糸井 |
こんにちは、綾戸さん。 |
綾戸 |
はよ対談やろう、はよしゃべろう。 |
糸井 |
すごい(笑)。
よし、しゃべろう。
綾戸さんはデビューして4年経つけど、
実はもうそろそろ、成長しないで
安定していくのかもしれないと思っていました。
でも、こないだのコンサートはびっくりしたよ!
(※対談の5日前にコンサートに行っています)
すごい声が出るようになっていたし。
何なの、あの声は? |
綾戸 |
わからん。
「あなたの声は出なくなるよ」
と昔に言うた医者が、気分悪うしてるもん。
当時は「治るかもね」じゃなくて、
きっぱりと断言されたからねぇ。
わたしも、そういう人生計画を立てたんだけど。 |
糸井 |
「声が出なくなるなら歌っとこう」
と思ったわけでしょう? |
綾戸 |
そう。
声の出るうちに歌っといて、あとは
手話の通訳をつけてもらおうと計画してた。 |
糸井 |
それが、ねぇ?
特に、低い音がめっちゃくちゃ出てたじゃない! |
綾戸 |
フフフ、
あのね、私わかってきたんよ。
たぶん、お味噌を上手に
使い切れるようになったようなもんや。
味噌袋に味噌が入ってて、それを最後の最後まで、
一発で上手にキューッと出せるようになったんやわ。 |
糸井 |
・・・ということは、その声は
声帯からだけ出てるんじゃないんだね? |
綾戸 |
指の先の空気も全部使ってるわ。
ラミネートチューブを絞りきるみたいにね。
残り少なくなったマルコメ味噌の袋にお湯を入れて、
きれいにビニール袋からみそを取り去るような。 |
糸井 |
でも、綾戸さんはそれまでの人生だって
ラミネートチューブみたいなものだったよね? |
綾戸 |
でもほんとうは努力が足らんかった。
やっぱり口先だけやったわ。
いまの状態も、
病気がよくなったのかというと、
別にそうじゃないんです。
やっぱりレントゲン撮ったら、そんなによくない。
いまも昔も、そんなに変わらない。
だけど昔はどこかで心が止まってて、
努力をしてなかった。 |
糸井 |
いまでも、力を入れないでしゃべると、
聞こえない声になるの? |
綾戸 |
(小さな声で)なる・・・。 |
糸井 |
その声?
ぜんぜん違う声ですよ。 |
綾戸 |
(小さなかすれ声で)
・・・生活の中で使うのはこういう声。
みんなに会う時は・・・おなかの底から・・・
(はっきりした大きな声で)
「おはよう!」って、言うてる。
気合い入れたら、こうなるねん。
そやから、よその人から見たら、
「おかん、何怒ってるねん」
っていう感じになってしまう。
別に怒ってないのよ(笑)。 |
糸井 |
でかい声なだけ。 |
綾戸 |
気合い入れないと、しゃべれないからね。
わたしがいつも
「おはようっ!」
って事務所に入ってくるじゃない?
みんなは縮みあがるのよ。
「・・・何か悪いことしたかなあ」って。
「おはよう、お茶ちょうだあい!」
言うてるだけやのに。
まあ、もともと口は悪いんやけど。 |
糸井 |
それは、声の気合いとは別だよね? |
綾戸 |
うん。
そやけど、ほんまにラミネートチューブを
全部使い切るような努力が、
「声が出ないおかげ」で、できるようになった。 |
糸井 |
なるほどね。 |
綾戸 |
料理の番組で、鍋の底にちょっちょっとついてるのも
「もうちょっと食べるとこあんのに」
と思うとき、あるもん。もったいない。 |
糸井 |
ほかの人が普通にしゃべってる声ももったいない? |
綾戸 |
思うねぇ。コーラスを聴いてても思う。 |
糸井 |
ぼくは声が小さいやつのことは気になります。
「なんで伝えようとしないんだ」と思うんですよ。 |
綾戸 |
わかるわ。
たしかに、誠意は薄まるかなぁ。 |
糸井 |
そう、「誠意」。
誠意はないよねえ。
伝えようとする気持ちがないね。 |
綾戸 |
矢印が薄ーぅなるね。
声が小さくていいことがあるとしたら、
人が「ん?」と思ってくれることや。
それで人を一段階寄せることはできる。
だから、わたしみたいに努力して声を出す人は、
バラードを歌うときにつらいわ。
しぼめて歌うことぐらい、つらいことないわ。 |
糸井 |
でも、今回のコンサートでは
ずいぶん小さい声出してるじゃない? |
綾戸 |
努力しましたあ。 |
糸井 |
苦しいんだ? |
綾戸 |
「気合いを入れたら出る」という感じで
出してるこの声を
「優しく出す」のは、つらいねぇ。
鬼の指で針穴を通すようなもんや。
か細い指なら針穴に糸を通せるけど、
ぶっとい手して、針穴通すのは、
そりゃ、つろうおまっせ。 |
糸井 |
ところで、いま何歳だっけ? |
綾戸 |
44歳。 |
糸井 |
デビューが40歳だったよね。
4年間くらいでは、ふつう、
進歩ってあんまりしないじゃない? |
綾戸 |
進歩とビューティーのくり返しですよ。 |
糸井 |
(笑)ビューティー。 |
綾戸 |
自分でも、
「おお、きれいになったなぁ」って思うもん。
デビュー当時の写真見てごらんよ、信じられない。
「このおばはん、だれや」ってなもんで。 |
糸井 |
そういうのに対して、うなずくのもなんだけど、
たしかに綾戸さん、きれいになったよね。 |
綾戸 |
おおう!
前はどんなに汚かったことか。 |
糸井 |
そこまではおれは言わないけど(笑)、
少なくとも以前は、街にまぎれこんでた。 |
綾戸 |
そう。ふつうのおばちゃんとしてね。
性格はいまと同じやけど。
服装も変わったわぁ。
「なによ、グッチだのヴィトンだの」
なんて、もう言えないね。
やっぱりああいうのを着ると違うのよ。
コカ・コーラの上下のスエットスーツ着てると、
「もうどうでもええわ」って
ボリボリ頭掻いてしまうもん。
それと、褒められるとうれいしいねぇ。
同窓生なんかが「テレビ見た」とか言って
会いにきてくれたときに
朽ち果ててるのを見るとさ、
「ウワッハハハ」と思うもんね。
「綾ちゃんは、変われへんね」
「うん。努力じゃ!
努力しとるからじゃい!」 |
(つづく)