CHILD
これでも教育の話?
どんな子供に育ってほしいかを、
ざっくばらんに。

第5回 休める場所を求めてる


糸井 赴任してきて最初の職員会議って、
どんなかんじだったんですか?
内田 まず最初、
1月17日に臨時職員会議を
前任の校長が開いてくれたんですよ。
赴任したのは4月6日だから、
その何か月か前のことです。
そのときわたしは都庁の教育庁にいました。
単に「内田です、よろしくお願いします」
ではおもしろくないから、
このファイルにも綴じてありますけど、
「決意表明」というのを持っていきました。
糸井 準備していかれたわけですね。
内田 そう。それで、
自分がビジョンに描いている決意を
いったんですよ。
みなさん「とんでもねえ」という
顔をしていました(笑)。
でもこれは、
まだ校長じゃない立場の人間として、
発言したものなんです。
糸井 校長になるということは
決まっていたんですか。
内田 決まっていました。
このとき、じつはかなり
作戦を練って行ったんですよ。
最初から甘くしちゃおうか、厳しくしようか。
でも、やっぱり厳しいことをいいました。
「わたしは学校の文化を知らない、
 覚えようとも思わない。
 企業でいろいろ培ってきた経験で
 率直な気持ちで受けとめて、
 いろいろな面を直していきたい」
ということをはっきりいったんです。
糸井 いわば真っ裸ですね。
内田 ええ(笑)。そして、4月6日に
改めて自己紹介しました。
「この前は厳しいことをいったかもしれませんけど、
 これからわたしの13年度方針をいいます」
と、1時間かけて説明。
「これはやれという話ですか」
「まあ、最初は、
 わたしがこういうことを考えているんだと
 思っててください」
そういう問答がありましたが、
結局、先生方はそれを
一生懸命聞いてくれましたよ。
それから、何回かの職員会議を経て 
週報をつくることを提案しました。
つまり、1週間のできごとや、
感じたことなどの報告ですね。
これがものすごく抵抗にあって。
糸井 なぜです?
内田 「報告」というと、だめなんです。
管理されていると考えてしまう。
糸井 報告を管理?
では、おれに任せろ
ということなんですか(笑)。
内田 週報はお互いの業務記録にもなるし、
校長に直接いえなくても
気持ちをぶつけられるということもある。
いわゆるキャッチボールになるんですよ。
それで結局、週報を出すことに
主任クラスはオーケーしたんです。
でも職員会議で「週報をやる」ということを
先生方みんなに紹介してくれというんですよ。
しようがないから、
「来週から主任のみ、
 週報を交換するようになりましたから」
といったら、「うわぁー」です。
糸井 反発ですか・・・。
内田 で、結局、だめになっちゃった。
だめになっちゃったというか、
あんまりなんだかんだいうから、
「もう、好きな人だけやってくれ」
ということになった(笑)。
糸井 職員室の職員会議の雰囲気というのは、
ちょっとお役所みたいなのかなと思っていましたから、
結構意見が出るんですね。
内田 反対意見ばかりじゃないんですよ。
いろんな提案も出てきます。
糸井 やっぱり先生方は、やりたいことをちゃんと
いいたかったんでしょうね。
内田 そうなんです。
それについて、いちばんいけないことは、
校長または教頭のいうことがコロコロ変わること。
これだけは絶対だめ。
わたしはひとつひとつをファイルに綴じて、
自分自身が変わらないように、
記録に残します。
糸井 監督がこういう野球と決めたら
そのスタイルでいく、というように。
内田 先生というのは頭がいいんだね。
わたしにもそれはわかった。
だから、考えは
ある程度整理しておかないとだめ。
先生方も気持ちよく進められるようにすること、
それは校長のひとつの仕事だと思いますよ。
いいなりになっているのとは違うんですけど。
職員会議は、けっこう喧々諤々。
形骸化しているとか、そういうことはありません。
ただ、いい雰囲気ではない。

このまえにも、こんなことをいい出して
先生方を怒らせてしまったことがあるんです。
今の都立の学校運営費に
先生方の人件費も加えて計算すると、
生徒が受ける授業は
ひとコマ11500円になるんですよ。
先生方は
「校長、金には変えられないのが教育です」
という(笑)。
そうじゃなくて、
「きょうの授業は
 1万 4,000円くらいの価値だったかな」
とか、
「いやそれ以上、2万 8,000円の授業ができた」
と、そういう感覚で
自分を見直してみるきっかけに
してくれればいいということなんですよね。
糸井 職員会議やミーティングは、
どんな割合で行なわれているんですか?
内田 2週間に1回くらい。
糸井 あっ、そんなものなんですか。
もっと多いのかと思っていました。
内田 いやいや。でも、さっきいったように、
1件の提案に対して2時間で
やっと審議が終わった、
というようなことはありますよ。
「校長とは動かざること楽のごとし」(笑)。
要するに、机に座っていて何にも提案せず
「きょう、無難に1日終わったな」
というふうに過ごしていれば、
何にも起きないんですよ。
わたしはそれがおもしろくないものだから、
職員会議がワーワーワーワーと、
大騒ぎになっちゃう。
糸井 冗談みたいな話なんだけど、
ぼくは、学校の中に民家があったらおもしろいと
思ったことがあるんですよ。
そこには「先生」という名前のつかない
おじさんやおばさんがいるんです(笑)。
それはどういう意味かというと、
生徒はみんな保健室が好きですよね。
内田 好きですねぇ(笑)。
糸井 調子が悪くなると保健室に行くけど、
あれは心の問題も絡んでいますね。
保健室では、仮病だとわかっていても
休ませるでしょう。
保健室の先生には
「先生」と名前がついているけど、
あの包容力みたいなものは
学校には必要なんです。
先生の立場からしたら、
「ちゃんとしろ。しっかりがんばれ」
っていうところを
ごまかしてくれるわけです。

