいただいても大丈夫な人を
見極める看護師さんのことですね。
そして、次に来るのが発熱外来、と。
|
高山 |
はい、感染したかもしれないと思う人は
「発熱外来」に行っていただくことになります。
ただ、ここで注意いただきたいのですが、
「すべての発熱患者さん」が
発熱外来に行かなければならないわけではありません。
原則として発熱と呼吸器症状のあるかたになります。
ときどき、自治体の広報資料などで見かけるもので、
「あ、これいけないな」って思うものが2種類あるんです。
まず、
「新型インフルエンザのかたは発熱外来へ」というもの。
患者さんには診断できませんから、
診断名で誘導すべきではないですよね。
で、もうひとつが
「発熱しているかたは一般医療機関を
受診してはいけません」というもの。
そうすると、小児の虫垂炎や髄膜炎、
あるいは高齢者の腎盂腎炎までも
発熱外来で診療してしまうことになってしまいます。
これでは発熱外来はパンクしてしまいますし‥‥
|
本田 |
治療が遅れて不幸な結果になりかねない。
|
高山 |
そのとおり。
まん延期に発熱外来を運用する目的というのは、
新型インフルエンザの患者さんとその他の患者さんが
待合室などで並ぶことがないよう
区分してゆきましょうということ。
そして、そうした秩序を行政が支援することによって、
医療現場がパニックになるのを
防止しようというものなんです。
虫垂炎や腎盂腎炎まで発熱外来で診療するということは、
本来の目的に合致していません。
だから、発熱外来を受診するのは、
発熱と呼吸器症状のあるかたなのです。
|
本田 |
だとすると、発熱外来というネーミングにも
課題がありそうですね。
|
|
|
高山 |
それはあります。
今回のガイドライン改定においても、
名前を変えようかという意見があったのは事実です。
WHOも従来、
「fever clinic」(=発熱外来)と呼んでいたのが、
最近のガイドラインでは
「respiratory clinic」(=呼吸器外来)と
呼び名を改めていますしね。
ただ、いま各地で発熱外来の整備が
ようやく地歩につきはじめたところで、
国が一方的に「名前を変えます」って宣言したら
「ふざけんじゃねぇ」って、
苦労されて先進的なところほど
思われるんじゃないですか。
行政で名前を変えるってのは、
公文書すべてにひびきますからね。
大変なことなんです。
|
本田 |
行政のご苦労をお察しします。
|
高山 |
ありがとうございます。
わたしのなかには「発熱外来」の呼称を改めなかった
積極的な動機もあるんですよ。
わたしは新型インフルエンザ対策を推進することで、
新型インフルエンザに限らず
日本が感染症に強い社会へと成長する
きっかけとなればと思っています。
インドから帰ってきたばかりの若者が
発熱と下痢で、日本の救急外来を受診するとしましょう。
地下鉄で移動しながら途中駅のトイレで
下痢と嘔吐をします。
洗面所で手を洗い、口をゆすいで吐き出す。
駅のトイレには石鹸もなく、
濡らしただけの手をエアータオルにかざして
周辺に撒き散らし‥‥、
残りはズボンで手を拭いて再び電車へ‥‥。
そして救急外来に着くと、
待合室のソファーに座って待っているように指示される。
待合室には、台所で指をきったお母さんがいて、
連れ添う子どもたちが走り回っている。
さて、インド帰りの青年の診断名はコレラでした。
|
|
|
本田 |
恐ろしい。
|
高山 |
でも、日本では日常的に
こういうことって起きうるんですよ。
この事例から、大切なことがふたつ見えてくるはずです。
ひとつは、発熱している人間は
周囲に感染させないための配慮が必要。
もうひとつは、そういう患者が集まってくる病院は
動線を分けるよう日頃から工夫する。
新型インフルエンザ対策によって、
こういう意識が国民と医療関係者に根づけば、
発生前の段階で対策は成功したと言えると思っています。
だから、
誰でも気づける感染症の兆候としての発熱を前面に出し、
呼吸器症状はオプション的位置づけなんです。
さて、「発熱外来」の理念はこれくらいにして、
新型インフルエンザ対策としての
「発熱外来」を検討してゆきましょう。
|
本田 |
