おとなの小論文教室。 感じる・考える・伝わる! |
Lesson164 自分はどこに進んでいるのだろう? 自分にうそをつかず、 人と通じあっていくには、どうしたらいいか? 来月刊行の本に向けて、 ずっとそのための、コミュニケーション技術を考えてきた。 で、校了がすんだいま、 自分で、思っていた以上に、 コミュニケーションにおいて、その人の「意志」 が重要であることに気づかされた。 意志。 つまり、 「今から未来に向け、自分はどうしたいか?」 これがはっきりしており、 人に端的に語れる人は、 この時代、人と通じ合うパスポートを手にしているようで、 本当に強い、と思う。 逆に、「実のところ、やりたいことがない」とか、 「それは、本気でやりたいことではない」というとき、 通じ合うスタートラインにも立てず、 言葉は、ドウドウめぐりをし、 消耗感がつのるのみで、 自分もまわりもつらいだろうと思う。 「自分には意志がない」と 不安になる人もいると思う。 そういう人の方が多いかもしれない。 しかし、自覚しているか、していないかだけで、 意志の種は、だれにも、もとから備わっている。 何をやりたいか、わからない人でも、 だれかの意志によって、自分の未来を強制されたら、 違和感をもったり、反発したりするだろう。 それが、すでに、他人とは違う、自分がある証拠だ。 また、なまじ意志なんかもつから、 ちがう意志を持つ人とぶつかったり、打たれたり、 角が立つのだ、と思っている人も多いと思う。 でも、実際、「自分はどうしたいか」という明確な意志を 持っている人は、柔軟だ。 自分の意志に照らして、 相手のやりたいこともスピーディに理解する。 相手の意志と、自分の意志、 重なる部分、はっきり違う部分、両者の関係がわかるから、 できる協力はおしまずするし、 協力したからといって、 それに、自分がのっとられたりはしない。 相手がしたいことを、無意識に助けてあげよう、という 心が働く。 一方、自分の意志がない人は、 他人の意志に、反発したり、吸引されたりしながらも、 無意識に、他人の意志に便乗しようとする。 自分の意志と、他人の意志の境界があいまいだから、 しまいには、相手との微差も、許せなくなる。 相手がしたいことを助けてあげるようなふりで、無意識に 自分探し、自己実現をしようとする。 いま、消耗感を強めているのは、 意志と意志のぶつかりあいではなく、 意志あるものと、意志なきもの、 あるいは、意志なきものどうしのぶつかりあいでは ないだろうか? だから、稚拙でも、あやふやでも、 くりかえし、くりかえし、 「今から未来に向け、自分はどうしたいか?」 と自分に問うこと、 それを、コミュニケーションの要所で しっかり言葉にして、人に伝えてみる、ということは、 とても大切だ。 先日も、会議のとき、 自分の意志を示すことの大切さを痛感した。 いま、大学生に向けた、新しい教材を開発している。 その日は、 私がつくったプロトタイプを、 クライアントや、編集部や、営業の人が集まって、たたく、 という会議だった。 企画会議や、商品開発の会議に出た人ならわかると思うが、 その商品にこめる期待というか、価値観が、 出席者の間でみんな違う。 当日の私の目標は、 私のプロトタイプについての、出席者の意見を 徹底的に聞く。100%、理解する。 ということ、のみだった。 一人一人のご意見を聞いていくと、 やはり、現場の営業マンの声は、ほんとうに説得力があり、 いま、大学で文章指導に何が求められているか? 実のところ、大学生のレベルはどうなのか? 私のプロトタイプで、難しくてできないと思う層、 ちょうどいいと思う層、 これでは、もの足りないと思う層、 それぞれの、求めるもの、や、 プロトタイプの不備がよくわかった。 レベルひとつをとっても、 もっと難しくするのか、易しくするのか、 どの層に向け、どうするのか? 知識の詰め込み方は厚くなのか、薄くなのか? 量は、多くなのか? 少なくなのか? 疑問は次々に出てくる。 でも、こうした、個々の疑問に、 対処療法的に意見を返しても、よけい混沌としてくる。 いったん、みんなの想いを出しきってもらった上で、 私の方で引き取って消化し、 プロトタイプの2次案で、 私の答えは形として見ていただこうと、 私は、聞く・理解するにつとめた。 出席者1人1人が、想ったことを言いきると、 最後に必然的に、ひとつの問いが生まれた。 「山田さんは、この教材で、 何を実現しようとしているのか?」 文章力をつける、 というようなゴールは、ワクのみであり、 もっと、突っ込んだビジョンが求められていることを 切実に感じた。 それまで、クライアントへの配慮や、 営業への配慮、 相手から観た自分を考慮しながら、 慎重に発言していた私だったが、 ここは、自分の意志を、はっきり伝える時が来たと感じた。 それで、この教材で、大学生にどうなってもらいたいか、 文章表現に関して、キャンパスに、 どういう文章教育の新しい流れを起こしていきたいか、 自分の意志をはっきり伝えた。 当日初対面である、現場を熟知した営業の人が どう想うか、出版のリスクをとる版元がどう想うか、 ここばかりは、まったく予想がつかなかった。 やっぱり、自分の想いを語るときは、とても勇気がいる。 