糸井 |
少年時代に
何かを教えてくれた先生って、
覚えていますか? |
横尾 |
ちょっと待ってね。
先生に教えられたこと、ねぇ・・・。
あるかなぁ。 |
糸井 |
横尾さんって、
「先生」という言葉から
ピンと来くるものはなさそうですよね。 |
横尾 |
そうね、合わないね、
先生というものには。 |
糸井 |
書道はどうでしょう?
誰かから教わったりしましたか。 |
横尾 |
書道は独学。 |
糸井 |
あ、書道さえも・・・。 |
横尾 |
「独学」って言っちゃうと変だけどさ、
ぼく、ずっといろんな絵を
模写してたでしょう? |
糸井 |
宮本武蔵の絵本をはじめ、
たくさんの模写を
していらっしゃいますよね。 |
横尾 |
書道というのは、あれはつまり、
抽象絵画の模写だからさ。
手本を見てそのとおりに書くわけだから。 |
糸井 |
書道は絵画ですか。 |
横尾 |
うん、一種の抽象絵画ですよ。
写真や絵本の挿し絵の模写をしていて、
その延長上に習字があっただけ。
単に抽象の形をまねしているだけなんだよ。
だから、教わったとは思ってない。 |
糸井 |
じゃあ、やっぱり横尾さんにとって
「先生」と呼べる人はいないんですね。 |
横尾 |
そうねえ。
絵については、例えば高校で
担当の先生はいたけど。
でもなんだか、もてあそばれただけで。 |
糸井 |
どういう意味で? |
横尾 |
ぼくはもともと
郵便屋さんになりたかったの。 |
糸井 |
郵便屋さんに! |
横尾 |
うん。
郵便屋さんになりたいって言ってたのに
「いや、君は美大に行かなきゃいけない」と、
無理やり美大志望にさせられて、
高校3年のときにガリ勉させられた。
そして、いよいよあした試験だという日の晩に、
先生が酔っぱらって、ぼくを見てさ、
「受験しないで田舎へ帰りなさい」。 |
糸井 |
なんだそりゃ! |
横尾 |
だから、もてあそばされたという感じよ。
その先生だけに限らず、学校全体で。
それまでの勉強は何だったの? って(笑)。 |
糸井 |
・・・ほんとに「師弟」のようなものを
感じさせない人ですよね。 |
横尾 |
「師弟」って言われると、ないよねぇ。 |
糸井 |
逆に、やたらに「弟」の側から
いろいろなものを取ってくるのは
得意な人なんですけどね(笑)。 |
横尾 |
少なくともぼくは、
10代は成り行きまかせだった。
あのころの生き方が、今思うと
いちばん理想的だよ。
そのあとはだんだん分別くさくなっていったんだけど、
あの10代のころの、あの生き方を
今にあてはめれば、すごく楽だと思う。
宇宙といったら大げさだけど、
そういう原理原則に、自然に体が従うんだろうなぁ。 |
糸井 |
横尾さんが現代の子どもだったら、
絶対に不登校でしょうね。 |
横尾 |
うん、そうだろうね。
そんなふうに自然に生きることを
自分の子どもにやらせようと思ったんだけども、
学校を中退させちゃった。 |
糸井 |
なぜ、中退したんですか? |
横尾 |
あのね、ひとつには、ぼくが
面倒くさかったから。
「もう学校はおもしろくない」とか、
子どもがどうだこうだ言う。
学校の先生からは、
「ここのところ、ずうっと毎日来てませんよ」
と言われる。だけど、子どもは毎日通ってる。 |
糸井 |
とりあえずかばん持って出ていくんだ。 |
横尾 |
うん。
小田急線の下りに乗らなきゃいけないのに、
上りに乗って、
子どもは都心のほうばっかり行っていた、
というのが後でわかったんです。
そういうのはもう、聞くのが嫌じゃない?
そしたら、もう学校をやめれば、
まずその問題から逃れられるじゃない?
ぼくが。 |
糸井 |
自分が? |
横尾 |
うん、ぼくが。
「そんなに嫌だったら学校をやめれば」って言って、
子どもをふたりともやめさせたわけ。
そこでぼくはその問題から回避できた。
回避はできたけど、
真っ正面から取り組んでない。 |
糸井 |
こと教育に関しては。 |
横尾 |
うん。真っ正面から取り組むのは、
本人がやればいいわけでさ。 |
糸井 |
ああ、なるほど。 |
横尾 |
親は、真っ正面から取り組む
チャンスを与えたんだよ。
結果として。 |
糸井 |
教育に取り組むのは
子ども自身だと。 |
横尾 |
うん。ぼくは
「面倒だ、そんなの聞くの嫌だ」と、
いつも問題から逃げてたような気がする。 |
糸井 |
やたらに共感すると危険だな、と
思いながら聞いてるんですけど(笑)。 |