ほぼ日刊イトイ新聞

ペットといっしょに逃げるには。

いつどこで災害が起こってもおかしくない昨今、
いざというときペットを守るために、
私たちは普段からどんなことを
心がけておけばいいのでしょう。
「ドコノコ」チームのタナカが、
迷子さがし活動などを通して
知り合ったNPO法人「アナイス」の平井潤子さんに、
ペットの同行避難についてインタビューしました。
平井さんは、環境省が今年3月に改定した
人とペットの災害対策ガイドライン」の
編集や執筆にも協力なさっています。
現場をたくさん見てきた平井さんならではの視点で、
避難所の現状や、いま私たちが考えておくべきことなど、
いろいろと教えてくださいました。全3回です。

※このインタビューは2018年8月に行われました。

第1回 いっしょに逃げてもいい。

ーー
よろしくお願いいたします。
平井さんとは、7月の西日本豪雨の際に
広島の避難所に同行させていただいて。
平井
一緒にまわりましたね。
ーー
平井さんは東京都獣医師会の
ビブスを付けていらっしゃったので、
「これは獣医師会の仕事なんですか?」と聞いたら、
「違います」とおっしゃるので、
「じゃあ『アナイス』の仕事なんですか?」と聞いたら、
「違います。平井として来てます。
個人でレポートをまとめて環境省などに上げます」
とおっしゃってて、
かっこいいなぁと思いました。
平井
どこかに所属すると、
しがらみが出てきちゃうので、
個人の活動で行きたかったんですけど、
避難所って、残念なことに
盗難事件が発生していたりするので、
外部の人間は身分を明示しないと
警戒されちゃうんです。
それで、わかりやすさを重視して、
獣医師会の肩書きで現地に入りまして。
ーー
平井さんは、獣医師会だけでなく、
「いったいいくつ肩書きがあるんですか?」
と思うくらい、さまざまな活動をなさってますよね。
平井
はい。メインの仕事は動物関係ですけどね。
ーー
今日は「ペット同行避難」について、
いろいろうかがいたいんですけど、
まず基本的なところから、
教えていただけますでしょうか。
平井
「ペット同行避難」といっても、
犬なのか猫なのか、
単頭飼いなのか多頭飼いなのか、
住まいが高層マンションなのか
一戸建てなのか‥‥と考えていくと、
必要なものも全く変わってきますので、
ひとくくりに話ができないんです。
ただ、前提として、
災害時にペットを連れて逃げてもいいのか
確信が持てない方もいると思うんです。
ですので最初に申し上げたいのは、
「いっしょに逃げてもいいのかな?」
と聞かれれば、私は
「いっしょ逃げてもいいんだよ」と言います。
ーー
いっしょに逃げてもいい。
平井
そうです。そのために、
「どうやったら自分がその子を守れるか」
「安全に避難できるか」ということを、
一つ一つ準備しておくことが大事なんですけど、
なかなかできている人が少ないです。
災害といってもいろいろありますが、
震度7の地震で揺れている室内の動画があるので、
まずは見ていただけますか。
(Youtubeの動画を見る)
ーー
‥‥改めて見ると、
ものすごいですね。
平井
こんなに揺れていたら、何もできないですよね。
私は「同行避難」のワークショップをするときは、
最初にこの動画を見ていただいています。
震度7レベルの揺れが起こっているときって、
「いっしょに逃げてもいいのかな?」
なんて考える以前の問題がありますよね。
揺れのなかで、
逃げまどっている犬を捕まえられるのか、
猫を捕まえられるのか。
落ちてくる落下物をどう防ぐのか。
ーー
たしかに‥‥。
平井
だから、まずできることは、
「家で無事に待っていてくれる環境」を
作ることです。
全ての耐震対策ができなくても、
この部屋だけは安全、
ここにペットが逃げ込みさえすれば大丈夫、
という場所を作っておく。
そういうところから考えるようにしないと、
たとえ
「数日分の水や餌を用意しています。
