CHILD
これでも教育の話?
どんな子供に育ってほしいかを、
ざっくばらんに。

第8回 逆境を買う


糸井 これまでいろんなところで 
人間をつくっていくコーチをしてきた
内田さんとしては、
運の要素って、才能の何割ぐらいあると思いますか。
内田 運は8割(笑)。
そのときの状況によって、スポットが当たるものと
当たらないものがあるんです。
例えば、監督がスピード野球をやると決めたとしたら、
いくらホームランを打つバッターでも、
足が遅かったら使わないですよ。

リーダーの考えに合わない選手というのは、
結局は試合に出られない。
選手のレベルは、じつはそんなに変わらないですよ。
キャッチャーなんか、
試合に出れば出るほどうまくなりますからね。
糸井 キャッチャーは、ほんとにそうですね。
内田 キャッチャーは、
使わないとつぶれますね。
そういうこともあって、極端ではあるけども、
「8割は運」といってるんですがね。
まあ、学校の運営は
運にまかせられませんけど。
糸井 でも、影響はあるでしょう?
ある法律が遠くで影響しているとか、
その法律が知らないうちになくなっていたりすることが、
じつは山ほどあるでしょう。
内田 そういうことは大きく影響しますね。
でも、今のわたしには運が向いていると思うんです。
まず行政が「内田のいうことを全部聞いてやろう」と
いう姿勢でいてくれている。
それに、保護者をはじめ、地域の人々がものすごく
バックアップしてくれています。

先生方が
「自分では変わろうと思っていても、
 仲間意識があってなかなか変われない」
という場合でも、
地域からのプレッシャーや行政からの支援で、
実行できるということもあります。
行政からの圧力に負けてやってみたことでも
「これはいいことかもしれない」と思う先生もいる。
そんなふうに転がり出したら、
たとえスピードのない動きでも、
改革へ向かいます。

これは周りから見れば、運です。
だから、この1、2年で
できることをやらないといけないんです。
3年かかっちゃうとだめだなと思うから。
糸井 速度が大事ですね。
やっぱりスピードがないと、
消えていくものがすごく増えますよね。
内田 そうですね。
運が向いているうちにやってしまわないと
いけませんから。
糸井 時代によって、子どもも、そして、教育も
少しずつ変わってきたと思います。
1個ずつのものが大事にされなくなるのと
人間が大事にされていかなくなるのとが
非常にシンクロしていると思うんですよ。

この対談のシリーズで、
神奈川大学の駅伝の大後監督と
お話をさせてもらったんです。
神大は、例えば宿舎もぼろで
飯の用意もちゃんとできなかったし、
布団の上げ下げも全部選手自身でしていた。
そのときのほうが、選手が何かを
持っているふうだった。
施設が立派になったら
だめになっていったらしいんです。
内田 それはいえますね。
わたしはのほほんと
生活してきたように見えるらしいけど、
母子家庭なんですよ。
経済的、家庭的に苦労した。というより
「我慢をして忘れるために
 野球にドップリとつかりきった」
といえるかも・・・。
今でも車を運転したりすると、
「あれ? おれ、今、車を持っているんだよな」
という思いに駆られる。
苦しかったときのことを考えながら
頑張ったことを子どもたちに伝えようと思っても、
なかなか・・・。
糸井 難しいですね。
内田 逆境を生きてきたことは、
その人が持っているひとつの財産です。
力になることは確かですね。
糸井 これからは、おそらく、
逆境を買うという時代に
なっていくんじゃないでしょうか。
内田 逆境を買う、というと・・・?
糸井 例えばジェットコースターです。
あれは、怖さを味わいに行くわけですよね。
キャンプもそう。
不自由さの中にわざわざ身を入れる。
そういうことで
人間が本来持っている生命力みたいなものを
開花させるようなものが
システム化されていくんだろうな。

スポーツをやる子たちに
教育する側がある程度接しやすいというのは、
「限定された環境の中で不自由だ」
という経験を積んでいるからですよね。
勝ち負けがあるし。

運動会でも、最近では競争がなくて、
「みんな仲よくゴールしましょうね」
という風潮があります。
あれをやっている限りは・・・。
内田 あれはやめてもらいたいね(笑)。
わたしは、親御さんたちに
話をしたことがあるんです。
「最初から意識して競争意欲を燃やさんとだめですよ。
 学校にいるときは
 平等でいいかもしれませんけれども、
 彼らもいずれは社会へ出る。
 社会へ出たら荒波にのまれちゃいます。
 一生懸命競争することによって
 力を伸ばしていくこともある。
 競争心をあおるのが
 親の役目でもあるのではないでしょうか」
こう話したんだけど、みなさん黙っていましたね。
糸井 競争して勝ったほう、それだけの力があった人間が
獲物を他のものに分け与えるということをはじめれば、
競争は循環すると思うんです。でも、
勝ちは勝ちっぱなしというふうに見えちゃうから、
競争がつまんなくなる。

