ほぼ日刊イトイ新聞

ペットといっしょに逃げるには。

いつどこで災害が起こってもおかしくない昨今、
いざというときペットを守るために、
私たちは普段からどんなことを
心がけておけばいいのでしょう。
「ドコノコ」チームのタナカが、
迷子さがし活動などを通して
知り合ったNPO法人「アナイス」の平井潤子さんに、
ペットの同行避難についてインタビューしました。
平井さんは、環境省が今年3月に改定した
人とペットの災害対策ガイドライン」の
編集や執筆にも協力なさっています。
現場をたくさん見てきた平井さんならではの視点で、
避難所の現状や、いま私たちが考えておくべきことなど、
いろいろと教えてくださいました。全3回です。

※このインタビューは2018年8月に行われました。

第3回 ペットごしに人がつながる。

ーー
いまさらの質問なのですが、
そもそも、なぜ平井さんは
こういう活動をはじめたんでしょうか。
平井
もともとはどこにでもいる
動物好きな主婦だったのですが、
2001年に日野市に作られた
三宅島噴火災害動物救援センターで
活動していたときに、一緒にいたメンバーと
「災害時だけに救援するんじゃなくて、
平時から飼い主にやってもらいたいこともあるし、
行政側が整えなきゃいけないこともあるね」
ということで「アナイス」を立ち上げたんです。
そのときのメンバーは、
獣医師さん2人と私の3人でした。
3人のうちの1人が、今の東京都獣医師会の会長で、
そんな縁で現在は東京都獣医師会に在席しています。
ーー
(資料を見ながら)
あれ、その三宅島噴火災害動物救援センターでは、
平井さん、
メンテナンスチーフだったんですか。
平井
そう。私、メンテナンスの係だったんです。
センター全部の大工仕事をしてました(笑)。
その後、犬舎のチーフも兼任していました。
ーー
大工仕事!
平井
はい。
動物に触りたい、というボランティアは多いんですが、
触らないけど何か手伝いたい、という人は
少なかったので。
私も、最初は「被災した犬がかわいそう」
という気持ちだけでした。
そのセンターからは富士山が見えるんですけど、
毎日、最後に犬舎の掃除をしている時間に
富士山が夕焼けできれいに染まっていたので、
その掃除の時間を「富士山を見る時間」と決めて、
「ほらみんな! 今日も富士山がきれいだよ」
なんて言っていたんですね。
そうしたら、あるとき三宅島から避難してきて、
作業を手伝ってくださっている方がいまして、
私、その方に富士山のほうを指して、
「ほらきれいだよ」と言ったら、
「あ、雄山(おやま)が真っ赤っかだ」とおっしゃったの。
ーー
雄山。
平井
雄山って、三宅島の噴火した山なんです。
「あ、この人の心の中にある山って雄山で、
しかも、そこに帰れないんだ」
ということをそのとき強く思ったんです。
そういう会話をしているなかで、
「こういう活動を通して、
動物を助けているというよりも、
動物の向こうにいる飼い主さんの
心の支えみたいなものになれているとしたら、
それは大事なことなのかな」
と感じたんですね。
だから、被災者の方と接点があったのは
私のなかで大きいんです。
「普段からもっとやれることがあるんじゃないか」
と思ったわけなので。
ーー
犬猫の世話を通して、
人の支援をしていこうと思われたんですね。
平井
そうですね。
動物の後ろには飼い主さんがいる。
困ったことも、後ろに飼い主さん、
いいことも、後ろに飼い主さん。
野生動物でない限り、必ず人が関わってきます。
だからきっかけは動物好きだった、というだけですが、
今のような活動に結びついています。
ここのセンターはいろんなことをやっていたので、
近所の老人ホームに入所している
おばあちゃんも遊びに来られてたんです。
80歳を過ぎてらして、
「作業はできないけど、猫は好き」と言うから、
猫舎に入って、猫と遊んでてもらったんですよ。
ーー
ああ。いいですね。
平井
猫にとっても、
おばあちゃんにとってもよかったです。
ほかにも、登校できず、
ずっと家にいたという子が来てくれて。
そのセンターは、しがらみが全然なくて、
スタッフみんながニコニコしていたので、
そこに居場所を求めて、
活動に参加してくれる方も多かったです。
被災動物だけじゃなくて、
活動に参加してくれる人にとっても、
役に立ってる場所なんだなと思ったんですね。
別に災害の救援シェルターじゃなくても
どんなものでもいいと思うんですけども、
いろんな人が気軽に立ち寄れる環境を
作ることが大事というか、
おもしろいなと思いました。
だから、センター終了するときは、
みんなが泣いちゃって。
ーー
みんなの大事だった場所がなくなるから。
平井
そう。泣きながら「本当に閉めるの?」と言われて、
大変でしたけどね。
いまでも賛否両論あって、
「動物のケアなんだから、ほかのことまで
責任持てないのに関わっちゃだめ」なんて言われます。
ただ、私も適当な性格なんで、
「相互作用でうまくいってるんだったらいいじゃん」
と思っていました(笑)。
その救援センターも、けっこう改良したんですよ。
猫舎も、ケージじゃなくて、
猫の遊び部屋を作って、部屋ごとに
「ここはアジアンテイスト」なんて言って、
アジアン柄のカーテンを吊るして
壁のベニヤ板をぶち抜いて、安いプラ板で窓作って、
外から中が見れるようにしたり。
それで窓の縁に台を作ると、
猫たちがそこに座って外を眺めているんです。
で、人が通ると窓の内側からちょっかいを出す。
そこで作業するボランティアさんも猫もたのしい。
いろんなものを拾ってきて、麻布を巻いたり、
絨毯貼ったり、キャットタワーを作ったり‥‥。
▲三宅島噴火災害動物救援センターにて。
ーー
いやあ、いいですね。
平井
そういう、たのしい環境を作っていたら、
あるとき叱られちゃったんです。
ーー
どうしてですか?
平井
センターには犬猫を引き取りたいと思う
譲渡希望者が見に来られるんですけど、
その人たちに
「ここがこんなに快適だったら、
ここにいればいいじゃない」
と思われたらいけないから、
「もっとかわいそうな状況にしなきゃだめ」
と言われて‥‥。
ーー
ええ! そんな。
平井
それが、今から20年近く前の、
日本での動物愛護の考え方だと思います。
ーー
みすぼらしく、かわいそうに見せないと、
貰い手がつかない。
平井
そう。被災動物に限らず、
「かわいそうな子を救う」
みたいなところで考えがかたまっているから、
譲渡も広がらないし、
「かわいそうな状態を見るのが嫌だ」という人は、
