がんばれ、加藤麻理子。
障害は、馬と跳ぶ。アテネ五輪への道。

第9回 「生活」と「競技」を分ける瞬間がある。



糸井 どうすりゃいいんだろうね。
いろんな解説のしかたがあるんでしょうけど、
農業って、勝ち負けないですからね。
狩猟はありますからね。
獲物がいたら、獲ってこなきゃ食えないわけで。
誰かが獲れば自分のものじゃないわけで。

で、農業って、
「じゃあおめぇ、そっち耕しといてくれ」
っていうことで食っていくわけだから、
そこでのファイティングスピリットは、
ぜんぜん育ち方が違うと思うんです。

だから、どこかで1回、
向こうのやり方を学んだ上で、
もう1回、自分の血に戻る、みたいなことが
必要なんでしょうね。

わかんないんだ、俺にも。
自分でもわかんないんですよ。

余裕をもって、笑って勝ちたいんですよ。
日本人ですからね。
でも、やっぱり勝ちたいと思ってるんだったら、
何かを犠牲にするというか、
勝つためのノウハウがいりますよね。
加藤 ほんとにそうですね。

イチローは、どう思われますか?
糸井 イチローは、
だから、アメリカに行っちゃったんですよね。
日本のフィールドの中にいたら、
きっと自分の体に合わない何かが
あったんじゃないですか。
イチローもそうだし、あと、
上手に両方できてるように見えるのが松井ですよね。
松井って、日本にいるときとおんなじように、
あの、なんていうんだろう、
ガツガツ前に出てるようには見えないですよね。
加藤 そうですね。
糸井 だけど、その、どういったらいいんだろう、
チームの人たちが、松井のファンだ、
って言い方してるんですよ。
つまり、みんなのためになることを
一生懸命やってくれてるのが伝わるって言い方で、
選手間で評判がいいらしいんですよ、
監督をはじめとして。

でも、それはチームプレーですからね。
だから、犠牲バントがあったり、
ランナーを進めるバッティングがあったりする
っていうのが野球ですけど、
乗馬にしても、個人のスポーツって、
そんなこと言ってらんないですから。
そこはね、違うんですよ、
松井のやり方じゃ駄目なんですよ、きっと。
加藤 そうですね‥‥。
糸井 で、顔は笑ってますからねー、外国のみなさんは。
スケート競技なんか見てるとそうなんだけど
キレイでしょう?っていって笑ってるけど、
身体はガリガリですよね(笑)。
だから、彼らの
それこそ歴史と伝統だと思うんですよね。
馬だって、きっと、そういう血があるから、
ヨーロッパのほうが強いんで。
みんなで仲良く寝床まで行きましょう、
ってことじゃないですからね。
加藤 その差、見てると、「何だろう?」と思うんですよ。
で、それは追求したくなるんですよね。
糸井 うん。
だから、僕は、
自分がもしそういう状況になったらって考えると、
勝つ、負ける、のフィールドと、
生活のフィールドっていうのは、
別だっていうふうに考えるんじゃないかなと
思うんですよ。


で、生活のフィールドの中では、
思いっきり日本人になりたいんです。
「分ける瞬間」があって。
例えばその、野球の選手なんかだと、
清原選手なんかそうだけど、
試合が始まったときと、終わった後と、
なんかグランドに挨拶してるんですよね、
簡単に。
ちょっと礼をして入って、
終わったら、また礼をして出てく。
あれで、変えてるんだと思うんです。

たぶん、ライフと競技って違うはずですよ、絶対。
一緒にしなきゃいけないっていうのは、
僕、無理だと思うんですよね。


ウチ、かみさんが役者さんなんで、
ぜんっぜん違うんですよ、性格が。
つまり、例えば、
僕がスカイダイビングをしてきた話とかすると、
僕は生活の中にそれを入れちゃうんです。
飛び降りたときに、どう面白かったか。
だけど、かみさんは絶対やだ、って言うんです。
「じゃあ仕事だったら、どうする?」って訊くと、
もう考えもしないで、「やる」って言う。

