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本田 |
9.11当時、わたしはニューヨークのコーネル大学という
大学病院で働いていたんですが、
その朝、世界貿易センタービルで
なにか大きな事故があったとわかったときに、
まず、わたしたちは入院患者さんのリストを渡されたんです。
担当している入院患者さんを、それぞれ
A、B、C、Dの4段階に分けて印をつけろというんですね。
まず、家に帰ることができるという人がA。
家には帰れないけど、大学病院のような
高度な医療が必要ではない人は、
周りの少し規模の小さい病院に移送するということでB。
やっぱりこの病院にいなくてはいけないという人がC。
病院にいなきゃいけない人も、
さらにレベルがわかれていて、
普通のベッドでいいのか、
心電図とかなにかモニターが必要な人なのか、
それとも、当時、Dとランク付けされた、
ICUのような集中治療が必要な人、なのか。
その時点の重症度に応じて、
患者さんのレベル分けをしたんです。
それでまず、家に退院できる人と
近くの病院に転院する人を動かして、
その空いたベッドに重症の人をひとりずつ
移動していくんです。そうしていちばん最後に
モニターベッドや集中治療室をあけて、
新しく来る人たちを待つという。
言ってみれば、ところてん方式のようなことなんですが
それが、ものすごくシステマティックにできていて。
最初の飛行機が世界貿易センタービルに衝突したのが、
たしか朝の9時少し前だったと思いますが
お昼の12時には、病院内の患者さんの移動が
ほとんど完了していたんです。
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高山 |
それは、マニュアルがあったんですよね?
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本田 |
あったんです。
それは、東京の地下鉄サリン事件を参考に、
その教訓を活かしてつくられたものでした。
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高山 |
そのとき、
どういう患者さんにどのように退院してもらうとか、
そういう指針も主治医に配られました?
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本田 |
いえ、主治医が判断したのは、重症度だけでした。
わたしたち主治医がやらなくてはいけないことは
この人はABCDのどのレベルにあてはまるかを
医学的に判断することでした。
あとの細かいことは
病棟の師長さんやソーシャルワーカーが、
みんな手配するんです。
家に帰るタクシーの手配もしてました。
すばらしかったです。
もちろん、それもマニュアルに沿って
行われていたわけなんですが。
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高山 |
ぼくは、以前お聞きしたその話を
ひじょうに印象深く覚えていて、
新型インフルエンザのパンデミック期における
トリアージというのはそれだなと思ってるんですよね。
ただ‥‥
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本田 |
ただ?
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高山 |
ただ、たぶん、大きくちがうところが2点あって、
ひとつは、
パンデミックは何カ月もつづくということですね。
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本田 |
そうですね。
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高山 |
9.11の場合は、外傷患者さんを
いかに受け入れるかという話で、
外傷患者さんというのは、
お亡くなりになるかたもいるかもしれないけれど、
ある程度はすみやかに回復されていくことが見込まれる。
でも新型インフルエンザというのは何カ月もつづいて、
ずっと、毎日のように新たな患者さんが
発生しつづけていくんです。そういう状況で、
常に優先順位をつけつづけなきゃいけない。
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本田 |
そうね。
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高山 |
そうすると、たとえばですね、
これはぼくの想像なんですが、9.11のときには
その日、食道がんの手術を受ける予定だった人が
いたとしたら‥‥
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本田 |
キャンセルです。全部キャンセル。
その日の予定手術はみんなキャンセルになりました。
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高山 |
そうですよね。
でもそれは、キャンセルと告げられても
1週間後には手術を受けられるかもしれないんですよね。
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本田 |
そう。そうです。
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高山 |
でもパンデミックの場合は、キャンセルと言われたら、
次は2カ月、3カ月先なんですよ。
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本田 |
なるほど、そうなりますね。
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高山 |
それを患者さんが受け入れられるかというと、
なかなかむずかしいと思うんですよ。
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本田 |
ほんとうに。
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高山 |
しかも、新型インフルエンザで入ってくる患者さんと
予定手術とはいえ悪性腫瘍の患者さんと‥‥
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本田 |
どちらの優先順位が高いのか。
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高山 |
そう、どっちが優先度が高いのかということについては、
皆で真剣に考える必要があるんです。
それぞれの医療機関において、
自分の診ている患者さんと、
パンデミック期に入ってくる患者さんを比べて、
どう優先順位をつけますかという、
診療科を超えた大きな問題ですよね。
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本田 |
そうですね。
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高山 |
たとえば、血液内科の白血病の患者さんだったり、
急性期の脳梗塞だったり、それはもう、
そっちのほうが先ですよ。
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本田 |
心筋梗塞とかね。
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高山 |
そう。心筋梗塞もそうですね。
でも、
呼吸不全を合併した新型インフルエンザだったら‥‥。
急性の重症者にはすべて
入院医療を提供することが原則ですが、
それでも優先順位をつけざるを得ないですよね。
新型インフルエンザの対策をたてるすべての医療機関は
優先順位の立て方のマニュアルを作成し、
最終的にそのマニュアルを
外部委員で構成されている病院の倫理委員会などに
通すべきだと思います。
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本田 |
それは厚労省のプランなんですか?
