糸井 |
綾戸さん、
ミュージシャンになってほんとによかったねえ。
「ただのおばはん」のときにも、
歌は歌ってたんでしょ? |
綾戸 |
歌ってましたね、呼ばれると。
たまに、だけどね。 |
糸井 |
そのときには、
歌いたいエネルギーは抑えていたわけ? |
綾戸 |
ちょっと抑えてましたけど、
やっぱり出してましたね。
自分では、デビュー前は抑えていたつもり。
ディナーショーで、
断られたことがあるんです。
大阪の高級なホテルのシェフから
クレームが来ちゃった。
「あの歌手と仕事したくない!」ってね。
そのシェフは名前もある、偉い人なの。
高ーい帽子かぶって、
玄関で写真になってるような人。
「どうしてですか。お客さん、喜んでましたよ」
って、聞いてみた。そしたら、
「お客さんが料理を食べないから」って。
ウェーターが下げてきた料理、
手ぇついてない。
もうみんな、ツバでええねん。 |
糸井 |
アハハ、食べないんだ、
楽しいから。 |
綾戸 |
フランス料理やから、皿がでかい。
だんだんテーブルに料理がたまってきて、
皿がのらんようになってくる。
「ここ置いて、ここ置いて、
もうええわ、メインも前菜も
ひとつの皿に一緒に盛ってんかー」
と、客がやり出した。 |
糸井 |
(笑)そりゃ、シェフは怒るわ。 |
綾戸 |
で、演奏が終わったら、
「腹減った。おい、料理を下げるなよ」
と言って、冷えた料理をみんなが食べ出すの。
シェフはプライドあるじゃない?
「あんなおもろいショーやられたら、
客は食べへん。あんなんと仕事しとうない」
と言われたのが、デビュー前。 |
糸井 |
友達に呼ばれて出たの? |
綾戸 |
うん。友達のミュージシャンが呼んでくれた。
「綾戸はショーには合うから」って。
ディナーショー出たら、
5万円もらえると聞いたから、
オオッて思ってねぇ。 |
糸井 |
いまでも、精力的にやってるよね、いろんなこと。
きっと、休ませすぎちゃだめだね、
綾戸さんというピッチャーは。 |
綾戸 |
だめ。たまに休みが取れるとね、
「さあ、10日休みあるよ。入れかえーっ」
言うて、冬物と夏物の
洋服の整理なんかするんだけどね。 |
糸井 |
家のこと一切合切をするんだ。 |
綾戸 |
うん。鍋の底まできれいにするさかいな。
でも、家の中きれいにするのには
2日あれば充分。 |
糸井 |
4日目ぐらいだと、
そろそろ何かやりたいとか、思っちゃう? |
綾戸 |
そう。
家の仕事終わっちゃって。
暇になって、ちょっとブスブスしてくる。
用事もないのに、会社で
仕事をつくるわけですよ、
ファンレターの返事とか。 |
糸井 |
それは
社長が仕事をつくってくれたりするの? |
綾戸 |
いや、違う違う、自分でつくる。 |
糸井 |
しようがないねぇ、この人は(笑)。 |
綾戸 |
事務所で何かもめごとがあると、
首突っ込んだり。
「どうしたの?」
「いやぁ、綾戸さんには・・・」
スタッフは、遠慮するんですけどね。
「何よ、言いなさい、居るときには。
親だって、立ってたら使ったらいいの。
何? どうしたの?」。
チケットが遅れたとか、
何かでもめている、とか言うのね。
すかさずわたしはチャッと
お客さんに電話をかける。
「すんません、綾戸です」
と言うたら、だいたい
「いやあ、恐縮です」
って、言うてくれはるからね(笑)。
「もう、うちのものが
ご迷惑かけたそうで、すんません」
「いえ、そんなこと・・・」
「一節歌います。ラ〜ラ〜ラ〜♪」
「ありがとうございます!」
喜んでもらえる(笑)。
で、スタッフに
「わかったか。
こういうふうにわたしを使えばいいんだ。
困ったときはいつでも言いなさい」。
こんなふうに、オフのときは
半分は事務員やってました。 |
糸井 |
さぞかし、すごいんだろうねぇ。 |
綾戸 |
燃えてくるのよ。
音楽の制作が終わったら、
セールスのほうもやりたくなってくる。
見ときたいわけ、自分の音楽が
どういうふうに売られてるのかを。
「銀座のレコード店でプロモーションやる?
