糸井 |
この間のコンサートでさ、
遅れて来たお客さんがいたじゃない? |
綾戸 |
もう最後のほうだったよね。 |
糸井 |
「たどり着いた」ってかんじで、
おじさんが来たじゃないですか。 |
綾戸 |
うん。ステージからそれが見えて、
うれしかったんよね、わたし。
それで、ほんとは
もう1回やる予定じゃなかったけど、
人間ラッパを
このおっちゃんのためにと思って、
「スペシャルよ」言うて、
ププップッとやった。
あそこ、ほんとはスキャットだった。でも、
「さっき、プップッやったのに、
このおっちゃん見てないがな」
と思うたから、もういっぺんやっちゃった(笑)。 |
糸井 |
お得だったよね。 |
綾戸 |
そしたら隣に座ってる人が、えらい笑うてる。
・・・いやちがう。
笑うてるのや思とったけど、泣いてる。
その人の奥さんや。隣で泣いてた。
こんなおもろいことしてるのに、
なんで泣くんやろうと思った。 |
糸井 |
だって、夫婦でコンサートに行くなんて、
つとめ人だったらすごい特別の日だよ?
そんな日に夫は来ないでさ・・・。
だけど、最後に来てくれて、
綾戸さんは特別なサービスをしてくれたわけで。 |
綾戸 |
笑いすぎて涙が出てるのかと思ったら、
ちゃうかった。
びっくりした。 |
糸井 |
ぼくみたいな、ほかのお客にとっても
スペシャルになっちゃった、結局ね。
おもしろかったなあ、あれ。 |
綾戸 |
あそこであのおっちゃんが、
もうひとつストーリーをつくってくれたんです。 |
糸井 |
遅れて会場に入ってきたお客が
ショーを演出したんですよね。 |
綾戸 |
うん。例えばね、
ステージからお客に話しかけるでしょ。
「おばちゃーん、大丈夫?
ええべべ着てきて、
どないしたん?」って。
そしたら、数日後にメールが来た。
そのおばちゃんの、娘さんから。
「実は、コンサートのためにわたしが買った
母への最初のプレゼントの、
ワンピースだったんです」
と。もうそこで、その人の人生に
あのコンサートがへばりついているわけ。
うれしいねぇ。 |
糸井 |
それはやめられんわ。 |
綾戸 |
やめられへん。
プロポーズに加担したこともあったしな。 |
糸井 |
へぇ、ご結婚があったの。 |
綾戸 |
「アイという名前のガールフレンドがいます。
綾戸さんのコンサートのある日に、
結婚を申し込もうと思っています。
勇気を出す一曲を下さい。内藤」
とかいうメールが来てね。
よし、やったろかって思って。
彼女の名前はアイや。
ミチコとかタネコやったら
やりにくいけど、アイ。
男のほうの名前は内藤。
「トゥナイト」という歌があるのね。
その曲にのせて、
「トゥ内藤・オー・ゲット・メリー・アイ〜」
とやったのよ。
アイちゃんは「えっ?」とびっくりしたらしい。
そして、ふたりで目ぇ見合ったんだって。 |
糸井 |
ゾーッとしたかもしれない。 |
綾戸 |
うん、ゾーッとしたって言ってたよ。 |
糸井 |
それで、ふたりはめでたく結婚したの? |
綾戸 |
うん。オーケーだったんだって。
それで、わたしが冗談で、
「おまえ、わたしのおかげで助かったんだから、
アルバムを引出物にしろ」
と手紙を書いて送ったの。
そしたら、ほんまにしよった(笑)。
売り上げビューン! |
糸井 |
すごい話だねぇ。 |
綾戸 |
うん。でもね、結局はその内藤という彼が、
人を動かすような文を書いたことが大切なんだ。
彼は書いた。私は立った。
それでもって、こんなドラマが生まれた。
「けんかしたときはこのCDかけます。
別れられないよ、ぼくたちは」
・・・いいねぇ。 |
糸井 |
綾戸さんの話を聞いていると、
歌は歌ってないけど
コンサートに近いものがあるよ。
おんなじだね。 |
綾戸 |
そうだね、いつもなんでも一生懸命。
ただそれだけ。 |
糸井 |
脳が変になって音楽できなくなったら、
「しゃべり」でいけるね。 |
綾戸 |
ああ、そうかな。
最終的にはやっぱり、もう
語りと歌は同じになるからね。 |
糸井 |
現にいま、相当近いものね。
生きざまぜんぶ、アドリブというか。 |
綾戸 |
同じ曲でも、いつもテンポ違うもん。
客の拍手の大きさやタイミングによって変わるよ。 |
糸井 |
バンドのメンバーも、
ぶっつけ本番みたいなパワーがあるし。
大勢素人を歌わせたりとか、こっちが
「弱ったもんだな」と思うようなことを
あえてやるよね。
必ず自分をやりにくくするような要素を
ひとつ入れたりする。 |
綾戸 |
うん。
足引っ張ってくれるメンバーは、ありがたい。
何もかもひっくり返してくれるときもあるし。 |
糸井 |
そこを期待するわけだ。 |
綾戸 |
マイナスなシチュエーションは
絶対値を上げるからね。 |
糸井 |
なるほど。
絶対値はどんどん上げていかないとね。 |
(おわり)