ぼくも高校のとき、
保健室の先生が大好きだった。
先生というか、おばちゃんですよ。
「よーっ」って挨拶で、対等にしゃべれる。
大人だから、大人の知恵も持っている。
「しようがねぇな」と思いつつも、
「まあいいか」で迎えてくれる。

社会って、本当は
そっちの要素で動いているのに、
先生は先生の立場からしかものをいえないから、
どうしたってあいまいさがなくなるんですね。
生徒と対立したら、
ぶつかったままになっちゃう。

保健室の先生だけでなく、
「おじさん」という名前のつく人も
人気があるでしょう?
用務員のおじさんや
購買部のおばさんなんかも。
うちの子どもが小さかったときも、
「ウトさんがさ・・・」
と、用務員さんの名前がよく話に出たんです。
内田 おもしろいですね。
糸井 町内の長老にあたる人や
近所の兄ちゃんたちの持ち回りでもいいから、
「いいよ、おまえ、そのまんまで」とか、
「かわりにおれが先生にいってあげるよ」とか、
そういう相談相手のような人が
学校の中にいたら、いいなぁと思って。
内田 そういう意味では、うちの高校は
用務の人がけっこう兄貴分的なかんじですね。
まだ若いんですよ。
生徒の相談相手になっている。
保健室の保健の先生も、いい先生なんですよ。
やっぱり「サボりだな」とわかっていて
寝かしています。
糸井 そうですよね。
内田 そういう存在は我々の時代にもいましたし。
飯を食わしてもらったりした(笑)。
糸井 金魚ばちのように、
岩があったり、草があったりしないと、
休める場所がないんです。
全部見えているとだめ。
昔はいろんな場所に
そういうところがあったんだけど。

外の雰囲気で学校を考えてくれるおとながいると
本当にいいですね。
先生が両方できればいいけれども・・・。
内田 でも考えてみればわたし、
その存在に近いですよ。
糸井 あ、そうなんですか。
校長先生が?
内田 在校生は873人ですが、
これまで校長室にはのべ300人ぐらいが来た。
糸井 へえぇ。
内田 入ってくる生徒はだいたい
「うわぁ、校長室って広いんですねえ」
なんていって入って来る(笑)。

一緒に座って、
「さぁ、わたしに何か聞きたい?」というと、
ポツポツと質問してきます。
「日立のとき、どういう仕事だったんですか。
 どういう勉強をすると、
 そういう会社で活躍できますか」
「人間関係はどうなんですか」
「自分は女性だから、女性としての仕事は、
 どういうのがありますか」
と。そんなふうに、具体的に
本人が知りたいことをいって、
1回目は遠慮してサーッと帰るんですよ。
そういう子はだいたい2回、3回と、
くりかえして来る。
自分なりにいろいろ調べて来るんですね。
中には親から「校長に相談してみたら・・・」
といわれたり、とか。
糸井 リピーターだ(笑)。
内田 その女子は、
「今までは話題が学校のことでしかなかった。
 先生と話しても、お説教になっちゃう。
 だから、なかなか校長室にも来れなかったけど、
 内田校長にはそういう話もいろいろ聞けるから、
 うれしいです」
といってくれていますよ。
糸井 ということは、
ぼくがいっていたイメージの
「おじさん」をやっているのは校長先生だと(笑)。
内田 ええ。校長室にいるときは
扉には必ず「在席」の札を置いてますから。
いつでも入っていいよ、ということになっています。
もちろん、生徒だけでなく、
先生方もいつでも歓迎。
糸井 じつはそれは、
度胸とタフさが要りますね。
内田 要りますよ。
どうしても急いでやらなきゃいけない
仕事があるときは、
「ごめんな、ちょっと後でな」
ということもありますけどね。
朝礼放送や始業式、終業式など、機会あるごとに
「どんどん来てくださいよ」
と発言しているんです。
わたしにとっても、現場の声が聞ける
いい情報源なんです(笑)。
糸井 その校長室、各学校に欲しいですよ。
内田 ほんとだね。
学校の中に保護者用、
地域用の部屋をつくって、
いろんな人に入ってもらうのもいいね。
糸井 カソリックでいえば、
ざんげ室やお御堂があったりする。
今、病院はお年寄りが
じつは病気とは限らずに、
ダベりに行くところでしょう。

宗教が抱えていたような仕組みが、
あらゆるところからなくなっちゃって、
何かが代用されていると思うんです。
それは、思春期の子どもにとって
とても欲しいものですよね。

(つづく)

2002-05-07-TUE

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