身近な医者の底力シリーズ かかりつけ医だから できること。

本田 あらためて、きょうこちらに
うかがったのはなぜかということをお話しすると、
松村先生のように
かかりつけ医として仕事をなさっている
診療所のお医者さんが、
わたしたちの健康を守るために
どれほど役に立ってくださるのかということ、
それから、先生が町のかたがたのために、
どういうふうに役に立ちたいと
思ってらっしゃるかということを、
お訊きしたいと思っています。
松村 わかりました。
先にちょっとことわっておくと、
ぼくは別に特別なことは何もしていないんですよ。
どこの町にも、タナカ医院とかスズキ医院といったような
小さな診療所は、同じようにあるんです。
その先生たちはぼくも含めて
誰もそんなに偉い先生ってわけじゃないし、
何かすごいことをしているのでもなくて、
みんなが当たり前にやっていることを
ぼくもやっているということです。
本田 ええ。
タナカ医院とかスズキ医院とか、
昔から地域で開業しているお医者さん、
みなさんがやってらっしゃること。
松村 まぁ、昔と少し違ってきているのは
昔はその町の「タナカ先生」といえば、
地域の人もタナカ先生がどんな人か、
だいたいわかっていたんですよね。
うちもそうだけど家も隣近所だったりするから、
ご近所さんとしても知っているわけです。
今はかならずしもそうではないので、
そこらへんが昔と少し、
違ってきているところではありますけどね。
本田 なるほど。
松村 今、開業のお医者さんは2種類あって、
ひとつは、専門性をうたって
クリニックをやる先生たち。
たとえば消化器専門だとすれば、
つまり消化器のことを重点的に診るという
お医者さんも増えています。

それからぼくみたいな、
そういうことが専門ではなく、
家庭医を専門として仕事をする医者ですね。

こちらは昔に比べると
少し減っているかなという印象はありますけど、
ニーズは今でもたくさんあるので、
まただんだん増えてくると思います。
本田 ニーズはあるんですね?
松村 あります。
だって、遠くの病院や大きな病院には
そうそう通えないですから。
ある程度の歳になると特にそうですが、
たとえば、循環器科と呼吸器科と整形外科と、
それから目まいがして耳鼻科とか、
視力が弱くなってきて眼科とか
4つも5つも通えないじゃないですか。
足腰も弱ってくるし。
本田 専門に分かれていると、そうですよね。
松村 もちろん、必要なときには
行かなきゃいけないんですけどね。

でも、ちょっとふらっとして、
脳梗塞の心配がないかどうか教えてほしいとか、
腕のここが腫れているんだけど、
これは整形外科に行ったほうがいいものなのか、
「いつものやつかもしれないんだけど、
 やっぱりちょっと心配だ」というようなときに、
まずは近くのお医者さんで、
しかも自分のことをよく知っている先生に
診てもらったほうがいいですよ。
本田 ええ、本当にそうですね。
松村 いきなり大きな病院に行って、
じゃあ、MRIを撮ってみましょう、
結果、大丈夫、何でもないですよ、って
言われて帰ってきたら
それはもちろん安心なんですが‥‥。

たとえば、きょうはひざが痛くて、
先週末はめまいがすると言っていて、
その前の週は腹が痛いと言っていて、
ああ、こりゃあ寂しいってことかなぁ、
ダンナさんはこないだから入院してるし、って、
その人のことを知っているお医者さんなら、
わかることもあるじゃないですか。
そういうときに、
「ご主人が入院して心配でしょう」
って言ってくれる、
そういう地域の先生がいてくれたほうが
いいと思うんです。
本田 うん、そうですよね。
松村 というような仕事を
しているつもりなんです。
本田 さっきみんなでお昼ごはんに行ったときに
お店のかたと話していらしたのを見て、
先生、すごく慕われてらっしゃるなぁと
思いました。
松村 あれはほら、今日はぼく、お客だから。
本田 (笑)
ほぼ日 「先生は上野毛の『Dr.コトー』なんですよ」
ってお店の人に教えてくださいました(笑)。
松村 それは、往診のときに
自転車で町内を走ってるからでしょう(笑)。
本田 でも帰り道でお会いした
ベビーカーを押した若いお母さんも、
「先生、こんにちは」って、おっしゃってて。
ああ、町の人たちがみなさん、
先生のことをよくご存じなんだなぁ、と思いました。
松村 それは、うん、そうですね。
ぼくはこの町の生まれだから。
ぼくも知らないようなことで
彼らが知ってることもあると思いますよ。
綿貫 先生の小さいころのことを、
みなさんご存じだったりするんでしょうね。
松村 みなさんというか、
古くから住んでいる人は知ってますよね。
当然その逆もあります。
本田 先生のほうも、地域の人たちのことを
よくご存じだということですよね。
松村 そうです。
ここの生まれでなくても、
長く同じ地域でやっていると、
患者さんの生活の背景が
よくわかるようになるんですよ。
本田 生活の背景。
松村 だから、患者さんを診るときにも
「お腹が痛くて胃潰瘍で」って、
病気が先にくる考えかたじゃなくて。
たとえば、今日いらした
ひざの手術をした彼は‥‥
綿貫 さきほどの。
松村 近くの小料理屋さんで働いている○○さんで、
ご家族はどこにいて、とか、
そういうことをよくわかってるんです。
本田 ふだんから、そのかたを
ご存じなわけですものね。
松村 で、ひざの手術をして
ほんとはまもなく仕事に戻れるはずだったんだけど、
血栓ができて、一週間退院が延びてしまった。
一週間延びると、お店のほうでは
あてにしていたから困るわけです。
綿貫 そうですよね。
松村 そのうえ、そこで働いてるおねえさんも、
このあいだから、具合がわるくなってる。
綿貫 あぁー、そうなんだ。
松村 そういうようなことです。
本田 先生はそういうこともみんなご存じで、
だから、この病気がその患者さんにとって
どういう意味をもつのかということかが、
わかるわけですよね。
松村 長く同じ地域でやっていれば、
だんだん蓄積されてきますから、
別に知ろうと思わなくても、
わかってくるんですよ。
同じ町で生活していますから。
自分の子どももこの地域の学校に通っているし。
授業参観に行くと、
「ところでうちの子、
 インフルエンザ長引きまして」
「すみません、うちの子もかかりました」なんてね。
綿貫 健康相談会みたいですね。
松村 今、ちょっと大きい本屋さんだと
レジのカウンターに、こう、
列になって並ぶじゃないですか。
日曜日に本屋さんに行って、
並んだ列の前と後ろが
うちの患者さんだったことがあって(笑)。
「あ、こんにちは」
「先生、なに? へええ、本、お好きなんですねえ」
近所で買う本は選ばないと(笑)。
本田 そうか、気が抜けない(笑)。
まあでも、そういうふうに、
タナカ先生とかスズキ先生とか、
どの町にもいらっしゃる先生と
同じような松村先生が、
この上野毛の地域にいて、
みなさんの健康を守っているわけですね。

(つづきます)



2010-04-06-TUE