DOCTOR
Medic須田の
「できるかぎり答える
医事相談室」

「肩こり」その2
(その1を読んでいない方はまずそちらをどうぞ。)

Q、すごい肩こりですが、
それは、病院の何科で診療してもらえるんですか?
そして、どんな治療法なのでしょうか?
鍼にでもいくのがいいのかなと思ったのですが、
怖いので、病院に行きたいのですが。どうでしょう?
(肩ズッシリ雄 38歳)


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こんにちは
今日は皮膚科の試験でした。

皮膚科の試験と言ってもピンと来ない方が
多いと思いますが、医学部の試験の中で
この試験ほど難しい漢字が山ほど出てくる
試験はないのです。

「掌蹠膿疱症」
「胼胝腫」
「優生遺伝性尋常性魚鱗癬」
「毛孔性紅色粃糠疹」
「鵞口瘡」.......

「頼むから、もっと、易しい漢字使ってくれぇ!」
と叫びたくなるテスト勉強でした。

以前、泌尿器科のお医者さんに、
「先生はなんで泌尿器科を選んだんですか?」
と訊いたことがあったのですが、

「だってさぁ、泌尿器科って、
 扱う器官が限られてるじゃん。
 だから、覚えること少なくて済むんだよ。
 考えてみな、皮膚科になったら、
 あの難しい漢字全部書けなきゃ
 いけないんだから」

と答えられ、その時は「ふぅん」と聞いていたのですが、
今回のテストでそれを実感したというわけです。
皮膚科のお医者さんを見たら、
「この人は難しい漢字をたくさん知ってるんだ」
と思うと、多少は尊敬の念が湧いてくるかも(?)


さてさて、無駄話はこれくらいにして
前回のテーマについて結構詳細に調べちゃいました。
当初は「Best Evidence」というCD-ROMの中の論文だけを
調べる予定だったのですが、
悪い友達に「期待してるよ、今度の連載」と
焚き付けられたせいもあって(笑)、
ネット上で調べられる限りの医学論文を
検索してしまいました。

なんだか、要領が悪くて我ながら嫌気がさしますねぇ。

さて、僕が調べられる限り調べた質のよい論文の中で
とりわけ目を引いたのが、
カナダの Goldsmith, Gross, Peloso, Aker らによる
"Conservative management of mechanical neck pain:
systematic overview and meta-analysis"
という論文です。

この人たちのした仕事は肩こり(neck/shoulder pain)に
ついての1993年までの保存的治療(←切らないで治す治療)
に関する質のいい研究を全て網羅していると
言っても差し支えないんですよね。
何しろ、1985年から1993年までのあらゆる言語の(!)
論文を調べたんですから。
その数なんと917。
おまけに、学術雑誌に公開されていない研究を求めて、
200通以上の手紙を出したと言うんですから、
その手間のかけ方は一介のMedicの手では
とてもできない代物。

しかも、それらの研究の結果を"systematic review"
(「体系的総括」とでも言いましょうか、
「隙のないまとめ」とでも言いましょうか)
という手法で
キチンとまとめてしまっているのです。
だから、この人たちの論文を見つけてしまった時点で
僕の仕事は9割方終わりなのです。

「そんなアホなことあるかいな!
 肩こり言うたら日本人の専売特許や。
 日本人の研究に優るものないんと違うか?」

ごもっとも。
でも、残念ながら、その917の論文のうち、
彼らが検討に値するということで選んだ
27編の論文の中に日本人の手によるものは......ゼロです。
涙が出てきそうですが、これが現状なのです。

さて、彼らの書いた論文をダイジェストで
読んでいきましょう。

イントロのところで、こんなことを書いています。

「ある時点で統計を取れば、13%の人が
 "neck pain"を訴えるという。そのくらいよく
 ある症状なのだ。一生涯となると"neck pain"を
 訴える率は50%になるという」

なるほどねぇ。肩こりに悩まされているのは
日本人だけじゃないわけだ。

「患者が利用できる治療法というのはとても多い。
 実際に標準的な治療として
 受け入れられているものは、
 例えば、薬物治療・理学療法・徒手治療・
 患者教育などがある」

