糸井 |
綾戸さんは、
アメリカで野良犬を見たときと同じように、
毎日何かを思ってるから変わっていくんだね。 |
綾戸 |
そうよ、いつも思ってる。 |
糸井 |
ほんとに脳が胃なんだ、心臓であり。 |
綾戸 |
うん。一生とまらない。 |
糸井 |
それは科学的にもそうだよね。
「考える」こと自体は、
自律神経の働きによるものではないけど、
脳そのものは自律神経で動いてるんだもんね。
人間が意識して、
動かそうと思って動いてるわけじゃない。 |
綾戸 |
脳は大切よ。
視力が悪うなったら、眼鏡で補える。
そやけど、脳が切れたら、もう見えん。
目は映ってるだけで、
それを頭で感じてるねんから。
脳が死んだら見えん。
眼鏡でも補えない。 |
糸井 |
はあ、ためになるわ。 |
綾戸 |
うまいこと頭使っていったら、
ポール・ニューマンにならんですむんです。 |
糸井 |
どうしてポール・ニューマンは
ただ「時間をすごした」ように
見えるんだろうか? |
綾戸 |
うーん、もしかしたらあの人、
あんなになりはるんやったら、
物書きさんとかになったりしたら
よかったんかな、と思ったりしますねぇ。
ただ、森光子さんなんかはね・・・。 |
糸井 |
現役!ですね。 |
綾戸 |
あのかたは、立派です。 |
糸井 |
ところで、
綾戸さんには子どもがいますよねぇ。 |
綾戸 |
はい。 |
糸井 |
こういう綾戸さんが子育てをしている(笑)。
いったいどうなるんだろうって
人は思うじゃない?
ぼくはこの間、息子さんに
楽屋の廊下で会ったんですよ。
ちらっと見かけただけなんだけど、
「おお、彼も元気に楽しく毎日を送ってる」
っていうことがひと目でわかって、
気分よかったですよ。
たった一瞬でも、その子の気配は通じる。
いいかんじに生きてますね。 |
綾戸 |
ええ。 |
糸井 |
あいつ、学校行ってないんですよね。 |
綾戸 |
行ってないです。 |
糸井 |
なんだかね、
「じゃあみんな、なんで学校行くんだよ?」
と言いたくなるくらい、
いきいきしてるんですよ。 |
綾戸 |
うん。
あんまり「さわって」ないからね。 |
糸井 |
さわってない? |
綾戸 |
私がこんなんだからねぇ。
世間では、わたしはものすごい
放任で格好いい、
横文字がいっぱい並びそうな
スーパーな教育法をやってる、
みたいに思われてんねんけど。
いえいえ、子どものことだけは
どこのお母さんと同じように普通です。
わからないときはほったらかし。
できへんときは友達に頼む。
キャッチボールをしてくれと、
子どもにせがまれたら
知り合いの男の子に電話して、
「なあ、息子とキャッチボールして」
と頼みます。
子どもがふたつかみっつのときに
「肩車して」って言われたんです。
よく見ると、周りはみんなお父さんがしてるんですね。
お母さんがする家なんて、あらへん。
まあ、ええわと思って、
わたしが肩車をしてやってたんです。
でも、子どもは
わたしと違う成長をしますよね。
ある日、「やったろか」といったら、
「いい。肩車はみんな男がしてる。ママは嫌」
と返してきた。
あ、拒否したな、と。
うん、これはあいつの成長や。
いじわるしてもう1回言うたれ、と思って
「ウウーン、やらしてや」
子どもは嫌がってるのに、
「やったるがな」(笑)。
重いから、わたしももう、嫌やけどね。 |
糸井 |
やりたいんだね、ちょっとね。 |
綾戸 |
うん、ちょっとやりたいけど、
「まあ、重いしな、そろそろどうしよう、
どうやって親離れさせようか」
と思ったときに、
向こうがちゃんと離れてくれた。
あ、こうやって離れてくれるんや。
そやったら、自然にしとこ。
子どもには、あんまり脳みそ使わんとこ。 |
糸井 |
うんうん。
脳みそ使わんとね、そこではね。 |
綾戸 |
やりたい言うたことを、
できるだけやらせたろう、とは思ってる。
むちゃくちゃはさせへんけどね。
ボート買うてくれと言われたら怒るけど、
剣道やらせてとか、
山行きたいとか、それぐらいはやらせてやれるから。
それに、よその子どもさんと
話すのも、ええ勉強になるしね。 |
糸井 |
よその子どもとは、
どんなふうに会うんですか。 |
綾戸 |
親同士が友達、とかだね。
「あんたとこの子、
うちにちょっとよこしいや、いっぺん」
言うたら、
子どもが遊びに来ますねん。
この前も、友達の息子で、
18くらいになる子がうちに遊びに来た。
その子、ニューヨークのバークレー音楽院に
行きたいと言う。
そのことをわたしに相談に来たわけよ。
「なんでバークレーに行きたいの?」
と聞いたら、
「いや、ぼくはバークレー音楽院に
とにかく行っとこうかなと思って」
と言うんよ。わたしが、
「あ、『行っとく』の?