例えば日本での寄附行為は、
税金を払ったあげくの利益を
寄附しなきゃならないでしょう。
アメリカが全部いいわけじゃないけど、
アメリカでは、寄付は税金控除の対象ですよね。
カーネギーホールのこともそうだし、
ビル・ゲイツがこの間、
たくさん寄附したこともそうです。
それは、「あるから分ける」ということについて
思いがはせられているんです。
法律が変わるだけで
すべてのことに影響を与えるような気がするんですよ。

勝った者はどうするか、という教育も大切なんです。
そして、負けた人間はそのハンディキャップを
どういうふうにはねのけて立ち上がるかで、
力をつけていく。
だから勝負はおもしろいんです。
そこのおもしろさを与えないで、
「みんな、結局、同じよ」といわれたら
前進のしようがなくなるじゃないですか(笑)。
内田 だから、わたしはスポーツをするんです。
勝敗がはっきりしているから。
そのせいか、わたしは必ず目標を達成しないと
気がすまないんですよ。
結果はファジーにしない。
それに、せっかちで(笑)。
そういうことをスポーツで
自然に身につけることがいいと思って、
うちの学校も文武両道で
部活を一生懸命やらせています。

日立に勤めていた時代のことなんですが、
わたしは中国へ三十数回行っているんです。
実に怖いんですよ、中国は。
日本に追いつけ追い越せの精神か、
知識を得るために、みんな必死なんですよ。
例えば技術的な打ち合わせをすると、
朝の8時から夕方の6時までで、
話し合いはいったん終わるんです。それから、
「内田さん、夜、行っていいですか」
という人がいた。
一緒に飯でも食おうと誘っているのかな、と思ったら、
ノートを持って10人ぐらいで
わたしの部屋へ入ってくるんですよ。
そこから夜の11時まで、
延々とわたしの知識と技術を盗み取ろうとするんです。
糸井 怖いけど、うれしいでしょう。
内田 うれしいです。
日本人の青年たちとは全く違うから、
逆に寂しくなる(笑)。
我々や上の世代の人もそうでしょうけど、
「アメリカを追い越せ」とか、
ひとつの目標を持っていました。
最近は目標がなくなってしまって、
ちょっと右往左往しているところが多い。

中国は、昔の日本と同じじゃないかな?
ひとりひとりがある目標を持っています。
ですから「これは末恐ろしいな」と感じますね。
あの環境を今の日本の若い子たちに
ドーンと押しつければいいんでしょうけれども、
そういうチャンスもなかなかない。
学校でそういう状況を
説明してやるしかできない。
糸井 評価がテストの総合点だけでは、
競争の張り合いがない。
ダンスでもスポーツでも芸術でも何でもいい。
何が楽しいか、何が向いているのか、
いろんなことをやってみて
勝ったり負けたりのおもしろさや
勝っておごらず、負けてへこまず、
みたいな経験を積んでいくことを
させてあげたいなと思いますね。
内田 そういうきっかけが
じつはいっぱいあるんですが、
今の子は反応を示すのが遅い。
鈍いですよ(笑)。
糸井 ぬるいから、ですかね?
内田 ぬるいですね、ほんとうに。
3年生になって、わたしと面談をして、
それからやっと考えはじめる。
1、2年生のうちに
考えるチャンスがないものですから、
前倒しして考えさせるようにしたいと、
先生方にもいってはいるんですが。
糸井 テレビゲームなんかのときには
点数を上げるために意地になるのに(笑)。
ああいう本能的な
何かをガーッとつかもうという気持ちが
人間から失われるはずはないと思うんですけどね。
内田 ええ。
糸井 ただ、自分も
若いときにそんなにわかっていたかというと
そうじゃない。
いろんなところでよくいってるんですけど、
ぼくは、45歳から
一生懸命働くようになったんですよ。
それまでは、まあ、
だいたいこんなものだろうと(笑)。
それを考えるとあんまり偉そうなことは
いえないんです。
若いときにそういうことを知っていたら、
おもしろかったろうなと
今になって思うんです。
内田 糸井さんは、若いとき、
蓄積なさっていたんですよ(笑)。
糸井 そうですかねえ。
晩熟といえばひどい晩熟で・・・。

(つづく)



読者のかたから、
こんなメールをちょうだいしています(3)


今日も、みなさまから編集部にいただきました
メールをご紹介いたします!
同じ「教育」の現場に立っていらっしゃる方々からも
熱いご意見が寄せられているんですよ。


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「これでも教育の話?」を愛読させていただいています、
小・中学校事務職員です。

お話にありました、
「システムが生かせてない。担当者集中性」
というご意見は、実にそうだと思います。
学校は、組織的に仕事を進めていく体制が
確立していません。
また「鍋ぶた方式」もそのとおりです。
リーダーシップをとり、
組織を引っ張っていく人が少ないのです。
創意工夫をし、
運営を改善しようとする人が少ない。
(中略)
発想の転換や改革をすごくおそれています。
そして、私もその中の一人です。
内田睦夫校長の対談を読ませていただいて、
都立高校だけでなく
地方都市の小学校の現場でも、
対談された内容がまさにそのとおりの状況だと
反省しています。
今後も対談を意義深く読ませていただきます。

(ある小学校の事務長の方からのメールより)


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教育現場からの真剣なご意見を
ありがとうございます。
次回をどうぞお楽しみに!!

2002-05-14-TUE

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