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高山 |
いえ、これはわたしの頭のなかのものです。
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本田 |
ああ、なるほど。
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高山 |
そうしないと、たとえば食道がんのステージ分類が必要で、
この人は何カ月の治療の延期をするけど、
この人はすぐ治療をするとか、
優先順位をつける作業というのは訴訟リスクがあります。
一番いけないのは、これが主治医本人の判断となること。
次にいけないのは、病院の責任になってしまうこと。
そうならないためにも、
市民の視点をもっている人たちが集まっている
倫理委員会のようなところで、
最終的な承認を受けておいたほうがいいと思いますね。
これは訴訟うんぬんのみで言っているのではなくて、
自分たち、医療が独りよがりにならないために、
トリアージの方針をたてたら、最終的に
院外の人にチェックを受けておいたほうが
いいんじゃないかと思います。
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本田 |
それは国で一律のものをというのではなく、
個別につくるべきだと、先生はお考えなんですね。
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高山 |
そうです、個別に。
もちろん要望が強ければ、基本的考え方を
国として整理させていただくこともあるかもしれない。
しかし、医療の利用者が市民である以上、
まずは市民自らが議論に参加していただきたい。
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本田 |
なるほど。
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高山 |
ただ、ひとつの医療機関単位で考えるのではなくて、
地域ごとに整理していただいたほうがよいかもしれません。
たとえば、ある医療機関は、
うちは悪性腫瘍の治療に特化して、
新型インフルエンザのシーズンもがんばります、
というところもあるかもしれない。
そういうところがあれば、
病院と病院との連携によって、支え合いで、
その分、そちらに悪性腫瘍の患者さんを送って、
うちは、じゃあ全病棟新型インフルエンザを診ますよ、
というところもあると聞いています。
ただ、わたしが主治医をしていた患者さん、
いまある病気で入院して末期の状態なのですが、
このあいだ病棟にお見舞いに行ったときに
「いま新型インフルエンザが流行して
別の病院に転院と言われたらどう思うか」って
聞いてみたんです。
そしたら、
「先生、俺はいやだよ。
ここの看護婦さんは、食事の好みとか痛みの管理とか
みんなわかってくれてる。
また最初からわかってもらうようにがんばる元気はない。
そんときは、先生、そっと家に帰しておくれ」
と言われました。
僕は「そうだよね」としか言えませんでした。
新型インフルエンザ対策は
病院のなかだけでは完結しえません。
病院や診療所の連携、さらに市民の理解と参加が必要です。
そういうことを調整するのが、
二次医療圏、保健所の役割になると思います。
だから国が一律にマニュアルをつくるというのは無理で、
地域ごとの特性に応じた対策を立てて、
院外の視点のある倫理委員会のようなところで
確認してもらって、
保健所などを通じて確認しあって、ですね。
最終的にはその地域の人たちの評価を
きちっと受けるということも大事だと思うんですけど。
これが、9.11と、ひとつめに違うところですね。
(つづきます) |