お願いします。
|
高山 |
新型インフルエンザのパンデミックでは、
増大する患者数に対応しながら適切な医療を提供し、
重症患者の入院を調整することが
発熱外来の役割となります。
対策で求められるのは、
この発熱外来の受診者数をいかに軽減するか
ということだと思っています。
たとえば、発熱外来を受診する人たちには、
なかには不安で再診してくる人がたくさんいますね。
あるいは、じつは感染していないんだけど、
少しノイローゼ気味になって来てしまう人とか、
いろんな人たちがいるわけです。
|
本田 |
ええ、そうなんですよね。
|
高山 |
そういうときの、安心のための医療サービスと、
病気を治すための、安全のための医療サービスとは、
分けて考えなくてはいけないんです。
|
本田 |
ええ、ええ。
|
高山 |
安心の窓口が発熱外来になってしまうと、
発熱外来がパンクしてしまう。
安心に関する部分は、電話相談で対応できるはずなので、
電話相談窓口の整備がカギとなるのです。
先ほどサラリと紹介しましたが、
これが「発熱相談センター」に期待している役割なんです。
たとえば、いちど受診して、
お子さんが新型インフルエンザと診断されたとします。
解熱剤とかタミフルを処方されて、
とりあえず解熱剤をお尻から入れてあげました。
お医者さんは、解熱剤を入れるときは
8時間ぐらい空けましょうねと言っています。
ところが夜10時、
心配なお母さんが体温を測定すると39℃。
解熱剤を入れてから5時間しかたっていない。
さあ、お母さんは心配で仕方がありません。
そうなれば、発熱外来に行きたくなりますよね。
|
本田 |
死んでしまうかもしれないと思ったら、
それはもう‥‥
|
高山 |
それはもう、当然だと思うんです。
|
本田 |
ええ。
|
高山 |
だから、そこは配慮しなくてはいけない。
ぼくはこの新型インフルエンザ対策に携わっていて、
こういうかたが安心できるような医療体制が
必要だと思っています。
はじめてのお子さんがはじめてかかった病気が
新型インフルエンザかもしれないというお母さんが、
安心、まではできないだろうけど、
この医療体制によって見守られていると実感できるような、
そういう医療体制が必要だということなんです。
|
本田 |
なるほど。
|
高山 |
だから、「軽症者は家でじっとしていろ」ではなく、
家でじっとしていても
不安に答えてくれる窓口を整備すべきでしょう。
これが発熱相談センターの理念なんですね。
さきほどの、
5時間で再び発熱してきたお子さんの事例ですが、
トリアージナースなら電話で十分に対応できますよね。
お子さんはスヤスヤ寝ていますか? 寝顔はどうですか?
腋の下はしっとりしていますか?
水分はとれていますよね?
こうした簡便な重症度判定のもと、
起こして病院に連れてくるよりは、
家でゆっくり寝せてあげなさいと言う。
そして、クーリングの指導をするかもしれません。
こういう電話で相談できる窓口をつくっておきたい。
これは発熱外来業務を軽減するだけでなく、
患者さんや付き添い者にもやさしいサービスです。
|
本田 |
システムを守ることにもなりますしね。
|
高山 |
これはべつに、新型インフルエンザに限ったことではなく、
いま、救急医療、とくに小児医療には
電話相談窓口をつくろうという動きがあって、
実際にそれをやってる自治体もあるんです。
新型インフルエンザ対策全体に言えることなんですが、
特殊なことをやろうとするのではなくて、
なるべく通常の医療の延長線上に
位置づけるべきだと思っています。
緊急時ほど、新たなスキームでは混乱が生じやすい。
むしろ、いつもやっていることをしっかり強化する。
救急の医療を支えるために、
電話相談窓口をつくることはすでに始まっている。
そこで得た成果と教訓を
新型インフルエンザ対策にも活かしてゆきたいのです。
とはいえ、わたしは、
どうあれ発熱外来はなんとかなると思っています。
地域医療のファンダメンタルで回せるはず。
ただ、わたしは、別のところで危機感をもっています。
|
本田 |
というと?
|
高山 |
入院なんですよ、じつは。
本田先生は、2004年には日本にいらっしゃいました?