それじゃわたし、明日、銀座に買い物に行く。
ちょっと顔出しとくわ」
名刺持って、行ってくる。
「こんにちは、皆さん、綾戸でーす。よろしくぅ」
いうたら、みなさん、アアッて喜んでくれはる。 |
糸井 |
だれよりもプロモーションしてるんですね。 |
綾戸 |
行きますよぉ。
お店がちゃんとディスプレイして、
頑張ってやってくれてることは
わかってるからね。 |
糸井 |
感謝もあるしね。 |
綾戸 |
糸井さんな、わたしは24時間、
自分のカードとペンを、放したことないですよ。
道で「綾戸さーん」と声かけられたら、
パーッと走っていって、
「はい」とカードにサインしてあげる。 |
糸井 |
はああ。
いまも持ってるの? |
綾戸 |
うん、ペンは2本持ってる。
金と黒と。 |
糸井 |
金色のペンを。なんで? |
綾戸 |
ハッハア。
なぜかというと、黒い紙もあるからなんよ。
黒いものに黒でサインできへんから、
金と黒と、ふたつ持って歩いてる。 |
糸井 |
脳が動いてるねぇ(笑)。
綾戸さんの尺度って
何がいちばんの基準になってるのかなぁ。 |
綾戸 |
自分なのよね、結局。
さまざまに考えてるし、
やっぱり「死ぬ」ということも感じてますからね。
死ぬと、なくなるわけですよね、
何にもなくなっちゃう。
そのときには、やっぱり「納得」しかないのよ。
「成績」じゃなく、ね。
人がつけた点数じゃなくて、
「自分がこれだけやった」という納得しかないからね。
500万円もうけるステージではなく、
「もうできない」っていうとこまでやったら、
もう価値は1億、100億や。
よう考えてみてください。わたしのステージなんて、
要らない人には1円にもならない。
「のどの渇いた人に水を」
「腹へった人にパンを」
「飢えた人に愛を」
それ考えてたら、数字なんか出てけえへん。
わたしは、自分を全部搾り出すだけや。 |
糸井 |
ラミネートチューブですね。 |
綾戸 |
これやったら、この人には1億円になるやろう、
つけてくれはるやろう。
100億円つける人もおるやろう。
そこの価値をお客さんに決めてもらって、
わたしもそれで納得する。これだけやったんやと。
だから、社長にはギャラ聞いたこともない。 |
糸井 |
気持ちよく生きてるんだ。 |
綾戸 |
支持をしてくれる人が
多くなってきているということは、
みなさんの心が
そんだけ認めてきてくれはったる。
そこを考えなあかんな。
でも、その価値は、
自分がギューギューギューギュー、
かすかすになって
絞り汁がなくなるまでやらんことには、
100円になってまうで。
入場料1000円とってても、
価値100円なんて言われたらえらいこっちゃ。 |
糸井 |
ねぇ、綾戸さん。
目標とかはないでしょう? |
綾戸 |
ないですね。 |
糸井 |
ないですよね。 |
綾戸 |
ああ、もう、糸井さん。
あんた、はじめてや。そんなん言うたん。
みんな、長ぁいインタビューして、
打ち上げしてぎょうさん食べて、
あげくの果ては、「目標は何ですか?」・・・。
「ないってわからんかぁ!」って、言いとうなる。
まあ、このおかたはちゃうな、やっぱり。 |
糸井 |
いや、おれもそうだから、ハハハ。 |
綾戸 |
いや、ほんまや、ないねん。
生き続けて、何か、
サムシング・エルスをつくるというだけ。 |
糸井 |
目標って、
「やりやすくするための何か」
なんだろうな、という気がする |
綾戸 |
そうですな。 |
糸井 |
宗教でいえば、神殿とか教会とかと同じですよね。
マリア様の像が飾ってあるけど、
あれ、飾っちゃいけないことに
なってるわけじゃないですか、ほんとは。
だけど、ないと、みんなが集まりにくいから、
「とりあえずつけてる」わけでしょう? |
綾戸 |
そうよ。 |
糸井 |
そうだよね。目標主義というのは、
やっぱり軍隊ぽいよな。 |
綾戸 |
勢いをつけるための目標というのは
いっぱいあるけどね。
最終的な、って言われても困るわ。 |
糸井 |
そうだね。
目の前のニンジンがあれば走るよね。
おれもそうだ。 |
綾戸 |
次のニンジンしか見えてないよ。 |
糸井 |
だから、拍手だって目標かもしれないね。 |
綾戸 |
そうですよ。 |
(つづく)