「ガンが治療可能になるのはいつ? その2」
(編集部註)
今回は、回答その2ですが、
念のためにここに質問も記しておきます。
その1を読んでいない方は
こちら→をさきによんでください。
Q、ガンが治療可能になる時代が、
いずれくると言われていますが、
それは、いつ頃のことでしょうか?
また、どういった治療法が
もっとも可能性が高いのですか?
(親戚がみんなガンで死んでいる中年男より)
こんにちは。
まず最初に書かなくてはいけませんが、
前回の文章に誤りがありました。
「今日の夜から来週の木曜日まで泊まり込みで
愛知県内の某病院で実習することになっています。
科は産婦人科ですので、お産や手術を見学して
実習することになるのでしょう。
汚い研修医の宿直室で泊まり込みながら
次回の原稿を練ることに致します」
と、前回の回答の最後に書いたのですが、
実際は”汚い宿直室”ではありませんでした。
僕が実習した病院は、改修されてからまだ日の浅い病院で、
宿直室はとてもきれいな部屋でした(笑)。
壁は真っ白で、余分なものも何一つおいておらず、
6畳ほどの広さの部屋にあったのは、
スチール製の2段ベッドが二つと、
灰色のロッカーというシンプルなもの。
ありがたいことに窓もなく、ドアを閉めて明かりを消すと、
眠るのにはバッチリな環境。
何しろ、明かりが何一つ入ってきませんからね。
周囲の人はこの環境を
「囚人のような環境だな、そりゃ(笑)」
などと失礼にも言うのですが、
これはこれでけっこう快適なものに感じてしまったのは、
僕が貧乏性なせいでしょうか。
さてさて、余分な話は程々にして、前回の続きです。
前回は、ガン細胞とは一般的に
どんな性質を持つ細胞なのかということを概説しましたが、
今回からはそれを踏まえて、具体的にどんな治療が
行なわれているのかを書くことに致しましょう。
まずは、「ガンの治療法」と聞かれたときに、
どんな人でも真っ先に思い浮かべるであろう
外科手術についてです。
改めて、前回書いたガン細胞の性質をまとめますと、
・何になるかはっきりと分かっていない細胞である。
・やたら増える細胞である。
・周りの組織にジワジワと染み入っていく細胞である。
・リンパ管や血管を介して他の組織までたどり着いて
そこで増えることができる細胞である。
ということでした。
「こんな気味の悪い細胞たちなら、
いっそのことなくなっちまえ」
というのが健全な人の意見でしょうが、
それを最も単純に実践する方法が外科手術です。
正体が分からず、やたらと増えて周りを侵していく
細胞でも、切り取ってしまえば何も問題は
起こらないはずだ、というのは至極当然のことでしょう。
現に、多くのガンについて、外科手術が
標準的な治療となっていることは確かです。
ところが、とても厄介なのは、
「切ってなくなったはずなのに転移してしまった」
という例もあるということです。
「そんなのおかしいじゃないの。
切ってなくなっちまったはずなのに、
他のところに同じガンがひょこり顔を出すなんて、
オカルトじゃないんだから」
と、思った方、それももっともな疑問です。
でも、実際にあるんですよね。
じっくり周りを見渡して、
知り合いの方に声をかけてみれば、
「手術のあと転移があることが分かって、
それが原因で亡くなった」
という人に容易に突き当たるはずです。
「じゃあ、もともとのガンを切ったときに
取り残しがあったんじゃないの」
こう考えたアナタ、相当の理屈屋ですね
(でも、僕は好きなんだなぁ、そういう人って)。
この辺のことはどこの外科医も考えていることでして、
手術中に切り取った組織は病理医という、
組織を見る専門家の手に渡され、迅速に標本となり、
「一体その腫瘍がどんな組織で」
「どの辺りまで浸潤して(染み入って)いて」
「端っこまできちんと取れているかどうか」
などを顕微鏡で見て診断されることになります。
(以前に「切除された組織はどうなるのですか」
という質問されたときにも
似たようなことを書きましたよね)
この一連のプロセスは術中に行われまして、
