糸井 |
いま、大後さんは選手たちに、
どういうことを言っていますか。 |
大後 |
いやぁ、わたしは、年に2、3回しか
説教をしないんですけれども・・・
昨日は、思いっきり言ってきました。
「とにかくいま、
『弱い』ということを認識しろ。
実際に、弱いんだ。
だから、一流選手のような効率を求めたり、
合理性を求めたりしちゃ、だめだ。
効率ばかりを考えていると、
速い選手になれるかもしれないけれども、
強い選手にはなれないから。
条件が整うときは走れるけれども、
自分より強い相手が前にいたり、
風か吹いたり雨が降ったりすると崩れるようでは、
駅伝選手として、意味がないんだ」
そう、伝えたんですけど。
でもほんとうに、
合理性を追いかけるばかりでは、
強い心は、養われないんですよ。 |
糸井 |
いまは、
そういう展開になっているんですね。
大後さん自身は、
合理的な工学部のような考えを、
きちんとできる人ですよね。
つまり、一度は、昔ながらの
「ウサギ跳び」のような間違った精神論を、
ぜんぶ排除したことで、
駅伝を変えたじゃないですか。
そこが、おもしろいと思っていたんだけど、
当然、そこで到達したあとに、
次の課題が出てくるのかなぁ、と、
漠然とは、思っていたんですけれども。 |
大後 |
ええ。その「到達したあと」が、
実は、もう、来たんですよ。 |
糸井 |
・・・来たんだね。 |
大後 |
ですから、
「初心に返る」という言葉を
やっと、最近、実感できたんです。 |
糸井 |
うわぁ。
重みがある言葉だ。
こういうことを聞けるだけで
ぼくはうれしいです。
おもしろい。
前に大後さんにお話を伺った時、
「施設や、トレーニングのための
環境がよくなると、何かがダメになる」
と、おっしゃっていたじゃないですか。
「ふとんの上げ下ろしをはじめ、
さまざまな不自由な部分を残さないと
強い心が養われない」って・・・。
そうおっしゃっていた部分が、
いま、もっと拡大したかんじですよね? |
大後 |
そうです。
前からそう思っていたんですけれども、
やっぱり最近、そのことを
すごく考えるようになりました。
あたらしく入ってくる学生が、
「神奈川大学に入れれば、自然と強くなれる」
と、勘違いして入ってくるようになったから。 |
糸井 |
あ、環境依存ですね(笑)。 |
大後 |
「大後に教えてもらえば、強くなる」と、
そう思われていることに、わたしは
割と、気がつかなかいままだったんです。
そんな気持ちを読み取れないまま、
そのまま指導してしまったのは、
ぼくの反省として、あるんですけども。 |
糸井 |
主役は選手本人なのにね。 |
大後 |
ええ。
「自分が強くなるんだ」じゃなくて、
「強くさせてもらう」という気持ちでは・・・。 |
糸井 |
それって、この2、3年のことですか? |
大後 |
ええ。 |
糸井 |
確実に、チームのまわりの状態が
変わっているんですね。
その状況をうかがうだけでも、おもしろいです。
環境依存って、つまり、
「だれかが私を何とかしてくれる」とか、
「いつか王子様が」の発想じゃないですか。
もう、狩りをする人の発想じゃないですよね。
「そばにいると、
ある人がウサギを捕ってくれる。
そのウサギを捕るために私は走ります。
・・・何をしたらいいですか?」
そう考えていると、走る力は弱くなりますよねぇ。 |
大後 |
ええ。ほんとうに。 |
糸井 |
いや、今日、妙に
大後さんとうなずきあっているのは、
ぼくも、さまざまなチームで、
それを感じてきたからなんですよ。
たとえば、それで懲りて、
「弟子にしてください」とか、
「ぜひ入れてください」とかいう人を
雇わないようにしていますから。 |
大後 |
・・・よくわかるなぁ、それ。 |
糸井 |
はい。
たまにやると、だいたい失敗するんです。
彼らは、仕事を学校と間違えているから。
ぼくは、たとえ学校であっても、
そんな考えかたで何かに取り組むのは
間違ってると思うんですけど。
たとえば、マジックのネタって
自分が仕込んでないとウサギは出せないし、
鳩も出ないんです。
だけど、ぼくが手を振ったら
もう、すぐに鳩が出るんじゃないか、
と思っている人には、
「自分でのびる」ための動機がないですよね。 |
大後 |
そうなんですよ。
「自分の能力をどう引き出したらいいか?」
と考えている人間は、少ないですねぇ。 |
糸井 |
もともと、
そういう考えを持つことさえも、
才能のひとつなんでしょうね。
この前、テレビで
駅伝のドキュメンタリーをまぜた
予選の番組を見ていて、思ったんです。
アフリカから来た選手なんかは、
「走ること」が、そのまま「生活」でしょう?
「俺は、これで生きていくんだ」
というポイントがわかっているから、
ふだんの生活まで、うれしそうですよねえ。 |
大後 |
そうですね。
何のために走るかが、はっきりしています。 |
糸井 |
あれと戦うのは、むつかしいでしょう? |
大後 |
ええ。
これは、モチベーションの問題ですね。
うちの選手に、ただ
「走れ走れ」というだけでは、だめですね。
ですから、
アウトローになりそうな
選手のモチベーションを、
何とか引っ張り上げるところに、
実は、エネルギーを使っていたりするんです。
|
(つづき)