おとなの小論文教室。 感じる・考える・伝わる! |
Lesson172 自分のリテラシーを高める (1) 理解力はなぜ、突然なくなるのか? めずらしく、母からの携帯電話が鳴った。 「みーちゃん(山田の本名)、お金が、振り込めんのんよ」 母は、銀行のATMのまえで困っていた。母は、 ある用事で、わたしの口座に振り込みをしようとしていた。 機械を操作したが、 いっこうにできない、という。 もう一度、銀行、支店、口座番号を確認する。 何度も、する。 合っている。 わたしは、「むかっ!」ときた。 なにか機械のトラブルにちがいない。 だいたい、銀行のATMは、非・人間的なのだ。 ちょっとこみいったことをしようとすると、 とたんに融通がきかない。 電子ボタンが、押してもなかなか反応してくれず、 イライラしたのは、一度や二度ではない。 あの機械は、年寄りには不親切すぎる。 母は、今年初め、腰の骨を折っているのだ。 銀行に行くのだって大変だったはずだ。 けしからん! 「銀行の人に変わって!」 と私はいきまいた。 出てきた銀行員の人に、わたしは、 「年寄りには、あの機械はむずかしいのだ」 ということと、 「杓子定規に機械の操作を説明しても、年寄りには わからないのだ。 目的は、振込みができることだから、 ちゃんと振込みができるところまで、 どんな方法でもいいから親切にサポートしてあげてほしい」 とたのんだ。 母は腰が痛いのではないか、 はやく帰してあげねばと焦っていた。 いいながら、だんだん「キカイ文明」全体みたいなものに 腹が立っていた。 ちょっとたって、銀行の人から、 「支店に問いあわせたが、あなたの口座は存在しない」 と電話があった。 もう、あきれてしまった。 いまの銀行はどうなっているのだ! 私は、すぐ、わたしの口座のある銀行に電話をした。 口座は、ちゃんとあった。あたりまえだ! で、そこの銀行から、 「ちゃんと口座はありますよ」 と、母のいる銀行に電話をかけてくれ、と頼んだ。 これでもう大丈夫。 「ほっ」として電話を切った瞬間、 いま、電話をしたのは、「多摩センター支店」だ! と気づいた。 全身が、冷っ! とした。 ふだん仕事で使う口座は、 自分の住んでいる「成城支店」。 だが、その銀行のその口座だけは、 昔、会社のあった 「多摩センター支店」から動かしていなかった。 完全に、私が、「支店名」をまちがえて、母に伝えていた。 私のまちがいのせいで、 二つの銀行の2人の銀行員さんに徒労をさせ、 しかも、説教までし、 腰の悪い母に、さんざん機械のまえでイライラさせた。 この人たちの 時間と心に、ものすごく迷惑をかけてしまった。 でも、この人たちの時間は、もう、どうしても、 取り戻してあげることができない。 もうしわけないのと、 自分のあほうさかげんに、じぶんで愕然とするのと、 恥かしいのと、いたたまれないのと。ひしがれた。 わたしにできることといえば、 いっさいの言い分けをせず、そらさず、 この自分がやったことを、ひきうけ、 あやまるだけだった。 ほんとうに、ほんとうに、ごめんなさい。 ぜんぶ完全にわたしが悪い。 ごめんなさい。 …………。 しばらくして、あることがあり、 私は、「リテラシー」の問題を考えていた。 日本の15歳の「読解リテラシー」は、8位。 ちなみに1位はフィンランドだ。 (*OECDの世界32カ国を対象にした学習到達度2000年調査) 最初、きいたとき、意外だった。 日本は、もっと低いと思っていた。 (15歳のみなさんごめんなさい。) たくさん高校生の文章を読んだり、 また、おとなの日々のコミュニケーションを見ていて そう思ったのだ。 お友達同士のメールのやりとりなどで、 こんな光景を目撃したことはないだろうか? だれかが、言いたいことを言う。 