動物愛護センターにも足を運ばないわけですよね。
動物が好きな人って、
「自分が救わなければ、殺されちゃうと思うと、
その場に足が入れられない」
と言うんですよ。
「だったら、そこがハッピーな場所にすれば、
みんなが来てくれるでしょ」
というふうにしたかったんですね。
ーー
あぁ、なるほど。
平井
やっぱり、動物と人との関係においては、
きちんとした日本のフィロソフィーが
必要なんじゃないかと思っています。
日々の暮らしのなかで、
動物とどう向き合うかという軸がないと、
災害時のことを考えられないと思います。
救援側も同じで、平時に、
動物と人との関係が整理できてないと、
被災した途端に、
今まで野良犬、野良猫だった動物まで
全部保護して全部救う、みたいな現象がでてくる。
動物が好きな人にとってはうれしい状況ですけれど、
災害時だけ「救護しましょう」と手厚くして、
ペット防災の普及啓発をするより、
本来は、平時に
「日本の動物の飼い主って意識が高いね」
と言える状態じゃないといけない。
命に責任を持つ国民性にならなければ、
どんなに救援側が頑張ったって、
ボランティアが引き取って譲渡したって、
まだまだ飼育放棄だってなくならないと思うんですね。
そういう飼い主さんを増やしていくという意味でも、
「ドコノコ」さんが、こうやって
たのしく情報発信してくださってることが、
すごいうれしいんですよ。
ーー
ありがとうございます。
「ドコノコ」の意義って、「1人じゃないんだ」と
思えることも大事かなと思っています。
「私はちゃんとやってる」と思っている人、
「できてるかな」と不安に思っている人、
いろいろいますが、
人とつながっていくと物差しが見えてくるので、
「ちゃんとやってる人、たくさんいるんだ」
「こういうところを見習ったほうがいいな」
ということが見えやすくなってくるんですよね。
啓発モードになって
「こうすべきです」みたいにはやりたくなくて。
平井
「アナイス」がそれで長年失敗してたんですよ(笑)。
どうしても表現が堅くなってしまって。
ドコノコさんのいいところは、
すごくおしゃれでたのしいのに、
実はすごく役立つことをやっている。
それがすごいいいなぁと思ってます。
ーー
ありがとうございます。
パッと見たときのビジュアルで拒否されちゃうと、
何も情報が入ってこないから、
ひと目みて「かわいい」と思っていただくことが
大事かなと思っています。
平井
ペット防災自体の対策って、
「動物を放しちゃったら、
地域の人たちの迷惑になるかもしれない」とか、
「放された犬が子どもを怪我させちゃうかもしれない」
というふうに考えると、
対策を立てること自体が
飼ってない人の利益でもあるんです。
そういうコンセプトで、
今回、環境省のガイドラインは改定してるんですよ。
ーー
どうしても飼い主寄りの話ばかりになっちゃうと、
75パーセントの世帯はペットがいないわけなんで、
関係ない話になってしまう。
だけど、災害時には、
そのペットごしに、人と人が
どうつながるかというところがありますよね。
飼ってる人だけの話ではない。
平井
はい。センターで活動する人って、
「動物に詳しくないけれども
ホームページは作れます」と言う人もいます。
三宅島センターのときにホームページを
管理していた人は沖縄の人なんですよ。
ほかにも、
「動物には触れないんだけど」と言う人が、
「でも被災者のために何かしたいから」と、
洗濯だけに来てくださるなど、
うれしいエピソードがたくさんありました。
「動物は嫌いだけど、でも手伝いたい」
という気持ちを持ってくださるのって、
うれしいですよね。
そういうきっかけがあったので、
今も活動を続けているんだと思います。
もちろん災害は起こってほしくないんですけど、
私、現場で人との接点を持てる仕事が
やっぱり好きなんです。
ーー
センターでの話をうかがって、
平井さんが、こういうことを原体験として
動いているんだなってわかりました。
平井
ほんとうに人の役に立っているのかなって、
ときどき思うんですけどね。
それでも、津波で家が流されたという親子が、
飼っている猫のことを話しながら
笑顔を見せてくださったときや、
高齢のおじいちゃん・おばあちゃんが、
避難所で犬を飼っていて、
「この子のために頑張る」と言っているのを聞くと、
本当にペットの存在って大きいんだなぁと思います。
幸い、私たちは過去の災害に学ぶ力がありますので、
飼い主さん同士が協力でき、人にも配慮しながら
共生できる環境が避難所の中にできれば、
とてもうれしいですね。
そうそう、迷子対策も、
タナカさんと初めてお会いして、
「ドコノコ」の迷子掲示板機能を見たとき、
ものすごく感動しました。
「まさにこれが欲しかった」というもので、
それが無料だったので。
私にとっては、今まで、
「どうしたらいいんだろう」と考えていた
迷子の課題を解決する、1つの入り口に思えました。
ーー
そう言っていただけると光栄です。
平井
今後も協力して、いろいろな取り組みを
ご一緒できたらいいなと
思っていますので、よろしくおねがいいいたします。
ーー
ぜひよろしくお願いいたします。
あの、さっきから気になっていたんですけど、
その腕の引っかき傷は、猫ですか?
平井
(腕を見ながら)
そうなんです(笑)。
いま、小笠原の猫がうちにいるんです。
人がペットとして小笠原に連れて行った猫が
むこうで野生化してしまって、
頭数が増えて、特別天然記念物の鳥を殺しちゃうという
問題が起こっているんですね。
それで島でノネコを捕獲して、
東京に連れて来て
東京都獣医師会が健康チェックと馴化をして
譲渡する活動をしているんです。
で、特にやんちゃな猫が今うちに。
ーー
小笠原の野生児が。
平井
はい。本当は別の方に差し上げるために、
小笠原から来たんですが、
ちょっとやんちゃが過ぎるので、
なぜか私のところに(笑)。
ーー
平井さんなら大丈夫、と思われたんですね(笑)。
平井
もう本当に内地の猫と違うんですよ。
キョエ~ッと叫びながら飛び掛かってくる。
でもね、かわいいです。
寝てると特にかわいい。
起きたらまた飛びかかってきますけど(笑)。
▲現在、2匹の小笠原から来た猫がご自宅にいるそう。
奥が2016年に来た「ルフィ」。手前が今年7月に来た「がんすけ」。
ーー
その猫、ぜひ「ドコノコ」にアップしてください。
日々の馴化具合が見たいです(笑)。
いや、今日はとても勉強になりました。
一緒になにかできるか考えていきたいですね。
どうもありがとうございました。