その瞬間、いままで、出席者の顔に浮かんでいた 大小さまざまな「?」疑問符が、すーっと解け、 出席者のみなさんに、晴れ晴れとした笑顔が浮かんだ。 「通じた!」という確かな手ごたえがあった。 営業の人も、「よし、これで売っていこう」と 迷いなし、という表情を返してくださった。 出席者のみなさんは、「目的」を理解されたことで、 教材の部分、部分が、なぜこのような設計になっているか、 一気に納得されたようだった。 次に改訂したプロトタイプ2次案は、一発で会議を通り、 あっという間に2次案の検討会議は終わってしまった。 仕事をしていて、なかなかそういうシーンはない。 想いが通じるとは思っていなかったので、 私の方が驚いた。 私は、やはり、「意志」を示すことの重要さと、 それを示すタイミングについて考えた。 たぶん、会議の冒頭で、 わたしが、この教材にかけた想いをとうとうと語っても、 みなさん、ピンとこなかったと思う。 充分、論議がなされ、各自が充分、教材への疑問や 想いを語った後だった、ということがよかったのだと思う。 だれかの案をたたくとき、 最初は、部分、部分をたたいている。 だが、しだいに、たたいている方に、 この案を通して、 人や社会にどういう状況を紡ぎだしたいか、 自分なりのビジョンがイメージされてくる。 私の場合も、教材のレベルや、量や、 個々の検討をしているうちに、 個々の担当者の中に、自分なり教材へのビジョンや 切実な疑問が生まれていった。 そうして、個々の人の意志がたがやされたところに、 私の意志を伝えたことが、 結果的によかったのだと思う。 「今から未来に向け、自分はどうしたいか?」 それが、わからないから苦労している、という人へ。 ヒントになるか、ならないか、わからないが、 先日、私が、 海を見ながら考えた、よた話を聞いていただいて、 今日のコラムをしめくくりたい。 先月、私は、小笠原へ、往復52時間の船旅をした。 時間がある限り、デッキに出て海を見ていた。 海の色も、波の様子も、刻々と変わり、 まったくあきることがない。 そこで、さまざまな船がさまざまな方向に 航海していた。 8月の下旬という時期がら、 人々は、田舎から、都心をめざす時期なのだろう。 そういう時期に、 私は、逆行して都心から田舎を目指している。 その姿が、企業をやめて、 新たな仕事の航海をしている自分と重なった。 私は、「人が持つ力を生かし・伸ばすサポートをする」 という、教育への意志だけを信じて、 企業を辞め、フリーランスとして歩きはじめた。 それから3年半たつ。 これは、進歩なのか? 後退なのか? いま、もっと都心へ、六本木ヒルズへ。 より、経済効率よく、 より組織的に、より大きく、より高く、と 航海を進めている人にとって、 私の航海は、後退とうつるだろうか? かといって、 いま、あえて、都心とは逆方向へ、 六本木ヒルズとは逆方向へ、 人生の舵を進める人たちがいる。 そういう人にとって 私の航海は、進歩とうつるのだろうか? どっちが進歩で、どっちが後退なのか? 自分はどこに進んでいるのだろう? 海や、波をみていると、 知らずに、人生を考えたり、哲学をしてしまう。 そうして、波のうねりを、何時間も見ながら、 非常にあたりまえのことに行き着いた。 「地球はまるい」ということだ。 都心を目指す船と、 都心から遠ざかろうとする船、 一見、ま反対に進んでいるようでいて、 いつか一周まわって船は同じところへ行き着く。 はじまりもなく、終わりもなく、 進歩も後退もない。 都心を目指す人は、 田舎へのプロセスとして、 都心を経由しているとも見えるし、 田舎を目指す人も、結局は、 都心に通じているとも言える。 正しい航路の選択も、 間違った選択も、もともとなく、 ここでは、 「自分で方向を決める」ということと、「動き出す」 ということだけが正しいのではないか? あなたは、どこを目指して進んでいるのだろう? 間違った航路は、正しい行き先へ着くために どうしても経ねばならないプロセスだと言えるし、 正しい航路も、ゆきすぎれば、間違った航路になる。 動かなければ、どこへも行けず、 動けば、必ず、自分の行き先を目指しているとも言える。 はじまりもなく、終わりもなく、 正しいも、まちがいもない。 だからこそ、自分の想う「正しい」に向けて、 大胆に舵をとればいいのだな。 片道26時間の都内旅行は、 私にそんなことを教えてくれた。 『伝わる・揺さぶる!文章を書く』 山田ズーニー著 PHP新書660円 内容紹介(PHP新書リードより) お願い、お詫び、議事録、志望理由など、 私たちは日々、文章を書いている。 どんな小さなメモにも、 読み手がいて、目指す結果がある。 どうしたら誤解されずに想いを伝え、 読み手の気持ちを動かすことができるのだろう? 自分の頭で考え、他者と関わることの 痛みと歓びを問いかける、心を揺さぶる表現の技術。 (書き下ろし236ページ) |
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2003-09-17-THU
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