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『かならず先に好きになるどうぶつ。』発売記念 イトイさんのことばをひとつ選ぶ。 - こんな10人に頼んでみた。

こんにちは。
糸井重里の1年分のことばからつくる本、
小さいことばシリーズの編集を担当している
ほぼ日の永田泰大です。
9月1日、シリーズ最新作となる
『かならず先に好きになるどうぶつ。』が出ます。
その原稿を10人に読んでもらい、
こんなお願いをしました。
「好きなことばをひとつ選んで、
自由になにか書いてください。」
さて、誰がどんなことばを選ぶのだろう。


菅野綾子が選んだイトイのことば。

お好み焼きを食べながら、お好み焼きの話もした。

(糸井重里 『かならず先に好きになるどうぶつ。』より)


「糸井重里」になれたかどうか。

菅野綾子

ほぼ日の菅野です。
私はほぼ日に入ってここまで20年、
さまざまなことにチャレンジして、
一所懸命、たのしく仕事をしてきました。

チョット待って。
20年ですよ。

はたして私は一歩でも
「糸井重里」に近づけたのでしょうか? 

誰かと自分を比べることは
バカバカしいというのはわかっています。
そもそもの人間がちがいますし、
社長といち社員です。
時代を動かしてきた人と、
秘密ですがある奇妙なものを動かしてきた人間です。
おこがましいのもわかっています。

でも、くやしいじゃないですか。
20年もほぼ日で
仕事させてもらってるんです。
私はぜんぜん、
「糸井重里」ではありません。

なぜ自分は「糸井重里」になれないのか。
じつはこのことは最近、
社内の雑談で話題にのぼることでもあります。
「私たち、長くほぼ日にいるけど、
糸井さんに近づけているのだろうか」

いいえ。

このたびとりあげた、この一文。

「お好み焼きを食べながら、お好み焼きの話もした。」

私には書けません。
なぜ、書けないのか。
書けないのです。

この文のポイントは、ひとまず、
お好み焼きの話「も」した、の「も」でしょう。
「お好み焼きを食べながら、お好み焼きの話をした。」であれば、
ちょっとは自分にも書けそうな気がします。
けれどもそれではわざわざ書き残すことはしない。
結局は書けないのです。

ちょっと話が逸れるようなことを言いますが、
糸井さんは能力者なんです。
それはオカルトとかそういうんじゃありません。

糸井さんは、観察と洞察で、
そこにある違和感を浮かびあがらせ
「それはいったいなにで、なぜか」を
すばやく見抜きます。
あるいは容赦なく質問します。
見て見ぬふりはそんなにしません。
コナンくんや古畑任三郎さんのように
「あのときから怪しいと思っていたのです」
というダンマリも、あんまりやりません。

その違和感には、
ドラマティックなことや
私たちがかんたんに解決できない事柄が
ひそんでいます。
言葉にもならないもやもやも、そこにあります。

糸井さんはその観察と洞察を、あらゆるところで
しょっちゅうしょっちゅうしょっちゅうして、
しかも自分でも試しています。
これは、じつはゴムゴムの実を食べなくてもいい、
私もみなさんもがんばればできることなんです。
「おまえもがんばれ」と言われたことが
ほぼ日のスタッフなら何度もあります。

加えて、その観察力には客観性があります。
その客観が、また特別なんです。

社外のある方と飛行機で隣り合わせになったときに
こんな話をしていただいたことがありました。
「糸井さんはものすごい合理主義者ですね。
しかもそれは、ご自分、つまり人間を、
自然の一部ととらえた合理主義です」

合理主義、とこの方が思ったのは、さきほど述べた
「違和感を感じることのできる観察力と洞察力」で、
何かを解決する場合の道のりが超短距離で見えている、
ということだと思います。
でも糸井さんには「合理主義者」というような
ピリッとクールなイメージはなくないですか? 

この方がおっしゃったとおり、そこに
自然=ネイチャーが入っているからです。
自分が正直なまま入ってしまっているから、
話がまったく短絡的でなくなる。

しかも、なんでしょう、
ヒッピー世代の特徴なんでしょうか、
背負っている荷物が、少なすぎるんですよ。
会社の社長なのに、すぐ「0」になる。

私は、糸井さんに比べれば、
なんの責任も負わずに生きている人間です。
それでも家族や老後やお金や連載や孤独を気にして、
虚栄心、好奇心、欲、嫉妬、逃避事項など、
背負っている荷物が重く息もたえだえです。

糸井さんは社長なのに
何も守っていないようにも見えます。
なんでも「やめていい」と本気で思っています。
大胆というのともちがうのです。
やめたほうが、ほんとうにほんとうの、
もっとちゃんとしたものを守れるから。

お好み焼きそのもの、お好み焼きをとりまくもの、
お好み焼きを前にした自分の心のきれはし、
食べた自分、しゃべった人たち、空気、熱、速さ。
お好み焼きを食べているのにお好み焼きの話をする、
幸福なばかばかしさ。
そのほかの話もたのしかったんだ、という思い。
ただのひとりの、お好み焼きを好きなだけの人。
これじゃなきゃ、書けないんです。

お好み焼きの一文だけじゃない。
この本のぜんぶの文が、
糸井さんでないとまったく書けません。
怖いくらいです。

私は20年たっても
「糸井重里」にはなれませんでした。
でも、ひとしずくでも、
糸井さんの感覚を吸い込んでいたならば。

永田さんの編集する、
この本のシリーズが出るたび、それを思います。
ここにはそれが、日本一わかりやすく、
永遠に向かって入っている。
みんなが読んでそれでポーンポーンと遊べます。
あこがれと悔しさ、
かわいらしさとうらやましさで、
いつまでも心が震えます。
おぉーい、これがわが社の社長だよー。

さぁ、吸い込もう、お好み焼きの空気を。
糸井さんの本を読みながら、
糸井さんの話もしよう。

菅野綾子のプロフィール

菅野綾子(すがの・あやこ)

京都府出身。ほぼ日乗組員。
2001年からほぼ日刊イトイ新聞に関わり、
さまざまなコンテンツを作成。
吉本隆明、谷川俊太郎、横尾忠則といった
時代を超えて残る異才のことばを編集する一方、
みうらじゅん、前川清、田島貴男ら、
個性的なクリエイターの担当として
独自のコンテンツを多数つくりあげる。
また、現地へ飛び込んでの
「テキスト中継」の名人でもあり、
カロリーメイツシリーズなどの
名物コンテンツを作成。
編集を担当した書籍に、
『ベリーショーツ 54のスマイル短編』よしもとばなな、
『谷川俊太郎質問箱』谷川俊太郎、
『吉本隆明が語る親鸞』吉本隆明、
『土屋耕一のことばの遊び場。』
和田誠/糸井重里、
『かないくん』谷川俊太郎/松本大洋、
『生きているのはなぜだろう』
池谷裕二/田島光二、など。