高価な防災セットを用意しています」
と言っても、ペットは守れないということを
まず知ってほしいと思っています。
ーー
防災セットを用意するだけで
終わりではないですね。
平井
「外出しているときに
災害が起こったらどうする?」
「そのまま戻れなかったらどうする?」
「別々に被災したときにはどうする?」
という想像をしておくといいですね。
ーー
具体的には、どんなことを
しておけばいいでしょう。
平井
ペットの居場所の見直しの他に
できることとしては、
ペットに飼い主明示をしておくことです。
首輪に名前を付け、
その首輪を室内でも外さないようにしておく。
ペットを連れて逃げる際の
キャリーバッグやケージの準備をしておく。
避難先で拒否されることのないよう、
予防接種や狂犬病ワクチンを打っておく。
日頃からしつけをしておく。
また、はぐれたときのことを考えて、
マイクロチップを入れておくことや、
迷子になったときのために
平時に迷子チラシを作っておくことも有効です。
ドコノコ」さんのアプリに登録しておくと、
いざというときチラシをすぐ作れますよね。
ーー
そうなんです。
今年の8月31日から、犬や猫のプロフィールに
写真をあらかじめ登録しておくことで、
迷子チラシの印刷データが
簡単に作成できるように
なりました。
平井
何が起こるかを想像して、
自分の責任でどこまでやるかを考えていけば、
日常生活の中に答えがあると思うんです。
流通が完全に止まってしまったら、
買いものをしたくても、
お金があっても、ものがない、みたいな状況になります。
ペットフードを準備するにしても、
病気の子だったら療法食の用意もしておくこと。
薬の予備はあるか、病院の場所は分かっているか。
犬と猫でも違うと思いますが、
いざというときの切り札になる
「お助けカードを何枚用意できるか」
というのが私は飼い主力だと思っています。
ーー
飼い主力。
平井
それから、「避難」というと、
みなさん「避難所に行くことだ」と
思いがちなんですが、
そうでないケースもあります。
電気や水道が止まっていても、
「自宅避難」という形で、自宅にいながら
物資や情報は避難所に取りに通うという
ケースもあります。
また、自宅が大丈夫だったけれど、
高齢者や人工透析を受けている方のように
すぐに医療を受けたい方が避難所に移動して、
そこから家にペットのお世話に通うという
「自宅飼育」の方法を
取られている方もいらっしゃいます。
特に猫は、避難所で小さなキャリーバッグで過ごすより
自宅で避難するほうがいいので、
余震による倒壊とか火災には気をつけて、
家を安心して住める状態にすることが
大事になってきます。
ーー
たしかに、避難生活といえば、
避難所に行くというイメージがあったんですけど、
自分は避難所に行くけれども、
犬猫は自宅で飼育もするという
選択肢もあるんですね。
平井
そうですね。
また、自宅に住めなくて
ペットとともに避難所で生活する場合でも、
無数にパターンがあります。
飼い主さんがペットと同室で過ごせるとは限りません。
人の生活するゾーンとペットのゾーンが
完全に分かれている避難所もあれば、
避難所の敷地内でテントを張って
一緒に暮らしている人もいるし、
エコノミークラス症候群の対策をしながら
車の中での避難生活というケースもあります。
ーー
避難所で
犬猫を受け入れてくれるかどうかって、
どのように決められているんでしょうか。
平井
そこが今の私たちの課題なんですけど、
ペットを受け入れるか受け入れないかというのは、
その避難所を運営する側の判断で
おこなわれているんです。
たとえば宮城県の例では、
「避難所の中はペットは無理です」と
判断している避難所がありました。
津波被害で小学校の体育館が避難所になっていて、
高齢の方が横たわってお休みになっている。
そうしたら、いくら家族の一員だとはいえ、
余震のたびに吠えてしまう犬を入れることは難しい、
という判断でした。