それはスカイダイビングみたいに
わかりやすいことですけど、
もっともっと複雑なのが、
女性ですからヌードになるってありますよね。
「シナリオに、それが必然性があって書いてあったら、
 ヌードになります」
って、よく通り一遍な言い方があるけど、
あんな説明なんか、いらないみたいですよ。

要するに、それが仕事なんだったら、
違う別の人間なんですよ。
・・・・もしかしたら、
役者さんから、ヒントがあるかも知れないな。

たぶん、どっかのところで、
フィールドに行って、
まだ馬に乗ってないときって、
生活なのか競技なのか、
わかんなくなるじゃないですか。
きっと、向こうの選手は、
乗っていないときから、競技なんじゃないですか?
加藤 ああ!
糸井 かといって練習のときも競技の気持ちになってたら、
きっと、昂ぶりみたいなのを
ずーっと通さなきゃなんないから、
自分がバテるし、呼吸が下手になりますよね。
だから、それは日本人には
絶対に駄目だと思うんですよ。

日本人捨てちゃって生活をしてたら
変わるだろうっていうの、俺は違うと思うんだよね。
だから、自分にいちばん合って、
能力を100パーセント出すためには、
精神的にも肉体的にも、
もっといえばスピリットも
健康でなければならない。

それを、すっごいガツガツしてる真似をして、
いったんそっちをやってみようって思ったら、
演技になっちゃうから、
身に付かないと思うんですよ。

だけど、ここからがフィールドっていう場所では、
もっとすごい力が出るんじゃないか
って気がするんです。
僕はそちらの世界がわからないんで、
自分に置き換えてでしか言えないんですけど。
加藤 ある大先生が、
もうお亡くなりになってしまったんですけど、
同じことをおっしゃってました。
糸井 そうですか。
加藤 練習馬場で乗ってるときは、
「自分がいちばん下手だと思いなさい」と。
でも、一度競技場に入ったら、
「世界一上手いと思いなさい」ということを
おっしゃっていました。
糸井 あぁー、同じことだね。
うん、もし機会があったら、
将棋の人なんかに会うと面白いかもしれない。
羽生善治さんとか、
そりゃあ、とんでもなく強い人ですよ。
将棋のタイトルが7つあるのを、
ぜんぶ取ったことがある人ですから。
で、ふだん会ったら、まだ30代前半ですけど、
神様みたいですよ。
加藤 カミサマですか?ふふふ。

◆◆◆

この対談から1ヶ月後、加藤さんから
darling宛てに、メールが届きました。
加藤さんは、この対談で話していた
「切り替えるスイッチ」を、意識して試合にのぞみ、
それを見つけました、という嬉しい報告でした!

 糸井さんがおっしゃられた『切り替えるスイッチ』を
 ずうっと探していました。
 試合の服に着替えた時。下見をしに競技場へ入った時。
 競技場へ馬と共に入場した時。。。

 国際試合のグランプリをアテネまでに、
 15回出場できるかできないかなので、
 今年最後の屋外グランプリ3回(イタリアでの)は、
 とても大切な限りある出場でした。
 その最後のグランプリに出場前、
 今思えば『あれが私のスイッチかな』と、
 思える時がありました。
 それは、待機馬場(準備馬場)で馬の体をほぐし、
 柔軟になった状態で最初の障害に向かう瞬間に、
 明らかに自分の集中力が体を覆うような
 感覚を感じました。

 そうなると、私と馬以外のものはノイズになり、
 私の心臓の音を馬が聞いているような、
 言葉を超えた心で確実に会話している確信に
 至りました。

 もちろんその時には分かりませんでしたが、
 数日経ち検証を繰り返してゆくと、
 それに到達しました。
 例えばそれがただの思い違いであったとしても、
 私は『あの瞬間が私のスイッチ』と決めて、
 これからも定着させて行こうと考えています。


勝負するということが、いかに緻密で、過酷なものか、
実際に体験しないとわからないですが、
加藤さんは、確実に、一歩一歩丁寧に、
アテネに近づかれているんだなということが
伝わってきます。

次回は、最終回です。
ある言葉がキーワードとなって、
きっと、みなさんの仕事や生活にも役立つ考えが
見つけてもらえると思います。お楽しみに〜!

(つづきます:次回の更新は、
今週・金曜日の予定です。)

2003-10-08-WED

HOME
戻る