あんた、高いで、あの学校。
お父ちゃんおれへんかったら、
『行っとこう』も言われへんで。
まあ、したいことしとき、いまのうち」
と言うと、その子はちょっと考えて、
「ああ、そうですよね。
『とにかく行っとこう』は、だめですよね」
「いや、だめなことないねん。
『行っとこう』もええねん、行けるんやったら。
でも、お父さんの経済状態考えたら、
あんまりむだなことせんほうがええで」
「いや、やめます」
「で、どうするの?」
「負担にならないように、バークレーはやめます。
でも、やっぱりニューヨークには
行きたいんで、行ってみます」。 |
糸井 |
なるほど。
とにかく「ニューヨーク」っていう
気持ちがあった子なんだ。 |
綾戸 |
「あ、そう、いいがな」
「綾戸さん、ぼくに
向こうで何するのって聞かないんですか」
「いや、聞かんよ。
あんた、向こう行ってムダするんやろ?
早いうちにムダをしとかんと、
わからんようになるしなぁ」
こう言うたら、
「目からウロコでーす」
って、ルンルンして帰りよった。
その子が帰るときに、わたしもいい気になって
「ああ、小遣いやるわ」
言うて、渡した。
たった 3,000円(笑)、18の子に。
「はい、これで何か買いぃ」
「ハイッ、どうもありがとうございます!」 |
糸井 |
ハハハ。 |
綾戸 |
次の日、その子の父親から
電話がかかってきた。
わたしがその子に何を言ったのか、
すごく気になったらしくてね。
「気になるか、言うたろか。
あの子、大学行きへんかもしれんで」
「なんでだ、行きたいって言っていたよ」
「『とりあえず行っとこう』言うたから、
やめさせたんや。
『あんた、そんなに親に負担かけたらあかん』」
と言うて」
「え? 助かるような、困るような・・・」
複雑なわけや。
「ニューヨークに行くって言うてたで」
「向こうで何するんだ」
「ムダするのとちゃうか」
「エエッ」
「ムダいうもんしたら、何が大事かわかるから。
何かわからんけど、行くんちゃうの?
そこで何するのか、聞くほうが愚問やで。
あんたもそんな時期なかった?」
「・・・ああ、あった」。
親も納得したわけよ。 |
糸井 |
あったよね、そういう時期は誰にでも。 |
綾戸 |
そこでわたしは学んだね。
「そうか、親にはわからないものがあるんだな」。 |
糸井 |
そうだね、うんうんうん。
「ムダしに行くのか?」って、
親は言いにくいよ。 |
綾戸 |
わたしもこれだけいい親ぶってるけど、
我が子だったら怖くて言えないことがあるもん。 |
糸井 |
その言葉は、飛び出ないかもしれないね。 |
綾戸 |
そう。だからわたしも、
「親だったら言えないこと」があるときは、
他人に頼ればいいんやと思った。
だから、無理しなくなったよ。
親としてきついことは、やっぱりあるもん。 |
糸井 |
自分がいろんなものから学んだように、
子どもにとっても学ぶチャンスというのは
山ほどあるわけだからね。
それを上手にコントロールできるかどうかですね。 |
綾戸 |
そう。山ほどあるから。 |
(つづく)