糸井 |
お母さん以外で綾戸さんが影響を受けた
先生みたいなものというのは、ほかにある? |
綾戸 |
ある。まわりにあるもの全部やな。 |
糸井 |
全部って? |
綾戸 |
「タイムショック」も先生や。
教えてくれるもんは、何でもよ。
よう言うやん、「芸、盗め」って。
どん欲に、盗み見する。 |
糸井 |
パクるんだ? |
綾戸 |
パクるねぇ。
「お、あれ、ええな」って、
すぐよ。 |
糸井 |
この間、山下さんと一緒に演奏したとき、
綾戸さん「わかったぁ!」って叫んでたよね。
うれしくてしようがないふうに見えたよ。 |
綾戸 |
「サティスファクション」で、
ゴキゴキ弾かせてもろた。 |
糸井 |
山下さんと会わなかったら
ゴキゴキとは、弾いてなかった? |
綾戸 |
やってない、やってない。
あんな怖いピアノ弾けへん、絶対。 |
糸井 |
怖いピアノ? |
綾戸 |
私にしたら怖い。
ああいう音楽は、なんか知らんけど、
ものすごい理屈があるんでしょう?
めちゃくちゃに聞こえてても、
ちゃんとルールがある。
山下さんにそのルールを聞いたら、
「黒鍵を2個弾いて、白に戻るんだよ。
これを何度かやると、このサウンドになる」
と、教えてくれた。すごい簡単に。
「ほおっ」と思って、早速やったら、できた。
わあ、できた、「山下」や! |
糸井 |
それ、盗られたほうも、
うれしいよね。 |
綾戸 |
やったかいがあったんよ。 |
糸井 |
お互いが、手の内は全部見えないままに、
でも、ぶつかっていくエネルギーがあって、
ほんとにスリルがある競演でしたよね。 |
綾戸 |
はい。
みんな、全部、先生です。
「すみだトリフォニー」で
クラシックとやったときも、
ほんま、勉強になったし。
イメージがワーッとわいてきたり、
お客さんをブワーッともっていったり。
あれはクラシックとやったから、できたことや。 |
糸井 |
まわりが全部、教えてくれる教室なんだ。 |
綾戸 |
全部。もう24時間。
アホ見ても、賢いの見ても(笑)。
野良犬から学んだこともあるしね。 |
糸井 |
ん? 野良犬から。 |
綾戸 |
アメリカに渡って最初のころは、
アメリカ人にどう対処すればいいのか、
まあいろいろ試行錯誤があったのよ。
ロビンソン・デパートで
買い物をしたときの話なんやけどね。
サイズの違う服を買うてしもうたんや。
向こうのミディアムは
日本のミディアムとちゃうから。 |
糸井 |
ああ、Mサイズのことね。
標準サイズっていうことだから、
そりゃ、違うよねぇ。 |
綾戸 |
うん。
家へ帰って、着てみたら、大きい。
えらいこっちゃ、マイ・フォルトや。
変えてもらえるかなと、
もういっぺん百貨店に行ってみた。
「アー、please change.
I said "medium".
But this is not Japanese medium.
(日本のミディアムと違ったので
取り換えてください)」
と言ったら、
「We can't switch. You get medium.
You should buy small.
(お取り換えはできません。
あらたにSサイズをお買いください)」
と、言われてね。
「なんでこんなこと言われるんやろ、残念やな」
と思いながら、ミディアムの服を持って
とぼとぼロビンソンデパートを出たら、
野良犬が1匹おった。
おっきいヤツやねん、それが。
ウーッといってる。
ふつうやったら怖いわな。
でも、そのときわたしは「ムカーッ」ときてるから、
「何やい!!」と犬に向かって言うた。
そしたら、急にその犬が「アワワワーン」となった。
あれ、さっき怖かった犬が、なんで?
ビビッとる。
ウーッていってたくせに。
「何やるねん、あほんだら!」
と大阪弁で言うてみたら、さらに
「ワワワワーン・・・」。
牙持った犬が、やで。 |
糸井 |
ハハハハ。 |
綾戸 |
わたしゃ、ハッと思うた。
そこでもういっぺん百貨店に戻って、
「I told you, medium. I'm Japanese.
I gave you Japanese money card.
You, professional!
You should teach before I buy.
All size you have to understand,
all country's size.
You should understand,
if you are American professional seller.
Call maneger!
(ミディアムと言うたけど、わたしは日本人や。
日本のクレジットカードを出したでしょ。
あんた、プロやろが! 買うときに教えんかい。
アメリカの、プロの販売員やったら、
世界中の国の服のサイズを
わかっとかなあかんのとちゃうの?
マネージャー呼んでこい!)」
そう言うた。そしたら向こうが
「ヒャーッ」(笑)。
それで、マネージャーにチェンジしよった。 |
糸井 |
(笑)はあー。 |
綾戸 |
犬が教えてくれた。
上からものを言えば、
人はビビるし聞く耳を持つ。
そやから、帰りに、
ポッキー買うて、その犬にあげた。
「おまえのおかげや、やる、やる」(笑)。 |
糸井 |
すごいねぇ。 |
綾戸 |
わたしは常に、24時間、
頭をピッピッピッと使うてる。
脳みそ、いっぱい使うの。
わたしなぁ、べつに、頭ええことないねん。
上手に脳みそを使う。ただそれだけや。
脳みそ使うてたら、
野良犬見たおかげで対処がわかる。
犬に通じることで、
人間に通じんことは、ないで。
おんなじ心臓1個や。
やってみたれ。 |
糸井 |
すごいね。
「おんなじ心臓1個」って(笑)。 |
(つづく)