(終わります)

2018-09-26-WED

「ペット同行避難」ワークショップも開催しました。

このあと、平井さんは
「ペット同行避難」ワークショップを開催してくださいました。
5名ずつで避難所運営チームをつくり、
みんなで知恵を出し合いながら避難所内での
ペット飼育環境を整えていくというものです。

▲説明をしてくださる平井さんと、
事前に申し込みをしてくださった「ドコノコ」ユーザーのみなさん。
▲カードゲーム形式で、たのしく学びつつ、
周囲に配慮しつつペットを飼育するための運営方法を考えます。

▲避難所で実際に起きた例がカードに書かれてあり、
それに対して、どう対応していくか‥‥。
みなさん真剣でした。

アプリ「ドコノコ」は、自宅の住所ではなく
近くの避難所を登録できるようになっています。
また、ご近所で投稿されている犬や猫もわかります。
普段から犬や猫を通じてなんとなく知っている
ユーザーさん同士が、もしものときは
避難所で助け合うような関係が
育まれていければいいですね。
ドコノコチームは、今後もオフ会やワークショップなど
ユーザーさん同士が交流できる機会を
作っていきたいと考えています。
どうぞご期待ください。

平井潤子さんプロフィール

NPO法人ANICE(アナイス)代表。
公益社団法人東京都獣医師会事務局長。
(公財)日本盲導犬協会、(公社)日本動物福祉協会、
(公財)日本動物愛護協会、
三宅島噴火災害動物救援センターなどでの
ボランティア活動を経て現在に至る。
日本獣医生命科学大学 応用生命科学専攻博士後期課程修了。