身近な医者の底力シリーズ かかりつけ医だから できること。

本田 いろいろあると思うんですが、
かかりつけのお医者さんとしての
大事なポイントはなんでしょう。
松村 やっぱり、いちばん大事なのは、
とにかく「近くにいる」ことですよね。
それは距離が近いだけじゃなくて、
気持ちの面でも。

もちろん大きな病院の隣に住む人が、
その病院を身近に感じているかどうかは
わかりませんが。
本田 ああ、残念ながら。
松村 でも同じ町、同じ地域にいて、
同じような環境下に育っていれば、
それだけで共有できる感覚があるんです。

たとえばね、
山の中の診療所だったりすると、
大きな病院までどのぐらいの距離があるか、
お医者さんが、患者さんと同じ感覚で
わかっていたほうがいいんですよ。

だって、お腹が痛いといって来た人が、
大きな病院に行ってくださいと言われても、
その病院が山ひとつ越えないと
行けないようなところにあったら、
その山ひとつ越えるのが‥‥
本田 いかに大変かということを。
松村 それをわかっている先生に、
診てもらったほうがいいでしょう。

そこまで極端な例じゃなくても、
たとえばこの地域では、
5月が運動会シーズンなんですが、
運動会の時期になると、
練習で具合が悪くなる人が出るんですよ。
喘息が出やすい時期でもあるし。
本田 ええ、そうですね。
松村 そのとき、運動会が2週間後にあるから、
それまでに何とかコンディションを
絶妙にもっていきたい、とかね。

そういうことまでわかってくれる人に
診てもらったほうがいい。
本田 それまでいっしょにがんばろう、って。
松村 ええ。そういう意味で、
近くに住んでいるお医者さんが大事なんです。
本田 そうですね。
松村 もっと言うと、
近くに住んでいて、
患者さんのことをその人の背景も含めて
理解しようと考えていて、
かつ、地域のこともよく知ろうという姿勢で
診療に当たるお医者さんですよね。

病気単体の、たとえば
目の病気のことにとてもくわしいとか、
難しい病気の治療法を知っているということも
すごく大事だけど、それと同じぐらい、
かかりつけの先生が
そういうことにくわしいっていうのは
大事だと思うんですよ。
本田 地域に根ざしたお医者さんということですね。
松村 そう。それから、近いということはもちろん、
物理的に近い、通いやすいということもあるんだけど、
心理的に近いということも大事じゃないですか。
本田 ええ、そうですね。
松村 たとえば、2時から4時までが
診察時間だったとして、
時間外に電話がかかってきたときに、
「はい、2時から4時まで」
ガチャン、みたいな感じじゃなくて、
「ああ、そうですね」って、
話を聞いてくれるような人とか、
そういうケアをしてくれることで、
心理的な距離も近くなる。
やっぱり、患者さんにとって、
コミュニケーションを取りやすいというのが
大事ですよね。

まあ、ぼくが取りやすいかどうかは、
患者さんに訊いてみないとわからないですけど。
本田 きょうはこのことを先生に訊きたいというときに、
ちゃんと話ができて、聞いてくれる。
松村 そう、ちゃんと話を聞いてくれる。
「先生にこんなことを言ったら
 怒られるんじゃないか」とかね、
そういうようなことを
患者さんに思わせてしまうのではなくてね。

でも、もしぼくが患者さんの立場でも
ちょっと難しいだろうなって思うことはありますよ。
たとえば、本田さんは国立国際医療センターで、
HIVの専門外来を診ていますよね。
本田 ええ、はい。
松村 もし自分がHIVかもしれないと思ったときに、
いきなりそのセンターに行って
全く知らない先生とゼロから話をしようというのは、
かなり勇気がいることじゃないかと思うんです。
うまく話もできないかもしれない。
まぁ、ぼくは本田さんをよく知ってるから
この場合はちょっと違うけど、でも、
「もしかしたら、そういうことがあるかもしれない。
 どうしたらいいんだろう‥‥」って悩んだときに、
相談ができるお医者さんが
近くにいたら、いいじゃないですか。
本田 ほんとにそうですね。
松村 でね、それも杞憂のことがほとんどかもしれないから、
そのとき、杞憂だとすれば「杞憂ですよ」と
言ってもらえたらそれで安心だし、
もしそれがお医者さんからみても
ほんとに心配だということなら、
じゃあ、ここに本田先生という人がいるからとか、
地域にこういうセンターがあるからとか、
匿名の検診センターがあるから、というように
ちゃんと教えてくれるはずです。

そういうふうに心理的にも近い場所で
いろんなことを相談できる、
タナカ先生とかスズキ先生とか、
地域でそういう役割をしている先生は、
たくさんいるんですよ。
本田 健康の「水先案内」のような役割ですね。
松村 そうです。だから、かかりつけのお医者さんは
ほんとは間口は狭くないほうがいいんだけど、
本田 専門に限定するのではなく。
松村 そう。でも、たとえばそのタナカ先生が
糖尿病が専門の先生だったとしても、
外科の先生だったとしても、
そういうことを相談したときに
「じゃあ、それは」と、教えてくれる、
そういう働きをしてくれる先生だったら、
かかりつけのお医者さんとしても
立派に役割を果たしてくれると思います。
本田 なるほど。
松村 もちろんそのためには、
初期にどういう症状がでたら、
どういう病気の可能性があるのかとか、
まずはどういう手当をしたほうがいいのか、とか
適切な「初期診療」ができなきゃいけないですけどね。
専門じゃないからといって何でもかんでも、
大きな病院へ、みたいな感じだったら、
患者さんも何のために来たんだか、
それなら最初から大きい病院に行くわ(笑)、
ということですから。
本田 たしかに。
松村 あと、病気というのはほとんどが、
自然に自分の力で治っていくことが多いから、
それに伴走する。
治すというより、患者さんのそばにいて、
伴走していくということも、
かかりつけのお医者さんの大事な役割なんです。
本田 病気は自然に自分の力で治ることが多い
というのは、ほんとにそうだと思います。
すごく大事なポイントですね。
それに伴走してくれるお医者さん。
松村 たとえば、赤ちゃんが熱を出すと、
不安じゃないですか。
ドキドキするんだけど、
この様子ならば3日目ぐらいまでは、
がんばりましょう、
もうちょっとだけがんばりましょう、って。
何かあったらすぐ連絡してくださいね、って。
それで熱が下がることは多いし、
もし3日目になってまだ熱が下がってこないとしたら、
じゃあ、大きな病院に行ってみましょう、と
言ってくれるような‥‥
本田 適切なタイミングで、ですね。
松村 そうですね。
そういうサポーターというか、
伴走者みたいな役割をするお医者さんが
必要だと思うんです。

ぼくは、そんなふうな仕事がしたいと
思ったんですよ。
(つづきます)



2010-04-07-WED