綾戸 |
わたしは毎日寝る前に、自分の貯金を広げては、
10円玉を10枚ずつ積んで数えて、
「ああ、しっかりある」
と、確認するような子どもやった。
誰かにお金を盗まれるのが嫌なんじゃなく、
「納得」の時間を持つことと、
何というか、自分で定めた儀式のような
「決め」が楽しくてね・・・。
で、お金を計算するときには、
レコードをかけるんよ。
バーブ佐竹の
「俺とおまえの二つのグラス」
というやつを。 |
糸井 |
うわ、その曲わからねぇ!(笑) |
綾戸 |
そういうのがあるのよ。
あれをかけると、
心が「シーン」ってすんの。
「♪俺とおまえの二つのグーラス〜」。 |
糸井 |
ああ、あった。その歌。 |
綾戸 |
これ聴くと、「シーン」として、それから、
10円玉を10枚、20枚と数えていく。
それはEP盤だったから、
すぐに1曲終わるの。
次は城卓也の「骨まで愛して」。
「♪ほねえまでぇ〜」で、今度は札を数える。
「板垣退助、あったあ、7,500えーん、チーン」。 |
糸井 |
(笑)それ、いくつくらいのとき? |
綾戸 |
小学校2年とか3年(笑)。
お小遣いもらうと、きちんと貯めてた。
「全財産の2割って、いくら?」と計算して、
2割はどこに、3割はどこに貯めよう、
とか考えながら、アイロンかけたりしてた。 |
糸井 |
綾戸さんって、
どちらかというと繊細なんだよね。
意外と、線が細くて
しっかりしてるみたいなタイプでしょ? |
綾戸 |
あ、そうかもしれん。
きっちりしてるしな。 |
糸井 |
だけど、多くの人がイメージする
「綾戸さん」って、その真逆だよね? |
綾戸 |
そうだねぇ。なんでだろう?
やっぱりおふくろの影響が大きいね。 |
糸井 |
おふくろの裏を全部打っていったら、
こうなったんだ? |
綾戸 |
うん。母は、
「ここに何かがあったら、もう動かすな」
という人なの。
「これがいちばん仕事しやすいんだから、動かすな」。
母は、ターッと手ぇのばしたら電話、
ターッと手ぇのばしたらお茶、という
小説家みたいな家が好きなんです。
・・・わたしはそういうのダメ。 |
糸井 |
綾戸さんは動かすもんね。 |
綾戸 |
わたしは何でも、毎回毎回、直す。
例えば電話機でも、
線を抜き直して、きれいする。
バッテリーまで交換しちゃうぐらい。
ちょろちょろ落ちたら、かなわんしね。
家具もなるべく少なく、きっちり。 |
糸井 |
はあ・・・。
でも、舞台を見てる人にとっては、
綾戸さんは自由に見えるでしょう?
「急に裸足になっちゃったねぇ」とか。
どこで爆発したの、「もうひとりの自分」は。
やっぱりアメリカなの? |
綾戸 |
いや、これはねぇ・・・
「もったいないという気」やねん。
もったいないんよ、お金も時間も。
わたしはべつに、ケチじゃないけど
ウロウロしてるともったいない。
ただそれだけなのよ。
あのね、糸井さん、どうせ年はとる。
これは、自分の顔に
最初にシミができたときにわかった。
シミができたら、取れへん。
「ウワーッ、取れへん!」。 |
糸井 |
(笑)叫んだんだ。 |
綾戸 |
でも思った。
「こうやって騒いでても、何をやってても
シミは増えていくんや」
それやったら、ほかのことしようと。 |
糸井 |
時間はない、と。 |
綾戸 |
そやねん。
だれが「時間よ、とまれ」というのを
言い出したのかは知らんけどね、
「ドラマでセリフを言うてた太田博之、
おまえはようやった。あれは人間の願望やな」
と思った。
わたしがとまってても、時間は行く。
これぐらい情け容赦知らずな、相方はないで?
