CHILD
これでも教育の話?
どんな子供に育ってほしいかを、
ざっくばらんに。

第5回 どう失敗させるか。

糸井 福武さん、
あれはおやりになったことありますか、
スカイダイビングは。
福武 あんまり好きじゃない。
「上から下」って好きじゃないんですよ。
「下から上」じゃないと(笑)。
糸井 ぼくは2度やったんですけど、おもしろいです。
上下にスピード出したことって、
ふつうの生活では、ないんです。
ですから、パラシュートが開いてからは
もう天国なんですけれども、
その前の「地獄」がおもしろいんです。
「何だ、これは」というおもしろさがあります。
「『何だ、これは』が芸術なんだ」という
岡本太郎の、すごい言葉がありますけど。

スカイダイビングを最初にやる時には、
もちろんタンデムですから、
先生がやってくれたわけですが、
それだけじゃつまらないし、
自分で引いてみたかったから、
もう一回やったんですけど・・・。

あれはどういえばいいんでしょう?
完全に脳の遊びですよね。
肉体は拒否しているわけですから。

たぶん、飛行機も、肉体が拒否しているのを、
脳が無理矢理連れていくものなんだと思うんです。
その意味では、
えげつない変態の遊びだと思うんだけど(笑)。
福武 そうですね、マニアックな遊びですよね、あれも。
糸井 (笑)ですよね?
飛行機に乗ることは、自然に
野原を駆けめぐるのとはぜんぜん違いますもの。
そこでまた「両極端」が出てくるんだけど、
福武さんがおっしゃっていることの中には、
両極端なものまで解放してあげるというか、
「あぶないことまで含めて遊びだ」みたいな、
そんな発想があるんじゃないかと思うんです。
福武 ええ。
ぼくから空と船を取りあげると、
たぶん、ストレスがいっぱいたまる。

・・・ゴルフも悪いことはないんだけど、
やっていたんだけど、やっぱり、
地べたをはいつくばるような
穴入れゲームは、どうも合わないです。
糸井 じゃあ、根っこがそういう
あぶなっかしい人なんですね。
福武 かもしれませんね。
糸井 最初、頭で考えて島を買って、
島にいたら、どんどんまた体がなじんできて、
脳のほうもそれに合わせて・・・。
そんな風だったんじゃないかと、
福武さんの島の話を聞いていると、思いました。
福武 そうそう。
人間ってそんなものがあるんじゃないですか。
いっぱい可能性があるんだから。
無限の可能性。

その無限の可能性をどう引き出すかみたいなものは、
いろんな経験をしたり、いろんな関わりがあったり、
相互作用とよくいいますけれども。
子供たちの場合だったら母子相互作用とか。

いろいろな人との体験とか体感とか、
まさに空からおりるなんて体感ですよね。
だからそういうものがベースにないと、
教育なんて成立しづらいと思っているんです。
教科を教えるばかりではダメ、というのは
そういうものだと思ってますから。
糸井 ぼくは子どもを
ひとりしか育てた覚えはないんですけど、
その時にいちばん悩んだのが、
「どう失敗させるか」だったんです。

自然に放っておけば失敗するはずなのに、
やっぱり先に知っている人間というのは、
「失敗しない方法」ばかりを教えたがっちゃうんです。

それはイヤだから、と思ったまではいいんですが、
ぼくの場合は、失敗するところで失敗させて、
しかし命に別状ないようにという、
加減みたいなものを考えていっちゃうわけですよ。

そうすると、そのことの不自然さを
自分で感じちゃって。

「さあ失敗しろ」と心で思っていながら
子どもを遊ばせているということの不自然さを
自分で自分に感じられて、
「俺は、ひょっとしたら超教育パパなのか?」
と悩んだりしました。
「失敗しないようにとやっていればやるほど
 ちゃんと失敗するはずなのに、
 『失敗しろ』と言いながら見ている自分というのは、
 脳だけで動いている人間だなあ」と思って。
 
ま、そうこうしているうちに
子どもが大きくなっちゃって、
そんなことを追い抜いて勝手に生きていますから
悩み抜かないで済んだんですけれども、
小さい時には、このまま行くと俺は
最悪の教育オヤジになるなと思って、
ちょっと考えちゃったことが、ありますね。
福武 だけど、それはやっぱり
子どもさんに対する愛情からなんでしょうね。

ぼくが小さい時のことを言うと、
昭和29年にうちのおやじの会社が倒産しました。
その時9歳ですから、小学校3年、4年ですね。
糸井 すごい体験ですね。
福武 ええ。身ぐるみ全部とられた。
オヤジもおふくろも商売をする前は教師でした。
おふくろがピアノで生計を立ててましたから、
ピアノだけは取られないように、とか、
そんなことがあったりしまして・・・。

会社が倒産して、
いろいろなものが差し押さえになる前に
ピアノを隠して、時にはピアノをひっぱりだしながら
ピアノを弾いたりしていました。
オヤジもおふくろも
生きるのに必死だったでしょうけれども、
本を読ませてくれた、ということを
いま、思い出しましたねぇ。

ま、それがもとになって、いまのベネッセの
「ベネデュケーション」につながるのですが。
(※ベネデュケーション:よく生きるための学び。
            ベネッセ内のプロジェクトです)
(つづきます)

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2001-11-30-FRI

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