T |
いま、ヤザワさんの話がでましたけど、
『アー・ユー・ハッピー?』
あれ、おもしろかったなぁ。
あの中に、『成りあがり』を一度出されて
何年後というか、原稿まで作って
出版直前までいったんだけど、
「やっぱりやめよう」って。
イトイさんとヤザワさんの両方が
やめようとお互いに言う関係の中で
10年間寝かされた原稿だと読むと、
「そういう関係なんだなぁ・・・」
っていうのを感じました。
いい話だなぁと思うのは、
ヤザワさんの本をそのタイミングで出せば
確実に売れるということがわかるじゃないですか。
でも、何ですかねぇ・・・。
ほんとなら、もうかるわけだからいいと、
なるわけじゃないですか。
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糸井 |
でも、もうかるけど、
よく3000円で捕まったって人を見ると、
「3000円で、ねぇ・・・?」
って言うじゃないですか。
いまのTさんの問いって、何円だったら、
「そのお金が欲しいんなら」
って言えるかという問題じゃないすか。
5億だったらいいかと言うと、
Tさんが5億パクって失踪したとしても、
「たった5億で、ねぇ・・・」
と、意外と人は言うと思うんですよ。
そうすると、本の話でも何でも、
「そうまでしないほうがよかったんじゃないの」
という話は、どこかにあるんじゃないですか。
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T |
ヤザワさんとイトイさんが、
どちらもどこかにフリーランスなところが
あるから、そうだと思うんです。
それがキーで、もし本にしても出版社とか、
どこかでサラリーマンが絡んでくる。
本を出すことでポイントをあげようとか。
ぼくもそう、お会いしていないけれども
昨日イトイさんとの話に出た
キリンビバレッジのかたとかのことを
考えたりもします。
サラリーマンについてだとか・・・。
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糸井 |
「なんで、これをしてるんだっけ?」
と問う権利は、
ほとんどの人に、ありますよね?
つまらない人がリーダーの会社だと、
「そんなこと、お前に問う権利があるかよ、
とにかく、やれ」
っていうことになるんだろうけど、
でも、命令っていうのは、
組織では絶対に聞かなければならないもので。
ぼくは、そこは正しいと思うんですね。
ただ、その命令を聞かなきゃいけない理由が、
もともと、その会社の中にあるから、
「ここはオマエ、そうは言っても命令だよ」
と言えることがあるので、
そうすると、それぞれの会社に、
「じゃあ、なんでこの会社があるの?」
というのが問題ですね。
よく、中小企業だと、
「地域文化への貢献を、電気製品を通じて・・・」
とかいう社是が貼ってあったりするけれども、
あれは、ほんとうのことだと思いたいんですよ。
でも、ほとんどの場合は、
書いていながら忘れているんですけれども。
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T |
忘れているんですね。
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糸井 |
「うちの社って、何だっけ?」って。
それは、ほんとうに廃品の回収であろうが、
女衒であろうが、あると思うんです。
日本って、そういう社是が
あることはあるはずなのに
誰も言っていなかった。
それをこのごろになったら、いろいろな人が、
言い出しているんじゃないかというように
ぼくには見えるんです。
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T |
日本の会社って、
終身雇用だとか年功序列で
うまくいってきた感じがあった。
でも、それじゃあ、
なんとなくうまくいかくなってきた、
と誰もが感じてきている。
と言うことは、どこかで、
「こういうつもりで働いていいんですよね?」
と言われることに関して、サラリーマンでさえも
対峙するカタチになりつつあるという。
いままでは、効率はいいけど
ただ漕げ漕げ、っていう流れでしたよね。
必死で漕いでくると、
電気製品は買えたしクルマは買えたし
家は買えたし・・・じゃあ、漕いでいればいい?
というところになってきた。
今は、言われたとおりに船を漕いでも、
別に、電気製品を買い替えられないなあ、
というところですよね。
ぼくなんかが思うところで言いますと、
非常に生意気な言い方になりますけれども、
会社というものと自分というものの天秤を、
どこに置くかということになると思うんです。
この放送を会社のえらい人が見ていると
面倒なことになるかもしれないけれども、
あくまで個人と会社はフィフティの関係だぞ、と。
その関係の中で、外に行っても
食えるぞと思いながらじゃないと、
会社員をやってはいけないんじゃないか。
そう思うことがあるんです。
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糸井 |
うん。
今はさー、いい会社では、
そういう人がトップになってるんじゃない?
ダメだなあというところでは、
そうじゃなく、仲裁役のうまい人とかがなってる。
うまくうえにあがったかもしれないけれども
それでは、うまくやれないでいる。
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T |
「この会社、あっちに向かって行く、
で、いいんだよね・・・?」
と、メンバーが言いあうとでもいうか。
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糸井 |
そのあたりを、会社本体よりもはやく、
市場が先に問いはじめた感じがありませんか?
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T |
そうですね。
この前、『A』『A2』と
オウムの映画を撮られたかたと
対談をしたのですが、
どこかのところで、下手すると、
「こうすると視聴率をとれる」
というところで思考停止をしてしまう
危険があるかもしれない。
0.05かもしれないけれども
「こいつらのこういうところは、ありだぜ」
というところまで
ふみつぶしていこうとするマスコミを、
逆側のレンズからじっと見ることは、
おもしろかったですね。
そんな中でも、市場チェックに、
マスコミというものは、あると考えていいですか?
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糸井 |
ぼくにもわからないんですよ。
そっちはかゆいなとか、
ぼくのよりどころって、
「居心地の悪さから逃れる」なんです。
やっぱり、反応すると思うんですよ。
毒のあるところにいると息苦しくなったり。
そういう意味で、マスコミは、
ぼくはマスコミという人がいるとは思わないけど、
自家中毒を起こしているように感じますよね。
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T |
いまふと思いましたけど、ふつうは
インターネットというツールがこの時代に
このタイミングで出てきたことによって、
やっぱ、ぼくらも、背中を
押されているような気がするんですよ。
いままでは、ヘンな話、
マスコミであるということで
「な?わかってるな?
ここはこういうルールだから!」
っていう感じが、それはダメだなと。
違うインターネットという
コミュニケーションツールがあったり、
東芝のクレーマーのことがあったりすると・・・。
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糸井 |
企業は「あ!」と思いますよね。
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T |
いつもの投書なら押さえられるものが、
押さえられなくなってきている。
インターネットの影響で
誠実であらざるをえなくなっているというか。
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糸井 |
子どもができたから、パパ浮気やめた、みたいな。
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T |
(笑)
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