時間が自分を引っ張ってくれるときもあれば、
こっちが取り残されることもある。
こりゃあ、うかうかしてられんぞ。
こっちが時計の振り回しにかからんといかん!
時計に振り回されたら、死ぬぞ。 |
糸井 |
死ぬ? |
綾戸 |
そうや。
時間のことを考えすぎて死ぬねん。
頭のええ人、死にはるやん?
「どうせこうだから・・・」という結論でね。 |
糸井 |
じっとしてて、考えて。 |
綾戸 |
なんか、おるでしょう?
芥川さんとか、偉い人。
「レ・ミゼラブル」とちゃうけど、
そういうふうに、ならはるねんね。
・・・あ! これ、悪口ちゃうよ。
いろんな生き方があるやろし。
でも、せっかく親が痛い思いしたんだもん。
「あー痛い痛い痛い」って思わせて、
この世に出てきたんやったら、
考えまくって、脳みそだけで生きるのは嫌や。
全身を使いたい。
全身使って生きてやらんと
もったいないんよ。 |
糸井 |
ふむ。
指先までいっぱいに使わないと、
もったいないんだ。 |
綾戸 |
そう、もったいない。
頭だけで生きてたら、全身使えてないから、
筋肉は朽ち果てるでしょ?
脳みそばっかり大きぃなって、
で、死ぬこと考えるねん。
「ああ、どうせ、何を食べても、
トイレ行って出して、アホみたい」
ちょっと待ってや、
「そりゃみんな、そうでんがな」
と、言いとうなる。
自然の摂理。
それを言い出したら、何もかも嫌になりまっせ。
そのすきに、時間は放って行きよるねん。
「おお、おまえは、何もせんのか。私は行くぞ」。
どうや、糸井さん。 |
糸井 |
それは、やだねぇ。 |
綾戸 |
「おお、おまえは追っかけて来るのか、
おお、来い、来い。
おお、おまえ、これもやった。
あ、あれもやった。それもやったんか。
おお、あんた、よく使いよるな、わしを」
と時間が言いよるわけ。
時間に喜んでもらうには、
やっぱり何やかんや、いっぱいせんとあかん。 |
糸井 |
時間に喜んでもらう、か。 |
綾戸 |
時間は、テレビも変えましたさかいな。
「クイズ タイムショック」。
ピッピッピッ、
「3と5足すと何でしょう?」
「速く答えなきゃ。あ、えっ・・・」、
「8と5足すと何でしょう?」
「あ、えー・・・」、
いすが回るねん。グウーッ。
「3と5ぐらい計算できるわ、あっちゃあ」
と思ってる間に、いすが回りよる。
「ああアカンわ、
時計に負けよった、あのおばはん」(笑)。
賢いとかアホとかいうのやなしに、
「おまえは負けぇ」ということやね。
知ってる? 糸井さん、
田宮次郎の「タイムショック」。 |
糸井 |
(笑)知ってるよ。
綾戸さん、いくつのときだった? |
綾戸 |
小学校の3、4年や。 |
糸井 |
そんなガキ時代の綾戸智絵が
思ってたんだ、テレビ見て。
「使えないことを考えてもしようがないんだな」と。 |
綾戸 |
うん。
「イリカワ」とかいう名前の、大阪のやつが
タイムショックですごい点取った回があった。
ばんばん答えるし、
だめなときにはサッとパスして次に行く。
こいつぅ、やるなあ思った。 |
糸井 |
時間の使いかたがうまいんだ。
自分もそれでいこうと思った? |
綾戸 |
そうだよ。 |
糸井 |
綾戸さんの「のびのびぐあい」も、
もとはといえば、
「もったいない」という思いから来てるんだ。 |
綾戸 |
まったくそのとおりやね。
最初のシミも小学生で、できたし。 |
糸井 |
え、小学生のときにシミが? |
綾戸 |
できるんよ、太陽でね。
もう、ショックやったわぁ(笑)。 |
(つづく)