ただ、その避難所は、
「動物は、避難所の外で共同飼育するなり、
安全な場所を見つけて飼育するなりしてください。
その代わり、避難所で、
犬の餌だとか動物の支援に対する情報は集めます」
という方法をとっていましたけども。
ーー
なるほど。
平井
また、避難所にペット飼育スペースがある場合でも、
犬や猫が苦手な方もいますし、
アレルギーの方もいらっしゃいますから、
飼い主さんは、とにかく周囲への配慮が必要です。
ペット飼育スペースのポイントは、
人の暮らしとの動線が交わらないようにする、
匂いだとか声への苦情が出にくい場所、
掃除しやすい場所、とかいろいろあるのですが、
避難所によって条件が違いますので、
できれば、自分が入る避難所の避難訓練に参加し、
その中をまず一回りしてみることを推奨しています。
犬連れで行かなくても、飼い主さん同士で、
「ここだったら犬を置けるわね」という所を
あらかじめチェックされておくといいのかなと思います。
ーー
そういう努力をせず、
単に、避難所で権利を主張するだけに
なっちゃったらいけないですよね。
平井
そうですね。
平成23年に環境省が
備えよう!いつもいっしょにいたいから」という
災害対策のリーフレットを作ったんです。
その後、避難所でそれを提示して、
「国だって、こういうふうに同行避難と言ってるんだよ」
と言って、避難所にペットを
入れてもらえたケースもあるそうです。
でも、避難所の担当者がみんな
そういう事情を知っているとは限らないです。
以前うかがった被災地の、ある避難所では、
「ここはペット不可と決まってるからだめです」
と言われて、自宅に帰られた方がいたそうなんです。
それを聞いて、私としては、
「帰った人は、その後無事だったのか確認したのかな」
というのがどうしても気になっちゃうんです。
万が一、土砂崩れに巻き込まれて亡くなっていたとしたら、
それを伝えることができないわけですよね。
「ペットは飼い主が守りましょう」
というのは基本ですが、
人の安全を第一に考える
避難所の受け入れ体制みたいなものを
自治体が作っておくべきなのかなとは思うんですね。
平井
また、一方で、ペットを飼っている側は、
「避難所にだめと言われたら、おしまい」
と思わずに、いろんな手段を探してほしいです。
東日本大震災のとき、高齢のおばあちゃんが、
「もう飼いきれない、どうしよう」と言って、
年とった愛犬を動物病院に連れて来たことがありました。
そのおばあちゃんには、
一時預かりというシステムが無償であることや、
「こういうふうに譲渡する方法があるんだよ」
という話をしまして、
その犬は無事に譲渡できたんですけどね。
ーー
一時預かりのことや譲渡のことって、
私たちは知っているけれども、
ご存知ない方のほうが多いかもしれないですね。
平井
まさにそうなんです。
発災直後にボランティアの方が避難所に来られ、
「こんな状況じゃ飼えないでしょ、
私たちが引き取るから」と言われて
ペットを手放した方がいました。
その後しばらく経って一時預かり支援の話を聞いて、
「こういう一時預かりという手段があるんだったら、
手放さなかったのに」
と後悔されている、という話も出てきています。
発災直後にどうしてもいっしょにいられないときは、
獣医師会やボランティアの方々による
一時預かりシステムもありますし、
保護して譲渡するボランティア団体もあります。
そういうことをもっと周知するために、
我々も情報発信を続けていかなくてはと思っています。

(つづきます)

2018-09-24-MON

平井潤子さんプロフィール

NPO法人ANICE(アナイス)代表。
公益社団法人東京都獣医師会事務局長。
(公財)日本盲導犬協会、(公社)日本動物福祉協会、
(公財)日本動物愛護協会、
三宅島噴火災害動物救援センターなどでの
ボランティア活動を経て現在に至る。
日本獣医生命科学大学 応用生命科学専攻博士後期課程修了。