ほうほう、前回、僕が教科書やマニュアルを使って
調べたのと、ここまでは同じだな。
でも、彼らはここからが違うんですねぇ。

「しかしながら、これらの治療が実際に
 用いられるための"evidence"はほとんどない」

財津一郎になって
「キビシーッ!!」
と声を上げたくなるような辛辣なお言葉ですねぇ。
でもこれが事実。
実際に、教科書の書き方は
「こんな治療法もあるし、あんな治療法もあるよ」
なんて調子だけど、
「じゃあ、実際、どれが効くっちゅうねん」
と言われると、
「ムニャムニャ」
となってしまうことは目に見えているんですねぇ。

だって、そこまで調べて教科書書いている先生なんて
日本人ではほとんどいないもん。
(いいのかなぁ、こんなこと書いちゃって(笑))

でもね、だからって、彼らを責める気にも
ならないんですよ、僕は。
なぜかっていうと、キチンとした研究デザインの臨床研究
(専門用語でいえば、randomized-controlled trial
 =無作為割付試験 ってやつ)
を土台にして治療法を考えようっていう
習慣がなかったんですからね。

おっとっと、話がまたずれてしまいました。 
論文は続きます。

「neck pain の保存的治療は様々だが、
 その有効性を確かめるために、
 様々な分野を専門とするメンバーで構成された
 我々のチームが、この
 systematic overview を行ったのである」

カッコイイですねぇ。
こんな大見得切ってみたいですよねぇ。 

「おい、もったいぶらねぇで、早く結果を書きやがれい!」

そうですそうです。それじゃ、以下数百行を
すっ飛ばして、注目の研究結果に
移ることにいたしましょう。

ちなみに、彼らが詳細に調べた選り抜きの論文27編には、
本当に色んな治療法が含まれています。
ある論文は、「マッサージ・運動・温熱・冷却・鎮痛薬」の
組み合わせを調べていますし、またある論文は、
「スプレー・ストレッチ」の組み合わせだったり、
はたまた、「患者に教育するだけ」の研究もあったり、
なんとある論文では「鍼治療」まで調べているんですよね。

で、これらの信頼のおける論文を詳細に検討した結果、
彼らが出した結論は

「どの治療法についても一般的に言えることだが、
 その有効性をキチンと確認するためには、
 より詳細な研究が必要である」

「へ? そんな殺生なぁ!
 Goldsmithさんも人が悪いわぁ」

と思わず声をかけたくなるのですが、彼らは続けます。

「neck pain を治療するためのアプローチは色々とあるが、
 そのリスクやコストを考えると、
 理想的な治療法を決定するためには、
 これ以上の研究が必要なのである」

誠実と言いましょうか、くそまじめと言いましょうか、
ともかく彼らは1993年の時点での neck pain に関する
あらゆる研究結果からはこのような結論しか
導けなかったというのです。

さて、「肩ズッシリ雄」さんを初めとする
全国の肩こりで悩む方々に残された一縷の望みは、
Goldsmithさんらが調べていない1994年以降の研究ですが、
これは僕の手で調べられるかぎり調べてみました。
僕の判断で検討するに値する論文は10編ほどありましたが、
どれも治療法として決定的なものではありません。
実際、そのうちのいくつかの論文には同じような調子で 
「より詳細な研究が必要」
とご丁寧にも書いてあったくらいですからね。


「あーあ、せっかく半月かけて調べたのに、
 徒労に終わったのね。つまんないの」

と落胆された方も多いでしょう。そして、

「アタシの肩こりを一発で治す治療法を見つけてくれたら、
 合コンのメンバーなんか
 いくらでもそろえてあげたのに」

なんて声を上げた方もいらっしゃるかもしれない......
なんてことはないな(笑)

でも、一つだけ自信を持って言えることはあります。
「うちに来れば、どんな肩こりでも一発で解消!」
などという宣伝文句をかかげている医院・病院・
治療院なりがありましたら、その人は(恐らく無自覚で)
嘘っぱちを言っているということです。

もちろん、ある治療法が偶然に体質にピッタリと合って、
肩こりから解消されるということも
一定の確率で起こりうるのですが、
それが万人に効くとは限らないことは
認識しておく必要があるでしょう。

ともあれ

「肩こり程度のことでも、世界中で色んな人が
 研究していることは事実です。で、
 その研究結果をかき集めて調べた人も見つかりました。
 でも、彼らの言うには、
 決定的な治療法はまだ分からないらしいんです」

というのが、今回の僕のまとめということになります。

なんか締まらないなぁ(笑)

1999-06-28-MON


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