すると、ほかの人は、 その人が本当に言いたいことを読み取り、 その人から本当に 自分に投げかけられていることに返すのでなく、 自分が興味ある、反応したいとこだけに反応し、 自分が言いたいことだけを言う。 「読んでくれてねぇーよ!」 「聴いてくれてねぇーよ!」 「理解してくれてねぇーよ!」 日常で、そんな歯がゆさを感じることも多いのではないか? だから、読む力、理解する能力は、 全体的におちてきている、わたしは、そう思っていた。 そもそも「読解リテラシー」って何? 自分の目標を達成するために、 自分の可能性をのばすために、 効果的に社会に参加するために、 書かれているテキストを、理解し、利用し、熟考する能力。 これが、8位ということは、 ものを読んでわかる力、利用したり、考える力は。 なんだ、日本は、そこそこ、下地があるんじゃないか。 じゃあ、なんで、 「読んでくれてねぇーよ!」 「理解してくれてねぇーよ!」 というトラブルが頻発してるんだろうか? 読んでいるのに、読んでいない。 わたしは、また、冒頭の私の過ちを思い出した。 そもそも、支店をまちがえていたのは、 私の「アホ!」「マヌケ!」、それは救いようがない。 しかし、そのあと、わたしにそれを知らせる情報は、 何度も入ってきていたはずだ。 「間違いはないか?」母も、銀行の人も私に何度も聞いた。 人はたとえ、ひとつの誤った考えを持ってしまっていても、 そのあと、 外界の情報を、正しく読み書きして進んでいけば、 自分の誤りに気づくことができる。 日ごろ、私が仕事でやっている 情報の読み書きの複雑さを考えれば それくらいの情報の読み書きは何でもなかったはずだ。 しかし、私はなぜ必要な情報を、 読み書きできなかったのか? いままでの人生での、 失敗の経験がフラッシュバックした。 失敗してしまったとき、はじめて気づく。 「必要な情報は、すでに入っていた」ということに、 しかも、何度も入ってきていたことに。 たとえば、先輩が、あらかじめ助言をくれていた。 あのとき、仲間が、途中で、忠告をくれた。 失敗してしまったとき、 「すでに、まわりは、それを私に知らせていた。しかし、 わたしはそれを、読み込み、わかり、利用することが できなかった」と気づく。 後悔、すでに、遅しだ。 ある程度のリテラシーがあっても、 それが、とたんに稼動しなくなることがある。 理解力はなぜ、突然なくなるのか? 来週、ひきつづき、この問題を考えてみたい。 (次週水曜日につづく) 余談: 冒頭のATM事件で、 母に、ひらあやまりに謝って、 わたしが、消え入りそうになっていると、 母が、本当にうれしそうに、こう言った。 「銀行で、世話をしてくれたお兄さんが、 23歳で、とっても、かっこいいお兄さんじゃったんよ。 もう、とっても、親切にしてくれたんよ。」 担当してくれた人は、 この春、銀行員になったばかりだという。 「なんでもわからないことは聞いてください。 ちゃんと振込みができるまで、対応しますので あんしんしてください。」と、その新米銀行員さんは、 ほんとうに、誠実に、熱心に、 最後まで、母を助けてくれたそうだ。 『あなたの話はなぜ「通じない」のか』 筑摩書房1400円 『伝わる・揺さぶる!文章を書く』 山田ズーニー著 PHP新書660円 内容紹介(PHP新書リードより) お願い、お詫び、議事録、志望理由など、 私たちは日々、文章を書いている。 どんな小さなメモにも、 読み手がいて、目指す結果がある。 どうしたら誤解されずに想いを伝え、 読み手の気持ちを動かすことができるのだろう? 自分の頭で考え、他者と関わることの 痛みと歓びを問いかける、心を揺さぶる表現の技術。 (書き下ろし236ページ) |
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2003-11-12-WED
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