|
本田 |
ええ、いました。
|
高山 |
そのときのことを覚えていらっしゃるかどうか、
あの年、インフルエンザが猛威をふるったんです。
たくさん患者さんが増えて、わたしもそのとき、
来る患者さん、来る患者さんがインフルエンザで、
当直の夜、ぜんぜん眠れなかったことをよく覚えています。
そのときの感染者数が、推計で、1,770万人でした。
|
本田 |
そうなんですか。
|
高山 |
で、新型インフルエンザの受診者数として
国が想定している人数は
1,300万人から2,600万人なんです。
ということは、外来患者数は、2004年規模なんですよ。
|
本田 |
つまり、わたしたち医師は、
すでにそれを経験しているということですね。
|
高山 |
そう、外来患者数に関して言えば、
2004年に経験しているんです。
たいへんだったけど、
通常の診療のスキームで乗り越えられる。
なにが言いたいかというと、外来は主戦場じゃない。
むしろ、あまり騒いでしまうと
新たなスキームじゃないと
対応できないということになって混乱する。
むしろ、みんなが冷静に受けとめれば、
対応できるはずなんです。
発熱外来という、
動線を分けるという考え方に配慮した構造にして、
電話相談に支えられて受診者が適切に行動すれば、
外来は、そんなに危機じゃないとわたしは思うんです。
問題は、入院なんです。
|
|
|
本田 |
重症化する人が多いということですね。
|
高山 |
そう。2004年のインフルエンザによる死亡者数は、
推計で、15,000人ぐらいです。
新型インフルエンザで想定されている死亡者数は、
17万人から64万人です。
ケタがちがうんです。
|
本田 |
64万人だったら、50倍近いですよね。
|
高山 |
そう、ほんとにケタがちがうんです。
だから、入院医療がすごく重要なんです。
どれくらいの入院患者が出ると想定しているかというと、
たとえばアジアかぜレベル、
つまり致命率が0.5%ぐらいの重症度であれば
ピーク時には10万床ぐらいが埋まると想定しています。
もしスペインかぜレベル、致命率2%ぐらいだと、
入院する人はもっと増えるでしょう。
10万床と言っても、ピンとこないですね。
日本の一般病床は、全部で90万床です。
|
本田 |
ということは、日本の病院のベッド数全部の1割。
|
高山 |
そう、1割以上です。
これまでの新型インフルエンザ対策のなかで
入院病床の確保がうまくいかなかった部分というのは、
医療機関を手挙げ方式にしたこともあると思います。
パンデミック期に診るという医療機関を募ったんですね。
|
本田 |
それは、むずかしいでしょうね。
|
高山 |
そうなんです。
「新型インフルエンザ対策ガイドライン」を
2月に策定して公開していますが、
これは、10のセクションからなっていて、
感染拡大防止ガイドラインとか、事業者ガイドライン、
埋葬に関するガイドラインなどがあります。
わたしが担当したのはそのうちの
「医療体制に関するガイドライン」というセクションです。
その改訂版の医療体制に関するガイドラインのなかで、
入院医療は、原則として、
すべての医療機関が行うことを確認しました。
これが今回のガイドライン策定の目玉のひとつです。
一部、産科医療機関とか、透析専門の医療機関とか、
そういう特殊な医療機関に関しては、
免除されるところもあるかもしれないけど、
それ以外のすべての医療期間が、
入院医療を担当してほしい、と。
新型インフルエンザの入院医療は、
オールジャパンでやらないと
持ちこたえられないと訴えたつもりです。
|
本田 |
そういう制度が進められていると聞いて
わたしがむずかしいなと思うのは、
新型インフルエンザが流行しているときに、
ほかの病気はなくなってしまうのかといえば、
そうではないんですよね。
いつもと同じように
ケガをする人もいるし、べつの病気になる人もいる。
|
高山 |
ええ。
|
本田 |
そういった人たちがいるところに、
病床の1割が、新型インフルエンザに
提供されなければいけないということは、
患者さんに順番を、
優先順位をつける必要があるということですよね。
|
高山 |
そうです、そうです。
実はもっとシビアな想定をしています。
|
本田 |
ええ。
|
高山 |
そのシビアな話になる前に‥‥、
わたしは以前、
本田先生からうかがったことがあるんですが、
9.11のときに‥‥。
|
本田 |
そう、あれはすごかったんです。
|
高山 |
ちょっとその話を聞かせてくれませんか。
(つづきます) |