きちんと取れていれば、
「ああ、良かった」ということになるわけです。
ですから、取り残そうと思って取り残している
場合ならともかく、とりあえず目で見える部分は
取っていることは確かです。
じゃあ、なぜ切り取ったあとに、
転移が起こるのかというと、正解は
「手術しようと思ったときには、
もうすでに転移が起こっている」
ということなのです。
「そんなバカな!」
とお思いの方もいらっしゃいましょうが、
これが荒唐無稽な話ではないことを
数字を使って説明いたしましょう
(数学がお嫌いな方は飛ばして下さっても結構です)。
細胞が分裂して数を増やすことは
皆さんも中学生の頃ぼんやりと習った記憶があるでしょう。
ガン細胞もこの例外ではなく、細胞分裂によって増えます。
一般的に1個のガン細胞の大きさは10ミクロン
(1mmの100分の1)くらいですが、
ガン細胞は種類にもよるのですが、
数カ月で数が2倍になります。
今、3カ月で数が2倍になるとすると、
超音波やCTやMRIで検出可能な
1センチくらいの大きさになるには、
細胞の数が10の9乗個ほどになる必要がありますから、
およそ90カ月かかる計算になります。
(数学が得意な人は計算してみて下さい。
10の9乗がおよそ2の何乗になるかを
考えれば分かるはずです)
数字が出てきてちょっと息切れされた方も
いらっしゃるでしょうが、これが意味するところは
どういうことかというと、要するに
「手術してから現れたように見えるガンの転移した細胞も、
10年近く前からそこにいた可能性が高い」
ということになるのです。
(現物を確かめることができない以上、
あくまでも推定に過ぎませんが)
「じゃあ、手術で切っても意味がないじゃないか」
という話になりそうなのですが、
そういうわけでもありません。
手術の意義を申しますと、まずは、
進行が比較的ゆっくりしたガンで、
先程述べたような速度で
増えていかないようなガンに対するものです。
これは切除することによって
転移を防ぐことのできる可能性が高いでしょう。
また、転移がある場合でも、
もともとのガンが起こった部位(原発巣と言います)を
切り取ると、その後の生存率が上がる例もあります
(例:大腸癌の肝転移)。
それから、
「ジワジワと正常組織を侵していく」のを
とりあえず防いで、しばらくは正常組織が
きちんと働くようにして上げるという手術もあります。
代表的な例では昭和天皇陛下の膵臓癌に対する手術ですね。
これは根治を目指したのではなく、
膵臓のすぐ近くにある消化管が
しばらくはきちんと働くようにバイパスした
という手術です。実際、陛下は手術後2年ほどは
御公務についておられました。
さて、手術について
もう一つ述べておかなければならないことがあります。
それは術後の合併症です。
これも手術の場所や方法によって大きく違うのですが、
とりあえず言えることは、
ガンだけを取り出すということはとても難しいので、
周りの組織も多かれ少なかれ傷つくことになります。
もちろん、ここで傷ついた組織がその後の経過に
ほとんど影響を及ぼさないようなことも多いのですが、
例えば、神経などの重要な部分を傷つけてしまったときに
重篤な影響を及ぼすこともあります。
今回は、ここまで手術のことについて
考慮しなければならない一般的なことを
書いてきたのですが、どう思われましたか?
あんまりじれったいので
「で、結局手術をした方がいいの? それとも違うの?」
と、先をお急ぎになりたいと思われた方も
いらっしゃるでしょうねぇ。
お気持ちは分かりますが、
手術をした方がいいのかどうかは
その他の方法と比べて検討しなくてはなりませんよね。
そんなわけで、次回からは手術以外の
方法についても述べることにいたしましょう。
今回のテーマは思いもよらず
長期化の様相を呈して参りましたが、
これからもお付き合い下さいませ。
(つづく)
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