Drama
バンドマンという幸福な商売
沼澤尚さんと、とてもホンネな話。

「沼澤の皮」大好評です!


Photo:Toshihiko Imai
(Rhythm&Drums magazine)


ほぼにちわ。
3連休中で「ほぼ日」のアクセスも
普段よりおとなしめになっているにも関わらず、
J&B「THE TIME 4 REAL」アルバム、
はっきり言って売れておりますっ!

この尋常じゃない売れ行きには
ぼくらスタッフも驚きっぱなしです。
この売れ行きには、 ぼくらだけでなく、
沼澤尚さん、ご本人も驚きのようです。
土曜の朝、届いたメールを紹介しますね。

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Subject: ありがとう!!!
すごいね、しかし、全部が。
メールも全部読ませてもらってるし、感激です。
このTNマーク&おさるのデザインはすばらしい。
いつかTシャツにしたいです。
あ、後800以上サインしなきゃ・・・。
沼澤 尚


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実は「沼澤の皮」は現在も制作中なのです。
なにせ、1000枚のサインですから
忙しい合間をぬって
ドラムの皮にせっせとサインをしてもらっています。
この「沼澤の皮」目当てに
「もう、買ってしまったけど、
 『沼澤の皮』が欲しいのでもう一枚買いました!」

って方が続出しております。
限定1000枚、追加販売の予定は無いので
ぜひ、この機会にお買い求めください。

今の売り上げを見ていると、
どうやら、この日曜日、月曜日がヤマになりそうです。

スタッフの一人が携帯電話の待ち受け画像を
この「TNマーク&おさる」のアイコンに
しているのを発見した沼澤さん。
「何、それ!どうやったらできるの!
 わぁ、ぼくもやりたいっ!」
と、おっしゃってたので
「TNマーク&おさる」のアイコンを
沼澤さんにも送りました。

BACK

多分、今ごろ、沼澤さんの携帯電話にも
このアイコンが輝いているはず。

メールもいっぱい届いてます。
ご紹介できる数に限りがあるので
その中の一通を紹介しますね。

沼澤さんのドラムをはじめて知ったのは
昨年の「Beautiful Songs」でした。
奥田さんが大好きなので、
奥田さんめあて?で行ったのですが
そこで沼澤さんのドラムに衝撃をうけました。
ドラムやギターなど、全く詳しくないけれど、
私の感覚が一皮むけちゃうぐらいの
「ええええっ?!」と言う驚きでした。
すらりとしたドラミングなのに
何か強くこちらに伝わってくる・・・
何か言葉が見つからないけど、凄かった・・。
ホント凄かったなぁ〜・・・と感動し、
また日々の暮らしに追われていた頃、
darlingが「ほぼ日」で
沼澤さんのライブに行かれた事が書かれていて
あ〜〜そうだった・・・
またあの感覚を味わいたいなぁ〜〜
と思っていた矢先の今日のCD発売のニュース。
もう買わない訳がありません。
あんなに凄いドラムを叩いてくれるのに、
可愛く!にっこりしてくださる所など、
柔らかくて素敵です!
CD、楽しみに待っています!
(かじやまえりさん)


沼澤さんのドラミングはちょっと凄いんですよ。
「テクニックがこう凄い」っていうことじゃなくて
知らないうちに心をわしづかみにされていて
わしづかみされている自分に気づいて
また、びっくりしてしまうんだよなぁ。

https://www.1101.com/drum_t4r/numazawa_kawa.html
こちら↑をご覧いただくと
「沼澤の皮」を制作するにあたって
演奏してもらった
沼澤さんのドラムソロをみることができます。



こちらもぜひ、見てくださいね。
今日の対談は
ほぼ日スタッフ内でも
「民生の『29』って誰か持ってる?」
と、皆が自宅のCDの棚を探しまわった内容です。


それでは、どうぞっ!

