CHILD
これでも教育の話?
どんな子供に育ってほしいかを、
ざっくばらんに。

第3回 何で、走っているんだろう?

糸井 いま、大後さんは選手たちに、
どういうことを言っていますか。
大後 いやぁ、わたしは、年に2、3回しか
説教をしないんですけれども・・・
昨日は、思いっきり言ってきました。

「とにかくいま、
 『弱い』ということを認識しろ。
 実際に、弱いんだ。
 だから、一流選手のような効率を求めたり、
 合理性を求めたりしちゃ、だめだ。
 効率ばかりを考えていると、
 速い選手になれるかもしれないけれども、
 強い選手にはなれないから。
 条件が整うときは走れるけれども、
 自分より強い相手が前にいたり、
 風か吹いたり雨が降ったりすると崩れるようでは、
 駅伝選手として、意味がないんだ」
 
そう、伝えたんですけど。
でもほんとうに、
合理性を追いかけるばかりでは、
強い心は、養われないんですよ。
糸井 いまは、
そういう展開になっているんですね。

大後さん自身は、
合理的な工学部のような考えを、
きちんとできる人ですよね。

つまり、一度は、昔ながらの
「ウサギ跳び」のような間違った精神論を、
ぜんぶ排除したことで、
駅伝を変えたじゃないですか。
そこが、おもしろいと思っていたんだけど、
当然、そこで到達したあとに、
次の課題が出てくるのかなぁ、と、
漠然とは、思っていたんですけれども。
大後 ええ。その「到達したあと」が、
実は、もう、来たんですよ。
糸井 ・・・来たんだね。
大後 ですから、
「初心に返る」という言葉を
やっと、最近、実感できたんです。
糸井 うわぁ。
重みがある言葉だ。
こういうことを聞けるだけで
ぼくはうれしいです。
おもしろい。

前に大後さんにお話を伺った時、
「施設や、トレーニングのための
 環境がよくなると、何かがダメになる」
と、おっしゃっていたじゃないですか。
「ふとんの上げ下ろしをはじめ、
 さまざまな不自由な部分を残さないと
 強い心が養われない」って・・・。
そうおっしゃっていた部分が、
いま、もっと拡大したかんじですよね?
大後 そうです。
前からそう思っていたんですけれども、
やっぱり最近、そのことを
すごく考えるようになりました。

あたらしく入ってくる学生が、
「神奈川大学に入れれば、自然と強くなれる」
と、勘違いして入ってくるようになったから。
糸井 あ、環境依存ですね(笑)。
大後 「大後に教えてもらえば、強くなる」と、
そう思われていることに、わたしは
割と、気がつかなかいままだったんです。
そんな気持ちを読み取れないまま、
そのまま指導してしまったのは、
ぼくの反省として、あるんですけども。
糸井 主役は選手本人なのにね。
大後 ええ。
「自分が強くなるんだ」じゃなくて、
「強くさせてもらう」という気持ちでは・・・。
糸井 それって、この2、3年のことですか?
大後 ええ。
糸井 確実に、チームのまわりの状態が
変わっているんですね。
その状況をうかがうだけでも、おもしろいです。

環境依存って、つまり、
「だれかが私を何とかしてくれる」とか、
「いつか王子様が」の発想じゃないですか。
もう、狩りをする人の発想じゃないですよね。

「そばにいると、
 ある人がウサギを捕ってくれる。
 そのウサギを捕るために私は走ります。
 ・・・何をしたらいいですか?」
そう考えていると、走る力は弱くなりますよねぇ。
大後 ええ。ほんとうに。
糸井 いや、今日、妙に
大後さんとうなずきあっているのは、
ぼくも、さまざまなチームで、
それを感じてきたからなんですよ。

たとえば、それで懲りて、
「弟子にしてください」とか、
「ぜひ入れてください」とかいう人を
雇わないようにしていますから。
大後 ・・・よくわかるなぁ、それ。
糸井 はい。
たまにやると、だいたい失敗するんです。
彼らは、仕事を学校と間違えているから。
ぼくは、たとえ学校であっても、
そんな考えかたで何かに取り組むのは
間違ってると思うんですけど。

たとえば、マジックのネタって
自分が仕込んでないとウサギは出せないし、
鳩も出ないんです。

だけど、ぼくが手を振ったら
もう、すぐに鳩が出るんじゃないか、
と思っている人には、
「自分でのびる」ための動機がないですよね。
大後 そうなんですよ。
「自分の能力をどう引き出したらいいか?」
と考えている人間は、少ないですねぇ。
糸井 もともと、
そういう考えを持つことさえも、
才能のひとつなんでしょうね。

この前、テレビで
駅伝のドキュメンタリーをまぜた
予選の番組を見ていて、思ったんです。

アフリカから来た選手なんかは、
「走ること」が、そのまま「生活」でしょう?
「俺は、これで生きていくんだ」
というポイントがわかっているから、
ふだんの生活まで、うれしそうですよねえ。
大後 そうですね。
何のために走るかが、はっきりしています。
糸井 あれと戦うのは、むつかしいでしょう?
大後 ええ。
これは、モチベーションの問題ですね。
うちの選手に、ただ
「走れ走れ」というだけでは、だめですね。

ですから、
アウトローになりそうな
選手のモチベーションを、
何とか引っ張り上げるところに、
実は、エネルギーを使っていたりするんです。
(つづき)

2002-01-30-WED

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