第3回
奥田民生を知らなかった
外タレ・沼澤尚の幸運


沼澤 民生君のファーストソロアルバムは
スティーブ・ジョーダンが
ドラムをやってるんです。
糸井 あーそう!
沼澤 ぼくは、当時アメリカいたんですけど
「キース・リチャーズバンドを
 使った日本人のシンガーがいるんだって!?」
ということを聞いて。
糸井 「29」ってやつ? あれ好きなレコード。
沼澤 最高ですよね。
「FAILBOX」っていうミニアルバムも
全く同じメンバーで。
糸井 はいはいはい。
沼澤 あの「29」ってアルバムは
僕は日本から送ってもらったんです。
当時、まだアメリカにいたから。
糸井 えっ、あんときはまだアメリカにいたの?
沼澤 アメリカにいました。
僕にとってキース・リチャーズの
バンドっていうのが、
見に行ったこともあるし、
自分の中でもう、
すごく大きい存在なわけですよ。
それで
「このバンドを使った
 日本人のシンガーソングライターが
 いるんだって?」
ってことになるんです。
糸井 生意気だな(笑)。
沼澤 (笑)チョロッと金を出して
使うような人たちじゃないし、
何か理由がなきゃ
絶対に使わないっていうのはわかるから、
「それちょっと聴かしてくんない?」
って日本から送ってもらって。
それが聞いてみたら、めちゃくちゃ良くって。
「うわ、この人、何ていうの?
 奥田民生って誰?」って。
僕がアメリカで、自分の知り合いをつたって、
「この奥田民生って人すごいと思うんで、
 この人にデモテープを送って、
 自分が一緒に演奏したいんだけど」
って伝えて、
民生君が所属してるソニーの人まで
行き着いて、言ってもらったら、
ソニーの人も
「沼澤さんってあの人でしょ、
 あの人が何でうちの奥田となんか
 やりたいんだ?」
その時はそれで終わっちゃって。
本人に会ってから初めて知ったんですけど、
矢野顕子さんもやっている
「素晴らしい日々」って曲ですけど、
僕あれ、アッコさんのオリジナルだと
思ってたんですよ。
それもビューティフルソングスが終わっても
そう思ってた。
その後、民生君と仲良くなって、
彼のスタジオにユニコーンの譜面があって。
ぼく、日本にいなかったから
ユニコーンを知らなくて。
で、譜面を見ていると、
「『素晴らしい日々』?
 これ、アッコさんがやってるやつじゃないの?」
っていったら、
それ自分の曲だ、って言われて、
それから、ユニコーンの
ヒストリーDVDとかを、
急激に頼んで見せてもらって。
ユニコーンってこんな大ヒットした
バンドだって知ったという。
僕は「29」しか知らなかったんですよ、
奥田民生って人については。
糸井 あの「29」ってアルバムに
たぶん、全部が凝縮されて入ってると思う。
沼澤 そこにも、いるんです。
なぜか奥田民生のファーストソロアルバムに
キース・リチャーズバンドが。
糸井 え、それ、クレジットされてんですか?
ドラマーのスティーブ・ジョーダンが。
沼澤 もちろん。
糸井 気がついてないんだ、俺たちが。
車に積んじゃったんで、
ジャケットとか見なかったんだな。
沼澤 「息子」とかはあのバンドですよ。
糸井 「息子」は中央高速で100キロの移動の間
ずっーとかけてましたからね。
沼澤 あれ、素晴しいですよね。
彼のライブに、僕ゲストで呼ばれて、
箱をたたいたんですよ。
カフォーンっていう箱なんですけど。
それを、民生君のバンドにゲストで
呼ばれたときに、
「息子」を2人でやれて。
「わ、『息子』を一緒にできてる!」
とか思ってて。
当人にはそんなこと言ってないんですけど。
糸井 そうですかー。
沼澤 だから、ビューティフルソングスの
話が来たときに、
「ついに奥田民生に会える!」
とか思ってたんですよ。
糸井 偶然(笑)。ふーん!
沼澤 僕、だって、ビューティフルソングスのときに
知り合いだったのは、矢野顕子さんと宮沢君。
糸井 ほんとに沼澤さん、
アメリカに行ってて知らなかったことが、
今をすっごく楽しくしてるね。
沼澤 音楽でも、
おニャン子とかチェッカーズ、ボウイ、
そういうのぜんっぜん知らなくって。
陽水さんのライブを初めてやったときに、
「今日は玉置浩二さんがいらっしゃるんです」
ってことでなんかみんな
盛り上がっていているところに、
「すいません、玉置浩二って誰ですか?」
「『アンチ』知らないの?」って、
「え?『アンチ』って何ですか?」
「安全地帯だよ」
「すいません、安全地帯って何ですか?」
って、ぜんぶ説明してもらって。
その時は「二人のハーモニー」を
やったんですよ。
びっくりして!
なんだこの人!
誰?! この人!
とかっていって。とにかく歌うまいっ!!
糸井 玉置さんは歌うオモチャみたいな人ですよ。
「あれ、一家に一台欲しい」みたいなね。
沼澤 陽水さんをやるきっかけも
たまたま人づてに
「日本人でアメリカ行ってる人がいるんで、
 その人呼ばない?」
って言ってくれた人がいて。
ちょうどその時、たまたま日本に帰ってきたときで
ミッドナイトセレクションっていう
陽水さんがライブハウスでやった時に
参加することになったんです。
パワーステーションと、チッタでやったのかな?
糸井 俺も見たよ!
沼澤 そんとき、やってんですよ。
あの時、僕は、ロサンゼルスに住んでいて。
ライブのときだけ日本に呼ばれてきて。
糸井 あんときは外人だったんだ。
沼澤 しばらくは日本に来る往復は、
飛行機代を向こうから出してもらって、
ずっと来てたんで。

アメリカの地方公営競馬から
日本の中央競馬へ
糸井 ふーん。あの時代の沼澤さん、
向こうの人なんだね。
そんときは、沼澤さんは向こうで、
主にステージをやってたんですか?
それとも、レコーディングをやってたんですか?
沼澤 もう、ステージだけですね。
レコーディングに関しては、
アメリカはそのへんははっきりしてて。
僕ら、要するにツアー、ライブ要員。
糸井 まったく違うんだ。
沼澤 僕はあっちで一から
やってったみたいなとこあるんで。
日本では、その一からが無いんで。
ラッキーだったかもしれない。
「あいつは何か外人だから」みたいな。
糸井 アメリカでは地方公営競馬出身
だったわけだね。
それで強いからって
中央競馬上がってくるっていう。
沼澤 あ、もう、まさにそういう感じ。
糸井 で、こっちでは中央競馬、最初から(笑)。
沼澤 ラッキーだったんですね。
アメリカではいろんなことやってましたから。
演奏してる間に人が全員いなくなるとか。
それで片づけ始めたら
店のオーナーにめちゃくちゃ怒られて、
「最後まで演奏しろ!」とか。
アメリカでのそんな話、もう山ほどあるし。
「もうダメだ、家賃払えない」
っていってロシアレストランで
演奏する仕事やり始めて。
ロシアのマフィアのパーティで。
もう、そんなんばっかりですよ。
糸井 いい経験だね、今になると(笑)。
沼澤 めちゃくちゃ面白かったですけどね。
糸井 2度とやりたくないと言いながらも、
いい経験だね。

(つづきます!)

2003-03-23-SUN

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